サマーボルケーノ
水牛ダンス
いきなりですけど、あなたに忠告しておきます。
「競馬なんてクソみたいなものは一生やらなくて良い!」
あんなものやってる暇があったらバイトしてお金稼ぐほうが、よっぽど有意義です。ええそりゃもう。あれのせいで自ら身を滅ぼした愚か者なんて五万といます。
まず、ギャンブルというのは、お金が捨てられるくらい持ってる人がやるものだと思います。お金が無い庶民以下(勿論庶民も入ります)の愚民や貧乏人は、そんなものに手をかけている時間は、一分一秒だってありません。そもそもお金を稼ごうと考えている時点で、根本的に間違っているのです。競馬に限らず、競輪、競艇、パチンコ、日本にはありませんがカジノなど。これらはあくまでも、賭博であり、娯楽にしかすぎません。決してビジネスなんて、立派なものではないのです。
では庶民以下の中流〜下流社会に属する奴らは、どうすれば良いのか? 簡単なことです。お金を賭けなければ良いだけの話です。競馬や競輪などは、お金さえ賭けなければ、スポーツの一環として扱われます。パチンコやカジノは.ゲームセンターなどと同じようなレベルのものになります。勿論、本当の意味で楽しむことは出来ないでしょう、いや出来る訳がありませんけども。自分の人生を棒に振るようなことになるのと、ギャンブルが出来ないのとどちらがマシか? まあ余程のクズでない限り、自分の人生のほうが大切ですよね。
平民ども! 悔しかったらバカになるくらいまでお金を稼いでみなさい! もしそこまであなた達がお金を自力で稼げるようになったのなら、きっとその時にはギャンブルなんてもの、眼中に入らないでしょう、いや入る訳がない。つまり、普通に生きている限り、ギャンブルなんてものに手を染める必要性は、全くと言って良いほどないことなのです!
え? さっきから偉そうに何なんだって? おっと、自己紹介がまだでしたね、失礼致しました。
私、JRA(Japan Racing Association)所属で、競走馬の【サマーボルケーノ】と申します。以後、お見知りおきを。
え? 何で馬の分際で喋っているのかって? まあ、世の中色々あるのですよ。ほら、最近ウマ○ンナなんていうゲームが、ほんの少しだけ囃し立てられたじゃないですか。あれと似たようなものですよ。あくまでも馬が人間の言葉を話すという点だけですけどね。
え? どういう意味かって? これも簡単な話ですよ。シナリオを考えて下さった、蒼山○グさんには申し訳ないですけど、あの話は九十九パーセント嘘だと断言出来ます! まず始めに、私達馬の世界で、あんなに可愛い女の子がホイホイいる訳がないのです。厩務員さん(私達馬のお世話をしてくれる人)こそ、まだ若くて可愛い女の子がいない訳ではありません。しかし調教師さん(厩務員さん達に何をするのかを指示する人。厩務員や調教助手と呼ばれる見習いの人々は、みんなこの調教師さんに雇われている身である)で、あんな若くて可愛い女の子とかいる訳がありません! 何故なら、調教師さんというのは、大半が競馬関係者、つまり元騎手である人が多いのです。そして調教師という職自体、決して簡単になれるものではないのです。現役時代に、騎手として多くの功績を挙げ、長いキャリアを積んでいるのならまだしも、騎手として全然活躍していない人が調教師になるためには、先ほど申し上げました調教助手という立場から、スタートしなければならないのです。そして調教助手としてこれまた長くキャリアを積んで、ようやく調教師として独り立ちすることとなるのです。
何が言いたいかというと、これだけもの長い年月を経てなれる調教師が、あんな若い人だったら有り得ないってことですよ! しかも、調教師としてキャリアの浅い新人でもなければ、全く勝てない無名な訳でもない。そんな人がGI(私達馬の中でも、一際実力のある馬ばかり集まって走る最高レベルのレース)に馬を出したことがないだなんて。
「私達を舐めてんのかアァン!?」
とでも言いたくなります。
そして極めつけとなるのが、騎手。ジョッキーとも言われていますね。これもまた女性! どんだけ女の人が好きなんですかっ!?
