ソング・オブ・ウインド

                     水牛ダンス

 

 

廊下を走る。とにかく走る。止まるわけにはいかない。胸がはちきれそうになって、足もガクガクになって、息をすることも厳しくなってきたが、それでも止まるわけにはいかない。目一杯力を振り絞って、コーナーを素早く曲がる。

「はぁ……はぁ……何だこれ……。ふざけんなよ……」

 コーナーを曲がってすぐに物陰に隠れる。腸をぶちまけそうになるのを堪えながら、必死に息を殺す。僅かな隙間から、そっと周りの様子を伺う。

「おい! レントのヤローどこいった!?

「確かにさっきここを曲がったはずなのに……!」

「この先探すぞ!」

 オオーッという掛け声と共に、数十人にものぼる集団が目の前を通り過ぎていく。何というか……よくもまあ、そんな暑苦しい中ゾロゾロと動けるもんだ……。真夏だったら、とんでもないことになりそうだ。

 ひとまず、この場をやり過ごすことに成功した僕は、ノロノロと軟体動物のように這い出る。

「全く……酷い目にあった」

 ふぅ、と一つ溜め息をつく。さて、一体何故こんなことになったのか? 原因は恐らく、最近起きたことにあるのだろうが……正直に言うと、僕自身も今ひとつよく分かっていない。

 

 アルム・ソルシエール学園。僕の住んでいるクレアーレ地方にある唯一の学校で、創立数百年という実に古い学校でもある。

おっと、自己紹介がまだだったな。僕の名前はレント・ヴァリスタ。この学園の二年生として在籍する者だ。まあ、僕自身のことは後でまた説明するとして……。

アルム・ソルシエール学園は、簡単に言えば剣術と魔法を身に付ける学校だ。別に今の世の中、世界を滅ぼすようなとてつもないモンスターなんて生息していないのだが、王宮に仕えるにしろ、商人になるにしろ、戦うことが出来ないというのは言語道断なのだ。一応、弱いといってもモンスターは未だに生息しているし、極稀に大型モンスターが現れたなんていう、物騒な話も舞い込んだりする。平和ではあるが、いつどうなるか分からない。そんな不安定な世界で、僕たちは日々生活している。

話がずれてしまった。どうして僕が、あんな不特定多数のむさ苦しい輩に追いかけられていたかというと……。

「レントー!」

 誰だ僕の話を遮るやつは。

「探したぜレント。お前こんなところで何やってんだよ」

「何だよ兄さん。埃まみれの弟を、わざわざ笑いに来たのかい?」

「おいおい。そんな言い方はないだろ」

 この憎たらしいくらいにニコニコ笑っている、無駄に背丈が高くてガタイが良い男は、認めたくないけれど僕の兄であるシャンティ・ヴァリスタ。僕よりも一つ年上で、この学園の次席という、これまた憎たらしい実力の持ち主である。

「あのな兄さん。僕がこんな埃まみれになっているのは、半分は兄さんのせいなんだよ?」

「俺のせい? ……あー、そういうことか」

「あー(察し)みたいな顔するの止めてくれる? 一発ぶん殴りたくなるから」

「悪い悪い。あいつらには、俺からも言っておくからさ」

「ちっとも悪いって思ってないだろ。しかも、兄さんが口出ししたら、余計に悪化するから」

 ひたすら追いかけられていたのは、半分はこの愚兄が(周りからすれば賢兄なのだろうが)いることが原因である。妙に出来の良い兄を持つと、弟は本当に苦労させられる。

「ってかさ、お前もいい加減素直になれば良いだろ? いつまでもそうやって煮え切らない態度取ってりゃ、周りだって文句の一つや二つ言いたくなるさ」

「うるさいな。僕は兄さんと違って、この学園では劣等生扱いされているんだ。そんな簡単に話を進められないよ」

「劣等生、ねぇ……。片手剣の実力、魔法の才能、どっちの面でもSランクの高評価をもらっているやつのセリフとは思えないな」

 次席の兄からこう言われると嫌味にしか聞こえないが、僕も二年生という括りの中なら、三本指に入る実力は持っている。ただ、如何せん周りの環境が悪かった。兄は次席、父親は剣術で主席、母親は魔法で次席、そんなサラブレッドとして生まれた割には、腕前は両親の六、七割しか受け継いでいないのだから、劣等生扱いされても文句は言えなかった。

