我流・昔話

          第五章   鬼ヶ島

                      秋雨

 

 それは、ある嵐の夜のことでした。自分の舟が波に持っていかれていないかと心配になった漁師が船着場を訪れると、懐かしい人物と再会しました。何ヶ月か前、鬼ヶ島を訪れるといい、自分の舟を貸した若武者です。彼はそのあと、鬼にさらわれていたという娘を連れて帰ってきたのですが、その彼がなぜこのような場所にいるのでしょうか。しかも、よく見れば一緒にいたはずの娘の姿はなく、かわりに見知らぬ二人の男女と、犬、猿、雉がいました。

「あんた、いったいどうしたんだい?」

 若武者たちがとても暗い顔をしていたもので、漁師は思わず声をかけていました。すると、若武者はハッとしたように顔をあげて、漁師を見つめます。それが数ヶ月前にあった漁師だとわかると、若武者はゆっくりと口を開きました。

「魅咲が、さらわれたのだ」

「魅咲って、あんたが鬼ヶ島から助けてきたっていうあの娘かい?」

「……あなたには、知らせておくべきかもしれないな」

 若武者がそんな言葉を絞り出すと、犬、猿、雉が若武者の顔を見つめます。二人の男女も少々眉間に皺をよせつつ、若武者を見ていました。

「魅咲は、鬼にさらわれた娘などではない。彼女は、鬼ヶ島でたった一人……五年もの間、たった一人で暮らしていた鬼の娘なのだ。世間の言う鬼の話はすべてただの噂話。鬼たちは、それに腹も立てずに過ごしていたそうだ。それが、五年前にある事件が起きて、鬼ヶ島に住むのは魅咲だけとなってしまった」

「……」

 若武者の口から語られたのは、衝撃の事実でした。漁師はそんな話聞いたことがありませんでしたし、二人の男女も初耳のようです。ただ、そういわれてみれば、漁師は今まで鬼ヶ島から鬼が出てきた様を見たことがありませんでした。

 淡々と語り続ける若武者に、漁師は何を言っていいのかわかりませんでした。ただ、その時の若武者はひどく弱弱しく見えて、とても数ヶ月前にあった若武者と同一人物とは思えなかったのです。

「あんた、また、鬼ヶ島に行くのかい?」

「!」

 だからこそ、漁師はその質問をぶつけました。若武者ははじかれたように顔をあげると、一度、小さくうなずきます。

「だったら、また舟を貸してやる。何が何でも、その魅咲って嬢ちゃんを助けてきな」

「し、しかし、またここで世話になるわけには……」

「いいってことよ。これも何かの巡り合せってやつだろうしな。ほら、これが俺の舟だ。ぎりぎり全員乗れるってぐらいだが、耐久性だけは保証してやる。何が何でも、嬢ちゃんを助けてきな。じゃねぇと、帰ってきても俺はこの舟を返してもらうわけにはいかねぇ」

「!」

 この若武者はとても優しい人間です。それがわかったからこそ、漁師はそう告げました。若武者のような人間は、自分の不利益よりも他人の不利益を気にするものです。だとすれば、漁師にとってこれ以上の脅し文句はありません。

「わかったらさっさといきな。ぐずぐずしていると、蹴飛ばしてでも舟に放り込むぞ」

「……すまない、感謝する」

 一度漁師に頭を下げ、若武者は舟へ乗り込みました。そのあとに続いて二人の男女も舟に乗り込み、最後に犬、猿、雉が乗り込みます。さすがにこの天気では、雉も飛ぶのがつかれたのでしょう、翼をたたんで、女性の笠の上でじっとしていました。

「がんばれよ」

 小さくつぶやいたその言葉は、はたして届いたのでしょうか。漁師が見送る中、若武者たちは鬼ヶ島へと向けて出発しました。

 

 

              *

 

 