コホン。すみません、少し取り乱してしまいました。
まず、仰っておきたいのが、女性でジョッキーの人なんて、本当に数える程度しかいないということ。そしてその方々は、いずれもウ○ドンナに出てくるような、トップジョッキーなどではないということ。女性ジョッキーがレースで勝ったのでさえ十年近く前だというのに。
全く……よくもまあ、あそこまで嘘を並べられたものですよ。あれでブヒブヒ言ってた方々、現実はあんなに華やかじゃないんですよ? ゲーム内では泣き言ばかり言っている主人公ですが、実際はもっともっと辛いんですから。
え? 批判はもう良いから、私自身のことについて教えろって?
仕方ないですねー、ちょっとだけですよ?
えーっと、私ことサマーボルケーノは……って、私れっきとした女の子なのに、何でこんな厳つい名前つけられなきゃいけないんだっていう。夏+火山って、めちゃくちゃ暑苦しいじゃないですか。まあ……今更変えたくても変えられないんですけどね…。競走馬としては、まだまだピチピチの四歳です! 人間で考えると、大体二十歳くらいですかね。
え? あれだけ偉そうな口を叩いたんだから、強いんだろうって?
いやいや、口の悪さと強さは関係ないでしょう。お話ししても構いませんが、かなり長くなりますよ? 寝ないで聞けますか? 後で文句は受け付けませんよ?
二歳の秋に、新馬戦(競走馬にとってのデビュー戦)で、二着馬に六馬身(ゴールした馬と馬の差。この場合、およそ馬六頭分に相当する。しかし、尻尾は含まない)をつける圧勝で、鮮烈デビュー。その後、GIII(先ほどのGIより二つほどレベルが下がったレース。間にGIIというレースが入る)のファンタジーステークスで重賞(GI、GII、GIIIをまとめた総称)初勝利。冬には阪神ジュベナイルフィリーズでGIレース初出走、結果は十七頭中二着。
三歳となってからの初戦は、クイーンカップ(GIII)から始動、二着馬に三馬身半差をつけ快勝。そのままクラシック(三歳馬による三冠を形成するレース)初戦となる桜花賞(GI)へと出走、二番人気に支持される。レースは、最後の直線で先頭に立つも、ラスト二百メートルのところで、ツキヒチャンとラストオーダーに差され(走法の一つ。最初から先頭で逃げる「逃げ」、前の方でレースを進める「先行」、やや後ろの方で力を温存する「差し」、一番後ろの方で待機し、最後の直線だけで勝負を仕掛ける「追込」がある。)、三着に終わる。
次走の優駿牝馬(GI)では三番人気で出走、後方から追い込むも、オウケンシンボラーに届かず二着となり、秋まで放牧(放し飼いにし、休養させること)に出される。
秋はローズステークス(GII)から復帰。桜花賞馬であるツキヒチャン、オークス馬であるオウケンシンボラーが出走しないこともあって、一番人気に支持される。その人気に応えるように、四馬身差で勝利する。
秋華賞(GI)には前走のパフォーマンスもあってか、GIレースでは初めてとなる一番人気で出走。しかしスタート直後に、ピュアロマンチカの妨害を受けるなど、レースは不利な展開に。直線で猛然な追い込みを見せるが、またもツキヒチャンの前に敗れ、二着となる(ピュアロマンチカは五位入線も、十五着に降着となった)。
次走はエリザベス女王杯(GI)にするか、ジャパンカップ(GI)にするか、管理厩舎(競走馬を管理しているところ。調教師が管理主にあたる)は悩んだが、順当にエリザベス女王杯を選択。GIホース(GIレースを勝ったことのある馬のこと)が五頭出走するのもあって、これまでで最も低い、六番人気での出走となった。いつものように後方からレースを進めるも、スローペースが響き、自身最低となる七着に敗れる。この結果により年内は休養にあてることになった。
年が明け、四歳となった初戦は中山記念(GII)から始動。三歳時とは違い、前方待機から直線で抜け出し、そのまま三馬身差で勝利を収める。続くマイラーズカップ(GII)も、同じ走法で二馬身差をつける快勝。同期のツキヒチャン、オウケンシンボラーの戦績が芳しくないのもあり、ヴィクトリアマイル(GI)の最有力候補とされている。
……と、まあここまでが私の華麗な戦いぶりという訳です。