 そして、最も僕にとって悪影響を与えてくるやつがいる。それが、今回の追いかけっこの一番の原因となった者で……。

「おや、ヴァリスタ兄弟。こんなところで何をしているのだ」

「やあ、ブラックヒルさん。弟に用事かい?」

「ちょっと兄さん」

「その通りだ、ヴァリスタ兄。私はレント君に用事があって来たのだ」

「そうだろうと思ったよ。じゃ、俺は消えるとするかな。またなレント、ブラックヒルさん」

 ……やれやれ。人の気も知らないで、よくもあんなことが言えたものだ。

「どうかしたのかレント君。顔色が優れないようだが……」

「別に。どうもしないよ」

「そうか。体調が悪いのなら、すぐに言ってくれたまえ」

 この、何処か上から目線な口調で話すやつはカレン・ブラックヒル。僕にとって、疫病神でトラブルメーカーでしかない、非常に迷惑な存在だ。

「もう授業始まるから、行くね」

「ならば途中まで一緒に行こう。何たって私は、君に恋をしているのだから」

 そう、これである。ここが最重要ポイント。試験に九十八パーセント出ると言っても良い。この疫病神は、あろうことか僕に告白しているのだ。始めの方で、原因はよく分からないなんて言ったが、冷静に考えてみれば、これが原因としか考えられないのである。

 数週間前だっただろうか、当時平和だった僕の日常を、完膚なきまでに叩き潰してくれたのは……。

 

 最初から意味不明だった。話もしたことがないというのに、いきなり僕の下にやってきて。

「こ、これを受け取って欲しい!」

 そう言って、顔を真っ赤にしながら走り去っていった。手渡されたのは、手紙が入っているであろう封筒。本来なら、女子が恥ずかしそうにこんなものを渡してくるのだから、ラブレターだと思わざるを得ない。

 しかし、彼女はこれをトイレ掃除の最中に渡してきたのだ。ムードも何もあったもんじゃない。しかも普通、ラブレターならハート型のシールを貼りそうなものだが、彼女の場合、何故かアルマジロ型のシールが貼ってあった。不幸の手紙か何かと、最初は脅えていた記憶がある。びくびくしながら、封を開けてみると……。

 

Jeg elsker dig!

 

 何語だよ。いやマジで。

 中身を読んだのに、意味が全く分からない手紙が存在することを始めて知らされた。

 後日調べてみると、これはデンマーク語で書かれており、和訳すると「愛している」という意味であることが分かった。そして同時に、この手紙は不幸の手紙などではなく、一応れっきとしたラブレターであることも分かったのだ。

 そんなわけで、意味不明な行動ではあるが、僕は彼女から告白された身になっているというわけだ。さて、話はまだ続く。ここで終わってしまったら、僕は告白されたことをただ自慢しているだけの痛いやつになってしまう。

 そんじょそこらにいる女子から告白されただけなら、別に追いかけ回される理由にはならない。そう、相手はあのカレン(・・・)()ブラックヒル(・・・・・・)だということを僕は失念していたのだ。

 説明し忘れていたが、彼女はこの学園の主席である。剣術、魔法共に、次席の兄を大きく上回る実力の持ち主で、学園創立以来、史上最高の成績を残している。更に、おかしな行動でより一層忘れがちになるが、かなりの美少女である。もし仮に、この学園にミスコンというものが存在していれば、断トツで彼女に決まっていたことが容易に想像出来てしまう。そのくらい、彼女の容姿は優れている。そしてお約束通り、ファンクラブなるものがあったりする。もちろん非公認ではあるが、在籍する男子生徒の半分以上は、このファンクラブに所属していると聞いたことがある。兄さんも確か入っていたような気が……。

 ここまで話せば、もうお分かりいただけただろう。僕は学園トップの美少女から告白された、ファンクラブからすれば敵でしかない存在として認知されているのだ。だから僕は、あれ程大勢の輩から逃げ回っていたというわけである。

 因みに、原因の半分が兄にあるといった理由は、兄が優秀で、僕が不出来だからである。もっと簡単に言ってしまえば、釣り合わないということである。学園の主席と次席のカップルならまだしも、次席の弟で且つ劣等生ともなれば、排除するに他ならないといったところだろうか。

