我流・昔話 一章・ももたろう

                       秋雨

 昔々、あるところに、毎日三時間の筋トレを欠かさないおじいさんと、毎日三時間の発声練習を欠かさないおばあさんがすんでいました。二人は子どもに恵まれず、貧しかったのですが、とても幸せに暮らしていました。

 ある日、おじいさんは山へ猪狩に、おばあさんは川へ河童探しのついでに洗濯へ行きました。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらことながれてきました。

「まぁ、なんておいしそうな桃なのでしょう。家に持ち帰っておじいさんに食べさせてあげたいわ」

 そういうと、おばあさんは桃を拾おうとしました。が、桃はおばあさんほどの大きさがあり、とても持てるようには思えません。

 たまたま近くを通りかかった若者が、その様子を見て、おばあさんを手伝おうと近づいてきました。

「おばあさん、手伝いま「ふんぬぁっせえぇぇぇいい!」

 おばあさんは、大きな掛け声と共に桃を持ち上げました。若者はその光景に腰を抜かし、何もいえないでいます。

「さて、帰りますかね」

 おばあさんは、桃を抱えたまま、ゆっくりと歩き出しました。洗濯物が入った籠を置いたままなのですが、そのことには気づいていないようです。そのまま、おばあさんは家へと帰っていきました。

 おばあさんが家に帰ると、おじいさんがいました。どうやら猪狩は成功したようで、玄関脇には猪が三頭倒れています。

「おお、ばあさん。帰ったのかい」

 おばあさんが帰ってきたことに気づき、おじいさんが声をかけてきました。

「ばあさんや、その大きな桃はなんだい?」

「これはですね、川上から流れてきたんですよ、おじいさん。あまりに美味しそうだったので、一緒に食べようと思ってもってきたんです」

「それはいい考えじゃな、ばあさんや。どれ、包丁を持ってくるから、そこに置いておきなさい」

「分かりました」

 おじいさんは立ち上がり、包丁を取りに台所へと向かいました。おばあさんは、囲炉裏のそばに桃を置き、おじいさんが戻ってくるのを座って待っています。

 しばらくすると、おじいさんが戻ってきました。その手に握られているのは、包丁の中でも大きな部類に入る牛刀です。

「さて、じゃあ切るかね。ばあさんや、少しはなれていてくれんか?」

 おじいさんにそういわれ、おばあさんは桃から離れた場所で様子を見始めました。それを確認すると、おじいさんは牛刀を振り上げ、勢いよく桃を切り裂きます。

 一瞬、閃光が走ったかと思うと、桃はパカリと割れていました。おじいさんは、目にも留まらぬ速さで桃を二等分したのです。

 それをみて、おばあさんは拍手しました。が、おじいさんはなにやら腑に落ちない顔をしており、おばあさんは首をかしげます。

「どうしたんです、おじいさん?」

「あぁ、ばあさんや。よく分からんのだが、なにやら桃以外のものまで切ってしまったような感覚があってのう」

「桃以外のもの?例えばどんな?」

「うむ……感覚は、肉を捌くのに似ていたような気がするのう」

 どうしたら桃を切った際にそのような感覚が訪れるのでしょうか?

 おばあさんは、おじいさんがとうとうボケてしまったと思いました。ですが、その割にはしっかりと思考できているようですし、昔鍛えていたという剣術は衰えを見せるどころかパワーアップしていたほどです。その可能性は低いでしょう。

 おばあさんは恐る恐る、パカリと割れた桃の中を見ました。

「お、おぎゃあ……」

 そこには、一人の赤ん坊が気絶していました。

 

 赤ん坊は一命を取りとめ、おじいさんとおばあさんにより大切に育てられました。赤ん坊は桃から生まれたため、桃太郎と名づけられました。

 十五年後、桃太郎は立派な若者になっていました。おじいさんが温泉を探している途中、間違えて油田を掘り当てたため、桃太郎の家は大金持ちになっていました。しかし、おじいさんとおばあさんはお金を使って孤児院を建てたり、病院を建てたりなど、慈善事業に精を出しました。そのため、同じ家にずっと住み続けています。