え? 思っていたほど強くないって? 仕方ないじゃないですか、運が悪いんですもの。自分で言うのもなんですけど、割と強い馬だと思うんですけどねえ…。いかんせん運に見放されている気がしてならないのですよ。ま、悲観したところでどうしようもないですが。
勿論みんながみんな、こんなに運が無い訳ではないと思います。本当に強い馬は、運も味方につけて勝ってしまいますからね。私のお父さんもそんな馬でした。デビューから無敗でGIを五勝、引退時のGI通算勝利は七勝という実績を持っています。お母さんは今まで多くの名馬を輩出してきました。種違いの兄に、GI三勝のダダリオ、妹にGI二勝のギブソンレスポールというのが私の周りの血統となっています。
何でお兄ちゃんや妹は強いのに、私だけ谷間みたいな扱いにならなきゃいけないんでしょうか。私だってそこまでヘボい訳ではないのに……。とかいう具合にヘコんだって、意味は無いんですけど。
予定では、私は五月に行われるヴィクトリアマイル(GI)に出走します。いい加減勝たないと、私自身の信頼も危ぶまれるところなので、何としても勝ちたいというのが、正直な気持ちです。おっと、雑談している間に、私のパートナーである方がいらっしゃったようですね。
「おー、元気だったか?」
今、私の頭や首筋を撫でてくれているのが、私のパートナーである入野良平ジョッキー。デビューから十一戦全てで私の手綱を取ってくれています。また、今注目の若手実力派ジョッキーでもあります。こういう人に乗っていただければ、こっちとしても頼もしい限りですよね。
「うん。この様子は元気な証拠だな」
元気であることを、私は体全体で表現しました。ご飯も食べたし、ゆっくり休めてるし、ここ最近の私の調子はすこぶる順調です。
「あら、あなたも来ていたの」
そんな言葉が聞こえてきた瞬間、急に私は機嫌が悪くなりました。私にとって最も会いたくない相手、まあ同じ馬なんですけど……。
「来ていたら悪いですか?」
「いえ、別に」
「言いたいことがあるならハッキリ言って下さい。奥歯にものが挟まったような言い方は、逆に不愉快になるだけです」
「そう? なら言わせてもらうわ。あなたみたいな駄馬が、どうしてこのような場所にいるのかしら。空気が穢れるし、駄馬の走り方が移ったりしたら大変じゃないの」
よくもまあ、ここまで遠慮なしに貶してくれるものですね……。
この馬の名前はツキヒチャン。去年、私はこの馬相手に一勝三敗と負け越してしまい、相性の悪い一頭となりました。そのせいか、会うたびに私のことを見下してくるのです。
「ここは競走馬同士が共有する場所であって、あなただけのものではありません」
「そうよ。競走馬同士が、でしょ? あなたは所詮、ただの駄馬であって、競走馬ではないじゃない。そんな方がここにいるのがおかしいのよ」
「ふん! 何とでも言いなさいよ。そんなことを言って、勝手に侮辱しているのはあなただけですし。駄馬で結構! 品のないあなたみたいになるくらいなら、今のままで十分です」
「……言ったわね」
「ええ、言いましたとも」
「そこまで言うなら、次のレースで白黒ハッキリさせようじゃないの」
「別に私はそんなのどうだって良いです」
「あら? 怖気づいたのかしら?」
「所詮私はただの駄馬。なら、あなたは女王様気取りで、堂々と構えていれば良いだけです。私はあなたと戦いたい訳でもなんでもありませんから」
「……随分な言い様ね」
「あら? 女王様が、駄馬の言葉をいちいち気にするのですか? 臆病者なんですね」
「知ってるかしら? そういうのを【負け犬の遠吠え】っていうのよ? まあ、あなたの場合、負け馬っていうのがお似合いでしょうけどね」
「ハイハイ、負け馬で結構ですよ。これ以上あなたと話していたら、体のあちこちが腐敗してくる気がします」
そう言い残して、私はその場を離れました。こんな感じで、私たちは顔を合わせる度にいがみ合っているのです。
そんなこんなで月日は流れて、五月になりました。私は順調に調教を積んで(け、決してヤらしい意味とかじゃないですよっ!)、コンディションを整えていきました。