 本当に勘弁してもらいたい。僕だって、好きでこの環境下にいるわけではないのだ。代われるのであれば、こんな立場、喜んで代わってやりたい。いつもいつも出来の良い兄と比べられ、いつもいつも容姿端麗な彼女と比べられ、いつもいつも劣等生だの釣り合わないだの罵声を浴びせられ、正直、学校を辞めたいと思ったこともあるくらいである。

 しかし、ここを辞めてしまったところで、他に行く宛があるわけではないので、仕方なく僕は通い続けている。幸い、追いかけられる以外には、特に目立った嫌がらせは受けていないし。

 

「レント君」

「何?」

「さっきからボーっとしているが、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。じゃ、授業始まるから」

 そそくさと教室に戻る。これ以上、彼女と一緒にいるところを見られたら、何をされるか分かったもんじゃない。引き戸を開け、中に入ると……男子からの凄まじい殺気を感じ取った。ははは……もう手遅れだったわけですね。これは次の休み時間も全力疾走しなければならなくなりそうだ。とりあえず、今は授業に集中しないとな……。当てられたりしたら大変だし。

 

 休み時間を凌ぎ切った僕に、更なる憂鬱な時間が襲いかかってきた。魔法の実践授業である。

 学園内で、一人前に魔法を使える者はそう多くない。大抵は、剣術の助けとなるくらいのもので留まる者が多い。それが大体ランクBくらいまでだ。そして、剣術を使わなくとも、魔法だけで相手を圧倒することが出来るのがランクA以上、というように位置づけされている。

 二年生だったら二年生全体の前で、一人一人魔法を披露していく。その時の出来栄えで、即座にランク付けされる。実践授業は、剣術であれ魔法であれ、あまり多く行われない。だから、偶に訪れるこのチャンスをどう生かすかが、成績にも影響してくるのだ。

「次、レント・ヴァリスタ!」

 そうこうしている内に僕の順番が回ってきた。気乗りしないが、韜晦するような真似は、僕には出来ない。サッサと見せて、サッサと終わらせてしまおう。すぅ……はぁ……と、いつものように深呼吸し、神経を集中させる。

「……蝕む不協和音(スリープ・レス・ナイト)!」

 詠唱から一秒足らずで、辺り一面に耳障りな音が響き渡り、大きな衝撃が起こった。舞い上がる砂煙。周りは何も見えなくなった。その砂煙が収まると、クレーターのように、ぽっかりと穴を開けたグラウンドが姿を現した。それと同時に、見ていた生徒からぼそぼそと声が聞こえてくる。

「相変わらずうるせぇなあ……」

「加減ってものを知らねぇのかよ」

「あーあ、こんなやつの後にやるとかホント萎えるわ」

 はいはいはい、分かってますよ。どうせ応用の利かない、力だけの魔法ですよ。

 僕の魔法……「蝕む不協和音(スリープ・レス・ナイト)」は、聴力を失わせるには十分過ぎる音量と、それによって引き起こされる空気の摩擦による衝撃で攻撃する魔法だ。威力は絶大なのだが、一点集中型で、範囲が狭いのが弱点である。威力の高さを評価され、Sランクをもらってはいるが、とにかくやかましいことと、すぐ目の前で起きる衝撃に対して、いつも他の生徒からは不評である。

 いい加減悪口言うの飽きてくれないかな……。

 