 ある日のことです。桃太郎は、おじいさんとおばあさんに対し、ある話をしました。

「おじいさん。おばあさん。私は、鬼退治に行きとうございます」

 この言葉に、おじいさんとおばあさんは驚きました。

 鬼というのは、最近悪さをしていると噂になっているもののことです。具体的には、金銀財宝を奪ったり、町の人をさらったりなど、様々な噂があります。

 もちろん、おじいさんとおばあさんは反対しました。しかし、桃太郎の決意は固いらしく、首を縦にはふりません。

 結局、おじいさんとおばあさんが折れ、桃太郎は鬼退治に出発することになりました。

 翌日の朝、桃太郎は玄関の前に立っていました。腰の刀はおじいさんが昔使っていたものらしいのですが、かなりの業物のようです。

「桃太郎や、これを持ってお行き。ばあ特製のきびだんごじゃ」

「おばあさん……ありがとうございます」

 桃太郎はきびだんごを受け取りました。そして、おじいさんとおばあさんに向かって一礼し、出発します。

「桃太郎!がんばるのじゃぞ!」

「桃太郎!必ず帰ってくるんですよ!」

 桃太郎は、何も言わずに歩いていきました。

 しばらく歩いていると、桃太郎は犬に出会いました。白い毛並みはもふもふしていそうな犬です。

 犬は桃太郎に向かって何事かいっているようです。しかし、桃太郎に犬の言葉が分かるわけがありませんし、犬も人間の言葉を喋ることはできません。桃太郎は、途方にくれてしまいました。

「そうだ。このきびだんごをやるから、私に吼えるのはやめてくれないか?」

 そういいながらきびだんごを渡すと、犬は突然おとなしくなりました。桃太郎はそれに満足して、再び歩き始めます。その後ろを犬がついてきているのですが、桃太郎は全く気にしていませんでした。

 更に歩いていると、桃太郎は猿に出会いました。が、今回も犬と同じで、言葉が通じません。

 仕方がないので、桃太郎は猿にもきびだんごを渡しました。すると猿は喜んだため、桃太郎は気分がよくなり、また歩き始めました。その後ろを犬と猿がついてきているのですが、桃太郎はまったく気づいていません。

 更に更に歩いていると、桃太郎は雉に出会いました。ですが、やはり今回も言葉は通じません。

 どうしようもありませんので、桃太郎は雉にもきびだんごを渡しました。すると雉は喜び、桃太郎の頭に止まってきびだんごを食べ始めます。桃太郎は、背後で笑いをこらえている犬と猿に気づくことなく、雉を頭に乗せたまま歩いていきました。

 しばらく歩いていると、浜辺に辿り着きました。海を越えた向こう側には、禍々しい雰囲気をまとっている鬼ヶ島が見えます。桃太郎は、近くを通りかかった漁師に尋ねました。

「鬼ヶ島に行きたいのだが、船は動かせないのか?」

「な、鬼ヶ島だって?無理だ、このあたりの漁師はみんな、鬼を恐れて船を出せなくなっちまったんだ。若いの、悪いことは言わないから、鬼ヶ島に行くのはやめときな」

「では、誰も使わない小舟などはないか?私一人で行くとしよう」

 桃太郎にそう言われて、漁師は近くにあった小舟を指さしました。

「あれは俺の小舟なんだが、漁に出られない今となっちゃ宝の持ち腐れだ。あんたが鬼を倒してくれるって言うんなら、くれてやる」

 桃太郎は感謝し、さっそく小舟を動かして海へでようとしました。ですが、途中で足を止め、漁師にもう一つ質問します。

 その質問の意味がわからなかった漁師ですが、自分の知っていることを正直に話しました。すると、桃太郎は悩ましげな顔をして、再び足を動かし始めました。

 その様子を木の陰から見ていた犬、猿、雉は、桃太郎にばれないよう小舟に乗りこみました。正確には、雉は飛んでいるため、乗り込んだのは犬と猿だけです。

 やがて、小舟は鬼ヶ島へと向かい始めました。

 