「―――ッ!」

 頬に水滴が落ちてきた衝撃で、魅咲は目を覚ましました。周りを見渡せば、そこは見覚えのある洞窟。

「まさか、ここは鬼ヶ島か……?」

「そうみたいだね」

「!」

 まさか返事が返ってくるとは思っていなかったのか、魅咲は振り向いて声の主を確認します。そこにいたのは、優しげな笑みを浮かべた一人の鬼でした。

「魎助……本物、か?」

「うん、正真正銘、本物の魎助だよ。魅咲の幼馴染のね」

 そういいつつ、彼は少し身じろぎします。今座っている場所のすわり心地が悪かったのだろうと思い、魅咲はそのことについては触れませんでした。

「久しぶり、魅咲。再会がこんな形になったのは残念だよ」

「私もだ。こんな場所、すぐに抜け出してしまおう」

「そう、だね。それがいい」

 一瞬、ほんの一瞬だけ、魎助は顔をゆがめました。ですが、魅咲がそれに気づく前に表情を戻すと、同意するようにうなずきます。

「金棒は……さすがにない、か。丸腰になるが仕方ない、魎助、行くぞ」

「うん」

 そうして、二人は立ち上がり、歩き始めました。

「おっと」

 その際、若干魎助がふらつきますが、壁に手をついて倒れることを防ぎます。どうやら長い間座っていたらしく、突然立ち上がったために足が痺れてしまったようです。魎助は苦笑して、魅咲を見ます。

「ごめんね、先に行っててもらえるかい?」

「……そういえば、お前はそうだったな」

「?」

「昔から、動くのが苦手な奴だったと言っているんだ」

 そういって、魅咲は自分の肩に魎助の腕を回し、その体を支える。

「なに、安心しろ。頼りになる奴らが居るんだ。きっと助けに来てくれる。まぁ、ただ助け出されるのを待つ気は無いがな」

 そう言って魅咲は微笑し、歩を進め始めます。魎助はその様子をうれしそうに見つめつつ、思うように動かない足を動かしていました。

 

 

              *

 

 

「全く、どうしてくれっとね? もうアイツは使い物にならんばい」

「……」

「はぁ、答える気は無かとね」

 大男はそう言って、目の前の男を一瞥しました。が、男は何も答えず、ただ大男を見つめています。

「死んどらんばってん、明らかに復活にかかる時間のなごうなっとるばい。アンタの仕業ね?」

「……」

 やはり男は何も語りません。大男は一度ため息をつくと、男に背を向けました。そして、少しだけ虚空を見て、男に告げます。

「侵入者と脱走者の同時に現れたばい。桃から生まれし男と海の巫女、あと、竜神と契約した男がこの鬼ヶ島に上陸したとよ。鬼の小娘も逃げ出したごたるよ」

「……」

「全く、アイツの復活するまでおい一人で大地の巫女ば探さんばいかんとに……確かに自分で呼んだばってん、来るとの早すぎるとよ。何のために嵐ば起こしたのか分からんくなるろうが。よほど運の良かったとね……!」

 男に聞かせるように語り続けていた大男ですが、突然ハッとしたように顔を上げると、ある可能性に気づきました。それは、三人の巫女が持つそれぞれの力です。

 空の巫女はあらゆるものの本質を見抜くことが出来ます。それはつまり、彼女相手にはどんなまやかしも効かないということです。

 海の巫女はその姿を白竜に変えることが出来ます。同時に、彼女は水に関係する術との相性が良く、その術の力を増幅させることが出来ます。

 そして、大地の巫女は。

「あの女……仲間の運ば自分でも気づかんうちに上げとったとやね!」

 その脳裏に思い浮かぶのは、額に小さな二本角を持つ鬼の姿でした。

 

 

                *

 

 

 魅咲と魎助は、洞窟内にある広い部屋にたどり着きました。ここは昔魅咲と桃太郎が激突した場所で、魅咲は感慨深いものを感じます。

 しかし、その部屋の様子は大きく変化していました。

「これは、なんだ?」

「分からない。何か、祭壇の様に見えるけど」

 そこには、大きな祭壇のような舞台が設置されていたのです。魅咲が居たころは無かったはずなので、つい最近出来たものなのでしょう。

「……魎助?」

 そのとき聞こえてきた声を、聞き間違えるはずはありませんでした。二人ははじかれるようにして声が聞こえたほうへと振り向きます。そこに居た少女、ハルの姿を認識すると、二人は急いでそちらへと向かいました。