 そんなこんなで面倒臭い日々を過ごし、数日が経ったある日。

「聞いたかレント。南の方で、「コッチェ・カーマ」という大型モンスターが出現したみたいだぜ」

 愚兄からそんな話を聞かされた。

「へぇ。で、兄さんは倒しに行くの?」

「行きたいのは山々なんだが、俺一人で行くのは分が悪い」

「珍しい、怖気づいたの?」

「バカ野郎。剣術だけでは厳しいって言ってんだよ」

「ふうん。だったら魔法が得意な人と行けば良いんじゃないか?」

「その通りだ」

「じゃ、僕は帰るから」

「待て待て! 何の為にお前に会いに来たと思ってるんだ」

「どうせバカにする為だろ」

「お前なあ……」

「僕の魔法の応用の利かなさは、兄さんもよく知ってるはずだろ?」

「遠距離からの攻撃が出来ないってやつか?」

「……そうだよ」

 自分で言ってて悲しくなってくる。でも、僕を誘うメリットはない。兄弟だからなんていう理由で誘われても、迷惑なだけだ。

「ならばレント君、私と行こう」

「えっ?」

 振り向くとそこには、本当に(・・・)魔法が得意な彼女が立っていた。……それにしても、いつの間に後ろにいたんだ? 全く気が付かなかったんだが……。

「良いね良いね。ブラックヒルさんがついて来てくれるなら、百人力だよ」

 待ってくれ。何を勝手に話を進めているんだ。そもそも僕は、モンスター討伐に向かうとは一言も言っていない。というか、行きたくないというのが、僕の正直な気持ちである。

「私たちの力で、サッサと倒してしまおう」

「いやいやいや。何で僕が行かなくちゃいけないんだ。兄さんと二人で行けば手っ取り早いだろうが」

「おい、レント」

「何だよ」

「その言い草はないだろ。ブラックヒルさんがせっかく誘ってくれているというのに」

「余計なお世話だよ。別に僕は討伐に行きたいだなんて言った覚えはない」

「……はぁ。全くこいつは……」

「ヴァリスタ兄、構わない。確かにモンスター討伐については、私のワガママだ。無理強いすることは出来ない」

「ほら、彼女もそう言ってるじゃないか」

「しかし、だ。レント君、私は君に恋をしている」

「い、いきなり何だよ……」

「好きな人と、少しでも長く一緒にいたいというのは、ごく自然なことだと私は思うのだが」

「だからって……」

「お願いだ。私と一緒に来てくれないか? ……それとも、私のことは嫌い、か……?」

 くっ……! そんな似合わない顔をするなよ! いつものように、適当に言葉を並べて断ってしまおうと思ったのだが、彼女の普段見ることの出来ない表情を伺ってしまったら、言葉が出てこなくなってしまった。……くそっ、こんなやつに黙らされるとは。

「分かったよ。でも、足手まといになっても文句言わないでくれよ?」

「もちろんだ。私は君と一緒にいられれば、それだけで満足なのだからな」

「お熱いねぇ。見ているこっちも顔が赤くなっちまったよ」

 兄の茶化すような言葉をスルーしながら、僕は妙に距離を詰めてくる彼女と共に、モンスター討伐に向かうことになった。

 

 南にある、カトラヴィーナ盆地に、例のモンスターは現れたらしい。これが、ダンジョンの中だったり、高山の中腹とかだったら、僕は否が応でも帰っていた。

「随分と見晴らしの良いといころだね」

「確かに。だが、その方がこちらにとっては好都合だ」

「よーし。ちゃっちゃと倒して、報酬もらって、美味い飯でも食いに行こうぜ」

 報酬はともかく、サッサと倒してしまいたいのは同感である。

 そのまま歩を進め、僕たちが「コッチェ・カーマ」を見つけたのは、ほんの数分後のことである。

「一気に魔力を集めて、あいつにぶつけてやろう」

「よし、ならば私とヴァリスタ兄で、まずは様子見といくとするか」

「じゃ、僕は高見の見物といかせてもらいますよっと」

 こんな遠距離からじゃ、僕の出番は全くといって良いほど無い。距離を詰めて、魔法を唱えたとしても、その頃には既に戦いが終わっているだろう。

風狂乱(プレーステール)!!

 学園主席の魔法は、言葉では言い表せないほどのものだった。何とか言葉を紡ぐとするならば、何かが通り過ぎていったとしか言いようがなかった。そのくらい、一瞬の出来事だったのだ。

 辺り一面を物凄い砂煙が舞う。視界が一気に悪くなり、すぐそばにいるはずの彼女と兄の姿でさえも、目視出来ないほどであった。

 そして風が治まり、視界が少しずつ晴れてきた。そんな僕たちの目の前には……コッチェ・カーマが大きな口を開けてこちらを向いていた。

「なっ……!」

「効いていないようだな……」

 そのままコッチェ・カーマはのっそりした動きで、丸くなっていった。その姿は、さながら電車か何かのように見える。やたら図体がデカく、ところどころゴツゴツした面があって、ゆっくりなめらかに、でもどこか荒っぽさが見え隠れする動きは、電車のように落ち着いている。

