向日葵

                     水牛ダンス

 

 

「暑い……」

 炎天下と呼ぶに相応しい今日の暑さ。

まさにうだるような暑さ。

そんなクソ暑い日に、俺は高校までの青春時代を過ごした地元に帰省していた。

 

「ばあちゃん! アレ用意出来とる!?

 

 ドタドタとやかましく、帰省先の祖母……ばあちゃんの家に転がり込む。

「ハイハイ、用意出来とるよ。全く……アンタはいつになっても落ち着きのない子やねえ」

「うるさいなあ。活発な子て言うてえな」

「大した運動も出来ひんのに、何をいっちょ前なこと言うてんの」

 俺が帰ってくると、ばあちゃんはいつもこうだ。でもそんなやり取りが何だかんだで面白可笑しかったりする。

「てかそんなことより、アレは用意してんの?」

「ホンマにもう、ちょっとは落ち着きぃな。そないに慌てんでも、別に逃げたりしやんよ」

 そう言いながら、ばあちゃんは家の奥へと入っていった。きっと庭にでも行ったんだろう、蛇口もあることだし。

 

 ちょっっとしてから、ばあちゃんがアレを持って戻ってきた。

「ほれ、落とさんようにな」

「ありがとう、ばあちゃん」

 ばあちゃんの言うように、落とさないように受け取る。ここで落としたりなんかしたら、とんでもないことになってしまう。

「ほんなら行ってくるわ!」

「気ぃつけてな。車に轢かれたりせんように」

「縁起でもないこと言わんとってえな」

 ばあちゃんの言葉を背に、俺はボロボロで、今にも壊れそうなチャリンコに跨る。このチャリは俺が小学生の頃から乗っているもので、かれこれ十年以上の付き合いがある。……ゲッ、ペダルのところちょっと錆びてきてるやん……。

 

 若干下がったテンションの中、そして風も吹かずに、ただただ暑いだけの空の下を、錆びたチャリで駆け抜けていく。

「しっかしあちぃなあ……」

 今日の最高気温は何度やったんやろう? でもこんなにも汗が止まらへんくらいに暑いんやから、きっと低くても真夏日、高くて猛暑日と考えるんが自然かもしれない。

「おっ、自販機発見」

 水分補給は大切やしね。

 百三十円のスポーツドリンクを迷わず購入し、早速キャップを開けて口をつける。

「……っくあぁ〜!」

 何とも表現し難い声が自分の口から出てくる。しかしそれ以上に、喉を潤すこの飲み物が、とてつもなく美味しく感じられたからなんやろう。

 家を出発してから僅か十数分、たったこれだけの時間と距離は、俺の身体から水分と気力をかっさらっていくには、十分過ぎるものだった。今更ながら、帽子を被ってくるんやったと少しばかり後悔。ヤレヤレ……後悔先に立たずとはこのことを言うんかなあ。ホンマに今更やけどさ……。

 そのまま暑さに耐えること更に数分。ようやく俺は目的地である、地元では一番キレイに海が見えるところにやってきた。潮の香りを味わうのも久しぶりな気がする。何しろ普段やったら海なんて、なかなか来られへんような場所やし。

「思いっきり飛び込んで泳ぎたくなるなあ」

 まあそんなことをしてしまえば、ばあちゃんから大目玉をくらってしまうのが目に見えて分かっているのでやらない。明日あたり、用意を揃えて来れたらええかな。

「さて、と……まごまごしてんと準備せなアカンな」

 何でわざわざ暑い中、しかもチャリまで漕いでこんな場所まで来たかと言うと、当然理由がある。

 

 幼稚園からの幼馴染へ弔いに来る為である。

 

 その幼馴染は小さい頃から身体が弱かった。よく咳き込んでいて、薬を飲んだりしているところを何回も見てきた。そんな幼馴染を、俺はガキながらに守ってあげたいなんて思ったりもしていた。

 その気持ちが実を結んだのは、中学生の時やった。ベタな展開やけど、学校の桜の木の下で俺は告白した。幼馴染は、その告白を受け入れてくれた。

 ……でも、それから一カ月もしない内に、幼馴染は入院することになった。毎日毎日お見舞いに行っては、幼馴染がどうにか元気になってくれへんかと必死に願ったりもした。

 結局、今度の俺の願いは届くことなく、入院してから一年もしない間に、幼馴染は亡くなってしまった。ちょうど今日みたいな、夏の暑い日やった。

 

 それ以来、俺は毎年この時期になると、こうして地元まで帰ってきている。最初は辛いことを思い出してしまう為、行くのを何度も渋ったりしていたが、俺がアイツに会いに行かなくてどうするんやと思い直した。

 チャリの前カゴに乗せていたもの……向日葵の束を抱える。俺が慌ただしくばあちゃんに確認していたものは、この向日葵だったのだ。

 そして抱えた向日葵を、束ごと勢いよく海に向かって投げつける。

 

(ひかり)!! お前がいつも好きや言うてた向日葵、また持ってきたでー!! 毎年毎年、こんな辺鄙なところへ持ってこいなんて変わったこと言うのは、ホンマにお前くらいやわー!!

 

 自分の中で、出せると思う精一杯のボリュームで、海に向かって声をあげる。

 

(そんなん言いながらも、京介はちゃんと持ってきてくれるやんか)

 

 何となくそんな声が返ってきたような気持ちになりながら、俺は息を整え、汗を拭う。そして深呼吸をする。

 

「俺が次来るんは来年やけど、それまで寂しいからって泣いたりすんなやー!?

 

 ほなまたな、陽。次もまたキレイに咲いた向日葵持ってくるさかい、楽しみにしとってや。

 

                       終わりなのです

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