「ハル! 大丈夫かい?」

「うん、二人は?」

「僕らは大丈夫、待ってて、今出してあげるから」

 そう言って、魎助はハルを捕えているその檻を忌々しげににらみました。隣では魅咲が何とかこの檻を破壊できないかと奮闘しており、魎助もそれに加わろうと手を伸ばします。

 その、瞬間でした。

「ちょうど良かったばい」

 聞こえてきた声に反応するよりも早く、魅咲は吹き飛ばされていました。受身も取れないまま転がり、ようやく止まったところで体勢を直そうとすると、突然上から檻が落ちてきて、魅咲を閉じ込めてしまいます。

「魅咲!」

「くっ、魎助! 逃げろ! お前が敵う相手じゃない!」

 魅咲に勝てないと断言されてしまい、魎助はいったんひるみます。確かに魅咲は自分よりも強く、不意打ちとはいえその魅咲を簡単に閉じ込めるのは相応の実力が必要です。ですが、魎助だって鬼の端くれ。

 つかまった二人の女子を見捨てて逃げるなど、できるはずもありませんでした。せめて魅咲かハルが自力で檻を抜け出してくれればと、時間稼ぎをしようと相手の姿を確かめます。

「! な、あなたは……!」

「なんね、アンタ、この体の男と知り合いやったと? やったら残念やね……こん男にはもう自我はのこっとらんとよ。万に一つも取り戻せるとは思わんことやね」

「くっ……」

 その姿にひるんだのは確かです。なぜなら、この大男、どこからどう見ても魅咲の父にして元鬼ヶ島の族長に違いないからです。ただ、中身は全くの別人だというのは、魎助も感じ取っていました。

 それでも、退くわけにはいきません。

「はぁっ!」

 息を吐くとともに駆け出し、その拳を握り締め、大男に突撃します。ですが、大男はひらりとその拳をかわすと、向かってきた魎助の腹に膝蹴りを入れました。くの字型に体が折れ、魎助は吹っ飛ばされてしまいます。その勢いはハルのつかまっている檻にぶつかってようやく止まり、泣きそうな顔をしたハルが必死に魎助に呼びかけていました。

「魎助!」

「……だい、じょうぶだ、よ」

 口の端から血を流しながらも、魎助はニコリと微笑みました。そして、手を伸ばしてハルの頭を一撫ですると、その二本の足で立ち上がります。

「はぁ、まだ立つとね? アンタには興味なかとよ、見逃してやるけん、とっとと立ち去らんね」

「ま、さか……そんなこと、できるわけ、ない、じゃないか」

「……ならよか。ここで死なんね!」

 一瞬、まさに一瞬でした。魎助の目の前まで移動した大男は、すでに拳を振りかぶっています。おそらく力の込められたそれを食らえば、如何に鬼の魎助といえども無事ではないでしょう。何せ、相手の体も鬼なのですから。

 ですが、魎助に退く気など毛頭ありません。ただ、彼女らのために、何度でも立ち上がろうとだけ思っていました。

 そんなときです。

「魅咲ぃ!」

 魅咲は耳を疑いました。普段あれだけ静かな男が、まさかこんな大声で自分を呼ぶとは思っていなかったのです。大男も動きが止まり、魎助も突然やってきた来訪者に目を向けています。

「遅くなった、助けに来たぞ!」

 そこに居たのは、精悍な顔つきをした頼もしい若武者、桃太郎でした。

 

 

               *

 

 

「……今のうちに、仕掛けを進めねば」

 男は痛む体に鞭打ち、行動していました。全ては、己が起こしたことの贖罪のため。

「……頼むぞ、桃から生まれし、神の子よ」

 そして、唯一自分たちを救ってくれる可能性を持つあの若武者に、自分たちの救済を願うためです。男は最後につぶやきます。

「……」

 そのつぶやきは声にならないまま虚空へときえ、男は黙々と作業を続けました。

 

 

               *

 

 

「はぁっ!」

 刀を構え、桃太郎は大男に突撃します。その左右からは犬と猿が、そして上空からは雉が同時に突撃しており、後方では乙姫が札を構えて何やら唱えていました。

 その乙姫の姿を見て、大男はにやりと笑います。

(釣ったのは自分ばってん、こげん簡単に来るとは思っとらんかったばい。やけん、何が何でも決めんばね!)