「もしかして……眠ってる?」

「みたいだな。こりゃあ、骨の折れるモンスターを相手にしてしまったようだぜ」

「話が違うぞ! 僕はサッサと帰れると思ったから、わざわざこんなところまで付いて来たってのに」

「しょうがねぇじゃんか。俺だって、まさかブラックヒルさんの魔法を受けて無事だとは思うわけないだろ?」

 ……それは確かにそうだ。学園トップの魔法を耐えてしまうモンスター、それはもう冒険の始まりを告げるのには十分過ぎる衝撃だった。

「ふむ……」

 魔法を耐えられてしまった当の本人は、どこか思うところがあるのか、思案顔で黙り込んでいる。

「それじゃ、次の手だな」

「ああ、そうだな」

 ……は? 次って何だ。何を言っているのか全く分からない。

「何をキョトンとしているんだ。次は君の出番だ、レント君」

 ……何を言っているのか全く分からない。

「おーいレントー? 聞いてんのかー?」

 ……何を言っているのか全く分からない。

「私とレント君とで、あのモンスターにもう一度魔法をぶつけてやるんだ」

 ……何を言っているのか全く分からない。

「いい加減目ぇ覚ませ!」

「ホアッ!?

 思いっ切り、腹に重い一撃をお見舞いされた。……やめてくれ、昼に食べたものが戻ってきちゃうだろ。

「レント君も帰ってきたし、仕切り直しといこうか」

「ち、ちょっと待ってくれ!」

「何だよレント。トイレなら後で行け、後で」

「トイレじゃねぇよ! いや、確かにちょっとトイレ行きたいけど、それは兄さんのせいだろうが!」

「ハイハイ、それは分かったから」

「どうした? もしかして魔力が枯渇して、魔法が使えないのか」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「ブラックヒルさん、コイツビビってんだよ。自分の魔法がモンスターに通用するのかどうかって」

 ……いくら自分の兄とはいえ、心の中を代弁されるのは、流石にイラッとくる。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はあまり気にしたような顔もせずに。

「大丈夫。レント君なら上手くやれるさ」

「……無責任なことを言ってくれるね」

「当たり前だろう、私はレント君ではない。レント君のことは、レント君自身にしか分からない。私はあくまでも、今までのレント君を見てきたから、こういった可能性を述べることが出来るに過ぎないのだよ」

 やけに多弁な彼女に嘆息する。よくもまあ、こんなおべんちゃらを次々と言えるもんだ。

「もう一度言う。レント君なら上手くやれるさ」

「…………分かった」

 主席にそこまで言われたら、自分がどんな才能の持ち主であっても、不可能は無いんじゃないかという錯覚に陥りそうだ。そんなことを考えながら、僕は無意識の内に肯定していた。

「安心しろレント。お前のことは、俺も全面的にバックアップしてやる。だから、お前の出来ることを精一杯やれば良い」

「兄さんがそんなこと言うなんて、明日は世界滅亡かもな」

「不吉なこと言うなよ……」

「まあ、僕も決めるときは決めるよ」

 劣等生の意地ってやつを見せてやるよ……!

 

「準備は良いか、レント君」

「ああ、いつでもかまわない。言われた通りにやれば良いんだろ」

「そうだ。ではいくぞ」

 ……今更ながら緊張してきた。無理もないか、学園のアイドル的存在の彼女と、こうやって一緒に戦おうとしているのだから。しかも俺みたいな劣等性が隣に立って、だ。

 いつもと同じように、神経を一点に集中させる。ぼそりと魔法名を呟く。自分のすぐ目の前で、魔力が集まっていくのが分かる。

 

簀子の下の舞(ブライト・ライン)!!

風狂乱(プレーステール)!!

 

 ここまで、まだ一秒も経っていない。僕が魔法を詠唱したその刹那、強力な協力者が魔法を重ねてきたのだ。そして、瞬きをする間もなく、大きな衝撃音が辺りに轟いた。

僕から数メートル離れたところ(・・・・・・・・・・・・・・)から。

「……えっ?」

 思わず呟いた。今までと全然違う目の前の結果に、僕はただただ目玉を白黒させるだけだった。

「ふふ。驚いたかい?」

「……あ、ああ」

 もう何というか、何といって良いのやら。正直状況が今ひとつ飲み込めていない。

僕の魔法はどうなったんだ?

どうしてそんな遠いところにいるモンスターに当たっているんだ?