いよいよ本番である日が来た訳ですが、前日までのオッズ(賭けたお金の増える倍率)では、やはりGI馬という実績からか、ツキヒチャンが三.七倍で一番人気でした。ですが、私だってそれに次ぐ四.三倍で二番人気という評価をされているので、別に悲観することでもありません。それに……本当に評価されるかどうかは、レースの結果次第なんですから。
「てっきり出走回避でもするのかと思ったら、ちゃんと逃げずに来たわね」
「当たり前じゃないですか。大体、出走するかどうかは、私ではなく調教師さんが決めることですし」
「まあ、私はあなたが出ようが出まいがどちらでも構わないけど。精々楽しませて頂戴ね」
「あなたこそ、負けた時の言い訳でも考えておいて下さいよ」
何が何でも絶対に勝ってみせます。これ以上この高飛車女にバカにされ続けるのも、いい加減飽きてきましたしね。それに、お生憎と私はいじめられて喜ぶような性格もしていませんし。
十五時四十五分、スターターが旗を振ると同時に、高らかにファンファーレが鳴り響きました。レース開始の合図です。
出走馬は全部で十六頭。私の馬番号は「三」、ツキヒチャンの馬番号は確か「七」だったと思います。
背中に乗せているジョッキーと、周りにいる係員に誘導されて、私は三番のゲートの中に入りました。他の馬も、次々とゲートへ入れられていきます。普段なら、このゲートに入れられること(枠入り)を嫌がる馬がいたりするものですが、今回はそのようなこともなく、スムーズに事が進みました。
さあ……! いよいよです!
グッと気合を入れたのと同時に、目の前の扉が開かれた。
「各馬一斉にスタートしました。ほぼ揃ったスタートとなりました。さて、まずは内からプレパレードが先頭に立っていきます。その後に続いてパラダイム、外からはルミナスが並ぶような走り。そこから半馬身ほど開いてサウザンドラヴ、内にはメモリーズラストがいます。その後ろにツキヒチャン、一番人気です。それをマークするかのように、外の位置にサマーボルケーノとラストオーダーが並んで追走。一馬身ほど離れてアドマイヤユナイト、外にダノンスピリタス、内にはディープストライド。更に半馬身開いて、リニアブルーとシークレットベースが並ぶような位置。そして外からブラックバトラーが上がっていきます。最後方にポツンと一頭、オウケンシンボラーです」
位置取りは悪くないですね。ここからなら、ツキヒチャンが仕掛けるタイミングも伺うことが出来ます。
「六百メートルの通過タイムは三十四秒二、平均ペースで進んでいます。依然として先頭はプレパレード。その後ろにルミナスが続いて、外から一気にブラックバトラーが並ぶような形で上がって参りました。直後にパラダイムとサウザンドラヴが横に広がっています。中団の位置にツキヒチャンとサマーボルケーノがいます。半馬身差でラストオーダーがいます。各馬そのまま第四コーナーを回って直線に入ります!」
ここまでは前座みたいなものです。この長い直線を差し切ってしまえば、レースをものに出来ます。入野さん! 行きますよ!
「さあ前の争いですが、先頭はブラックバトラーに変わった! その内からルミナスが並んできた! 最内を突きましてはサウザンドラヴ、シークレットベースとツキヒチャンが先団に外から追い込んでくる! 更に外にはリニアブルー! 一番外から追い込んできたのはオウケンシンボラーだ! サマーボルケーノは前がちょっと壁になっているのか追い出せない!」
ぐぬぬ……前がこんなにもギュウギュウ詰めじゃあ、追い込めないですよ……。でも今から外に行っても距離が足りない……。
万事休すとはこのことですね……! なら……無理やりにでも押し通るまでです!
「さあ、ツキヒチャンが外から抜けてきた! ツキヒチャンが先頭だ! しかし、外からオウケンシンボラー! 外からオウケンシンボラー! 内からラストオーダーも追い込んでくる! そして真ん中を突きまして突っ込んできた! サマーボルケーノ! サマーボルケーノが一気に捕らえたか! ツキヒチャン! サマーボルケーノ! 二頭が並ぶ!」
今までよくもまあ、散々バカにしてくれましたね。ですが、あなたが威張り散らせるのも今日までです!
「サマーボルケーノ先頭でゴールイン! 勝ったのは三番のサマーボルケーノです!」
つづかない