 頭の中で決意すると、大男は魎助に背を向け、桃太郎と対峙しました。魎助はその背中をにらみつけますが、すでに立っているのがやっとなのでしょう。それ以上は何もできません。

「私の家族を、乙姫殿や浦島殿の友人たちを、そして私たちの仲間を、返してもらうぞ!」

「力尽くでやってみんね、できるんやったらね!」

 大男の拳と桃太郎の刀がぶつかり合います。しかし、拳は刃を通すことはなく、桃太郎はそのまま弾き飛ばされてしまいました

「! まさか、刀が弾き返されるとは……!」

「ふん、こん体は鬼の体ばい。成長しとる鬼の体はよほどの業物でもなきゃ刃物は効かんとよ」

 言いつつ、大男は桃太郎へと向かってきます。が、上空から現れた雉がその顔に飛びつき、視界を封じました。

「! 邪魔か!」

 すぐさま雉を引きはがそうと手を伸ばしますが、間一髪、猿が雉を引き離してそこから飛び退りました。その隙に犬は大男の右足にかみついて、その動きを止めようとします。

「くっ、アンタら……!」

「油断大敵です」

「っ!」

 気づけば、詠唱を終えた乙姫のまわりには大量の水流が浮かんでいました。海の巫女たる彼女は近くに水源がなくとも、大気中の水分を集めることすらできます。いかに大男といえど、自分ひとりに対してこの人数で攻められた場合、長期戦は分が悪すぎます。

「やったら……!」

 犬を振り払い、腕を交差させ、乙姫めがけて走り出します。同時に水流を放つ乙姫ですが、大男は速度こそ下がったものの前進してきています。このままでは、乙姫もつかまってしまうでしょう。

「乙姫さん!」

 甲高い声とともに、横から大男に体当たりする姿がありました。浦島は人でなくなったことで力が上がっているのですが、その浦島であっても、大男はびくともしません。しかし、その歩みを止めることには成功しました。

「今のうちに離れてください!」

「浦島さん……しかし!」

「早く!」

 普段あれだけしゃべらない浦島が、必死で叫んでいました。浦島の心を占めているのは、後悔と自負の念です。目の前の力に手を伸ばし、暴走し、仲間の手を煩わさせ、あげくまともな攻撃手段を持たない自分は足手まといにすらなりそうになっています。そんなことは、嫌でした。

「失せんね」

 ですが、そんな浦島も大男に簡単にあしらわれてしまいます。祭壇の方へと放り投げられ、浦島は魎助の目の前まで飛ばされました。それを見て、なんとか距離をとることに成功した乙姫は足を止めてしまいます。

「隙有りばい」

「!」

 その一瞬の隙を逃すほど、大男は甘くありませんでした。乙姫の腕をつかみ、祭壇の方に投げ飛ばします。雉はなんとか勢いを止めようとして乙姫をつかみますが、さすがに無理なようで、そのまま上から落ちてきた檻に一緒につかまってしまいました。

「浦島殿! 乙姫殿!」

 叫ぶ桃太郎ですが、その横に犬と猿が転がってきました。どうやら大男を止めようとして攻撃したものの吹き飛ばされてしまったようです。二匹とも息も絶え絶えですが、なんとか立ち上がろうとしています。

「う、おぉぉぉぉおぉぉ!」

 痛む体に鞭打ち、桃太郎は突撃します。ですが、大男は一瞥もくれることはなく、刀を左腕で防ぐと、そのまま弾き飛ばしてしまいました。そして、武器を失い一瞬呆ける桃太郎を蹴り飛ばします。