 きっと僕は、物凄く間抜けな顔をしているだろう。

「これが、君の実力だよ」

「僕の……?」

「まあ、ちっとばかしドーピングさせてもらったがな」

 にひひ、と兄さんが意地の悪そうな笑みを浮かべる。とにもかくにも、状況を把握しないことには始まらない。魔法を詠唱する時のように、深呼吸して、気持ちを落ち着かせていく。

 僕の魔法は、いつもより威力が強まっていた。

 僕の魔法は、いつもより遠い距離へと飛んでいった。

 この二つの原因は、すぐそばにいる兄さんと彼女だとしか考えられない。

「……兄さんが僕の魔力を高めて、そして後ろから風狂乱(プレーステール)でコッチェ・カーマのいるところまで飛ばしてくれたんだな」

「ご名答、お見事だねレント君」

 流石、といったところだろうか。僕のような劣等生が放った魔法が、まるで高位魔法のように変化したのだから。

「生憎だがレント君、君はまだ勘違いしている。私はさっき言ったはずだぞ? 君の実力(・・・・)だと」

「この期に及んでお世辞はいらねぇよ。自分の実力は、自分が一番よく分かっているからな」

「やれやれ……素直じゃねぇな。ブラックヒルさんに認められて嬉しいくせに」

 勝手なことを言わないでくれるかな……。

「これが、私たちの合体魔法だ」

「合体……魔法」

「ああ。そうだな……「奏でる気流(ソング・オブ・ウインド)」とでも言っておこうか」

 そう言ってこちらを見る彼女の顔は、いつもよりも輝いて見えてしまって、不覚にも見惚れてしまった。

 

「レントはどこだ!?

「こっちにはいねぇぞ!」

「まだ遠くには行ってねぇはずだ! 探し出せ!」

 あれから更に数日。僕の日常は、変わることなくいつも通りだった。休み時間の度に追いかけられ、適当なところに身を隠してやり過ごす。

「レント君」

 ただ、少し違う点もある。

「そんなところに隠れているくらいなら、私とデートでもしてくれないか」

「ちょっとちょっとちょっと! 何で人の隠れているところをバラすんだよ!?

「見つけたぞレント!」

「今日こそ洗いざらい話してもらおうか!」

 何故か彼女が、僕の居場所を見つけ出してしまうようになってしまった。こちらとしては、命がけで逃げているのだから、気まぐれでこんなことをされては堪ったものではない。

 またいつものように逃げようとすると……。

「うわっ」

「レント貴様ぁー!」

「死刑だ! 百回死ね!」

 いきなり彼女が僕の腕を引いて、抱きついてきた。

 いやいやいや、本当に何をしてくれちゃってるんだこの人は。

「ちょ、離せ……!」

「嫌だ」

「冗談言ってる場合じゃ……!」

「だって君は、私から逃げようとしている」

「当たり前だろ……! こんなところ、これ以上見られたらどうなるか……」

「ふぅ……仕方ないな」

 胸元から顔を上げ、ファンクラブの連中に視線を向ける。顔を赤くする者、鼻の下を伸ばす者、妙に姿勢を正す者、色々な反応が見られたが、そんな彼らに向かって彼女は。

 

「レント君は私の一目惚れ相手(パートナー)だ。この間も、一緒にモンスター討伐に向かい、合体魔法を完成させた仲だ。君たちには申し訳ないが、これ以上私たちの邪魔をするというのなら、私も黙ってはいないぞ」

 

 こんなことを堂々と宣言してしまったのだ。

 その時のファンクラブの連中といったら、二度と忘れることの出来ない顔をしていたように思う。まあ、ショックを受けるのは当たり前だろう。あんなことを目の前でされてしまっては、正気を保てというほうが無理な話だ。

「ではレント君。エスコートしてくれるかな?」

「嫌だね。僕はそんなことを言われても、ブラックヒルさんに揺らぐことはないよ」

「ふふっ」

「? 何がおかしいんだ」

「やっと、名前を呼んでくれたね」

「名前?」

「ああ。君は今まで私のことを、代名詞ですら呼んではくれなかった。だから、名前を呼んでくれたこと……凄く嬉しい」

「……さいですか」

 あくまでもぶっきらぼうに返す。まさか気付かれていたとは……別にどうだって良いんだけどさ。

「さあ、早く行くぞ」

 まあ、今更彼女が起こす風に乗っていくのは何だか癪だ。だったら、いっそこのまま、僕の奏でる歌に付いて来てもらうとしよう。

一応僕にだって、男としてのプライドというものがある。ここは譲るわけにはいかない。

「はぁ……」

 

 まあ、どの道、僕の歌に彼女の風は必要なのだから、どちらでも構わないけどな。

 

 

                         カニエーツ

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