 一時間ほど後、桃太郎は鬼ヶ島へ辿り着きました。ですが、桃太郎が想像していたものと違い、鬼ヶ島はところどころに草木が見えます。海から見ている限りでは見えなかったもののため、どういうことなのかと首をかしげつつ、桃太郎は鬼ヶ島へと上陸しました。

 しばらく歩いていると、大きな洞穴を見つけました。桃太郎は迷うことなくその洞穴に入り、中を探索します。ですが、鬼は一向に現れず、囚われているという噂の町娘も発見できません。

 そんな中、桃太郎は道中の村々や漁師に聞いたことを思い出していました。

(鬼の『噂』に恐怖していて、実際に鬼の被害にあった村は少なかった。被害にあったという村も、鬼の姿を見たものはいないし、受けた被害も軽いものだ。それこそ、人間にだってできる程度だろう)

 桃太郎は、はたして本当に鬼がいるのか不安になってきました。ですが、その足を止めることはなく、洞穴を進んでいると、大きな広間のような場所につきました。

 天井からは明かりがさしこんでおり、とても明るい場所です。後ろの犬、猿、雉も、動きが止まっています。

「誰だ、私の島に入ってきたのは」

 突然、声が響きました。声のする方向をみると、人影が見えます。

「私は桃太郎。世間を騒がす鬼を退治するため、やってまいった」

「ほう、私を退治するというのか。面白い、やって見せろ!」

 人影は、突然桃太郎に襲いかかりました。桃太郎は刀を抜き、その攻撃を防ぎます。人影が手に持っているのは金棒でしたが、刀は折れずに二人の鍔迫り合いが始まりました。

 しかし、桃太郎は人影の顔を見たとたん、驚いて飛びのきました。

「どうした、私を倒すのではなかったのか?」

「しかし、あなたは女子ではないか!」

 そう、鬼は人間の女子と同じような姿だったのです。金色の長い髪は背中まで伸び、銀色の瞳は吊り上っています。黄色と黒を主体とした服装をしていて、手に持っている金棒が似合いません。ですが、その額には、申し訳なさそうに二本の角が付いていました。

「女子だからどうしたというのだ。私は鬼だぞ?」

「……一つ、聞きたい」

「なんだ?」

「あなたは本当に村々を襲ったのか?私にはとてもそうとは思えない」

 それは、今までの鬼の噂を聞き、この鬼ヶ島と、この鬼を見て桃太郎が感じたことでした。鬼は、桃太郎の質問に、正直に答えます。

「そのようなことはしていない。だが、私という存在は存在するだけで世間を騒がせるだろう。退治するのは間違ったことではあるまい?」

「それは違うだろう」

 鬼の意見を、桃太郎は一蹴しました。まさかそんなことをされるとは思っていなかったため、鬼は思わずたじろぎます。

「私は、何の悪さもしていない者を切ることはできない。もしそんなことをしてしまったら、私は一生後悔し続けるだろう」

 そう言って、桃太郎は刀を鞘に納めました。鬼はその様子を見て、さらに困惑します。

「し、しかし、私が嘘をついていたらどうする?」

「仮にそうだとしても、それを信じたのは私だ。それが原因で死ぬのなら、後悔はしない」

 そう言って、桃太郎はその場に座り込みました。その後も鬼は反論し続けますが、桃太郎はそのすべてをはねのけます。

 鬼は反論の材料をなくしたのか、無言で桃太郎に近づき始めました。物陰に隠れている犬、猿、雉は、鬼が桃太郎に危害を加えようものならば、すぐに飛び出そうと構えています。

 そして、鬼は金棒を振り上げ―――

「ッ……私には、無理だ」

 ―――ぺたんと、その場に座り込みました。そして、顔をうつむかせて、金棒を横に下ろしました。その様子を見て、桃太郎は立ち上がり、鬼の肩に手を置きます。

「鬼よ、この島で何があったのか、話してはくれないか?」

 鬼は桃太郎の顔を見ます。桃太郎は真剣な眼差しを鬼に向けており、それは信じるに値するものだと、鬼は直感しました。

「五年前のことだ……」

 鬼は、この島に何があったのか、少しずつ話し始めました。

 