「ぐぅっ!」

 壁に叩きつけられ、一瞬息が止まります。ですが、その顔はまだ上がっており、大男をにらみつけていました。

「流石の巫女の力も、ここまでのごたんね」

「どういう、ことだ……!」

「簡単な話とよ。大地の巫女の持っとる力、味方に幸運ば呼ぶ力も、圧倒的な力には敵わんかったってことばい」

 それを聞いて、桃太郎は薄く笑いました。なるほど、確かによく考えてみればでき過ぎです。この島を再び訪れるまでに、浦島に出会い、乙姫に出会い、魅咲と別れ、それでも尚、今この島には自分たち全員がそろっています。あの嵐の中、舟が沈まなかったのもそういうことなのでしょう。

「ついでに教えといてやるとよ。おいがやろうとしよっとは、巫女三人ば犠牲にして神の怒りば買うってことばい。そうして―――」

 その先の言葉は、桃太郎にはあまり聞こえていなかったでしょう。理解したのは、このままでは巫女と呼ばれる者たちが殺されること。そして、その巫女というのは、檻につかまっている三人の少女のことなのであろうことです。桃太郎は、右手でそれを掴んでいました。持ってきたはいいものの、本来の持ち主があの状態だったために今まで使っていなかったものです。

「―――神ば、殺す」

「うおぉぉぉぉ!」

 金棒を掴み、全速力で駆け抜けます。その眼の端にある光景を捕え、少しだけ安堵しつつも、金棒を振り上げました。

「はぁぁぁぁ!」

「何度向かってきても無駄ばい!」

 迎撃しようと、大男が拳を振り上げます。が、いざ桃太郎のふるう金棒と拳が激突しようとしたところで悪寒が走り、とっさにその場を飛びのきました。

「かわしたか」

「アンタ、大地の巫女……なして!?」

 自分が先ほどまでいた場所を見れば、そこには金棒を振り下ろした桃太郎と、刀を振り下ろした魅咲がいました。あわてて魅咲を捕えていたはずの檻を見れば、檻は健在で、魅咲だけがいません。しかし、よく見てみれば、床には穴が開いていました。

「穴ば掘って脱出したと……? ばってん、こげん短時間でどぎゃんして……!」

「ふん、穴を掘ったのはアイツだ。いや、掘っていた、が正しいか」

 言われ、魅咲の指差す方を見れば

「アンタ……!」

「……もうあきらめろ、負けだ」

 そう、桃太郎に助言し、危機を知らせようとしていたあの男でした。どうやら彼は檻の一つの床下に細工していたようで、たった一人とはいえ抜け出せるようにしておいたようです。

 大男はその男を睨みつけますが、男は相手にせず、倒れている浦島やいまだ立ったままの魎助を見ていました。

「それにしても、金棒の扱いがなってないな」

「おぬしこそ、刀の扱いを学ぶとよい。それは繊細だからな、乱暴に扱おうものならすぐに機嫌を損ねて壊れるぞ」

「ふん、余計なお世話だ」

 言いつつ、桃太郎と魅咲は互いの得物を取り替えます。そして、肩を並べて大男と対峙しました。

「行くぞ、魅咲」

「あぁ、桃太郎」

 そして、同時に駆け出します。迫る二人を見て、大男は身構えました。本当ならば裏切り者を処分したいのですが、仕方ありません。幸い、二人はどちらも得物を振り下ろす気のようです。確かにそれはとても威力の高い攻撃ですが、かわされた場合隙も大きくなります。大男はその攻撃を避けようと、足に力を込めました。

「! なして、動かんとね!」

 が、その体は突然自由に動かせなくなってしまいます。大男の脳裏にはそのとき、自分が完全に意識を奪ったはずの、この体の持ち主が浮かびました。

「抵抗するんじゃなかと! アンタはおいの中で黙っておれば……!」

 途端、大男の動きが止まりました。それを好機と見て、二人は互いの腕に力を籠めます。そして、武器を大男めがけて振り下ろし―――

「よくやったな、魅咲。幸せに、な」

「! ちち、うえ……?」

 ―――一度ニコリと笑った大男の体を切り裂き、殴りつけました。

 それきり、大男は動かなくなってしまいます。しばらくすると、あの社の時と同じように、しかし今度は緑色の炎が出現しました。桃太郎がそれを切り裂くと、その炎は消滅してしまいます。