 鬼の話によると、この島は昔から鬼たちの住処だったそうです。ですが、鬼たちは非常に優しい心を持っていたため、人間たちを襲うようなことはしませんでした。それどころか、おぼれた人間を助けたり、人間の漁が失敗した時などは、こっそりと自分たちの魚を分けてあげたりしていました。

 日々を幸せに過ごしていた鬼ですが、ある日、島に不気味な人間が上陸しました。人間は腹をすかせており、服はボロボロでした。

 鬼たちは人間に料理をもてなし、人間の腹を満たしました。その後、人間に小舟を与えて、向こう岸に村があることをおしえました。

 その時です。その人間は、突然姿を変えました。当時幼かった鬼は、姿を変えた人間を見ただけで気絶してしまい、それ以降のことを覚えていません。気付いた時には、島には自分以外誰もおらず、鬼は親の形見である金棒とともに、一人さびしく暮らしてきました。

 

 鬼の話を聞いた後、桃太郎は苦い顔をしていました。今の話を聞く限り、鬼は全く悪くありません。おそらく、各地に伝わる鬼の噂も、その人間が広めたものでしょう。

 しかし、姿を変えたというと、どうやらそれは人間ではないようです。だとすれば、魑魅魍魎の類であることは間違いありません。

 しばらく考えた後、桃太郎は鬼に手を差し伸べました。

「? 何のつもりだ?」

「鬼よ、私と共に来ないか?」

 その言葉に、鬼は驚きました。そして、冗談ではないかと思いますが、桃太郎の眼は真剣です。

「だ、だが、私は鬼「関係あるまい。あなたは優しい心を持っている。それでもあなたを傷つけようとする者がいるのなら、私があなたを守って見せよう」

 鬼は、顔が熱くなるのを感じました。物陰では、犬、猿、雉の三匹が、にやにやしています。

「……わかった。世話になる」

 鬼は、桃太郎の申し出を承諾しました。桃太郎は笑顔でうなずき、さっそく帰路につこうとします。

「ちょっと待て」

 鬼は、突然桃太郎を引き留めると、頭に笠をかぶりました。そうすることで、角を隠したのです。

「鬼が娘をさらっていたという噂があるのだから、私がさらわれた娘のふりをすればいいだろう?そうすれば、お前は晴れて英雄だ」

 桃太郎は英雄になどならなくてもよかったのですが、鬼もこればかりは譲れません。結局、桃太郎が折れ、二人は帰路につきました。

 犬、猿、雉も、二人にばれないよう小舟に乗りこみ、共に帰路につきます。

 桃太郎は無事に家に帰りつきました。しかし、家の様子を見て絶句します。

「こ、これは一体……?」

 桃太郎の家は、何者かによって破壊されていました。桃太郎はおじいさんとおばあさんを呼び続けますが、二人からの返事はありません。

「おぉ、君は桃太郎じゃないか?」

 桃太郎に声を掛けてきたのは、近くの家に住む若者でした。若者の話によると、先日旅人が訪れ、おじいさんとおばあさんはその旅人を泊めてあげたそうです。しかし、その翌日、家は破壊されており、二人とも行方が知れなくなったといいます。

「貴様、その旅人の顔はわかるか?」

「え、そりゃ、わかるけど……」

 若者は、突然話しかけてきた鬼を見て、困惑しているようです。鬼は、自分を桃太郎に助けられた娘だと言って、若者を納得させました。

 その後、若者から旅人の特徴を聞くと、鬼は突然歩き始めました。桃太郎は、その手をつかみ、尋ねます。

「どうしたというのだ?」

「……その旅人、私たちの島を襲ったものと同じ特徴なのだ」

 鬼の言葉を聞いて、桃太郎は驚愕しました。しかし、なんとか気を取り直すと、鬼を説得します。

「だからと言って、一人で立ち向かっても勝てるわけではあるまい。私たちも共に行こう」

 そういって、桃太郎はずっと付いてきていた犬、猿、雉を見ました。三匹は、一度大きくうなずくと、桃太郎たちの横に立ちます。

「……ありがとう」

「? なにか言ったか?」

「何も言っていない」

 かくして、桃太郎たちの新たな旅が始まりました。

                                    続く

 

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