 そうして、桃太郎たちは魅咲たちを奪還することに成功したのです。

 

 

               *

 

 

 それから、三年の月日が流れました。

 桃太郎の祖父母をはじめ、いなくなったものらは鬼ヶ島の地下にいました。どうやら桃太郎たちの敵は人の体を乗っ取ることができる力を持っていたようで、さらわれた人たちは巫女探しのついでに予備の体として準備されていたようです。

 鬼ヶ島の鬼たちも同様です。魅咲の父親をはじめその数は減っていましたが、それでもかなりの数が残っていました。彼らは再び鬼ヶ島で暮らすそうです。

 浦島の村の住人と竜宮城の住人は、あれ以来親交を深め、現在は交易をおこなっています。また、念に一度お祭りとして村の近くにある竜神の社で宴会を行う取り決めをしました。

 桃太郎に舟を貸した漁師はその後、桃太郎たちが鬼ヶ島から持ち帰ってきた金銀財宝を譲渡され、大金持ちになりました。何でもその財宝は昔から鬼ヶ島にあったらしいのですが、鬼たちにとっては全く価値のあるものではなく、持っていきたいなら自由に持っていけと渡してもらえたのです。そして、桃太郎自身もそれは対して必要ではないので、舟を貸してくれた漁師へと渡したのでした。もちろん漁師は最初拒みましたが、桃太郎が受け取ってもらえるまで家の前を離れない、と自分が行ったことの意趣返しを行ったため、しぶしぶその財宝を受け取ったのでした。なお、このことから彼の噂は全国へと広まり、伝わるうちに尾鰭がつき、彼はいつの間にかたった一本の藁から長者へとなったという話になり、わらしべ長者などと呼ばれ始めたのだそうです。

 魎助はもと居た山の洞窟へと戻りました。実は魎助はあの時ひどい怪我を負っており、何度も生死の境をさまよいました。その間ハルが必死に看病していたのですが、その甲斐あってか、今となってはすっかり元気になっています。ただ、その看病は鬼ヶ島で行われたため、魎助は久しぶりに会う仲間たちに散々ハルとの関係を詮索されることとなりましたが。それに答える彼の顔は若干赤くなっており、満更でもなかったようです。

 ハルはあの後、普通の人間ではなく、外に住んでいた妖怪の一種だったことが明らかになりました。それは彼女の髪があの一件の後突然白く変わったから分かったのですが、彼女曰くこれが本来の地毛のようです。何でも鴉天狗の一族らしいのですが、その白い髪と背中に翼がないことは一族のなかで凶兆とされていたらしく、追い出されていたのだそうです。それを魎助が見つけ、以来二人は協力して暮らしていたのだとか。彼らは今も山の洞窟で暮らしています。ちなみに、近くの山村ではそれ以来、山の中で遭難すると白い少女が助けてくれるという噂が流れ、以来雪女という怪談が生まれるのですが、それはまた別の話です。

 浦島と乙姫は、村近くの社へと居を移しました。といいますのも、浦島の変化する竜はまさしく竜神そのもので、乙姫が変化する白竜はその番になるものだという書物が竜宮城、竜神の社両方から出てきたためです。乙姫は竜宮城から離れることに不安を感じていましたが、村人や竜宮城の住人たちの説得もあり、月に三回里帰りするという約束で了承しました。それは浦島も同じことで、彼らはそれぞれの故郷に月に三回里帰りします。とはいえ、日帰りが義務付けられてしまっていますが。彼らは自らの愛する住人たちとともに、末永く暮らしたそうです。

 桃太郎を救ったあの男は、その体は乙姫の従者であることがわかりました。それも、小さなころから乙姫を補佐してきたいわば従者の長にあたる人物でした。ただ、彼曰く、その長はすでに亡くなっており、そのあとの体を使わせてもらっているのだそうです。証拠に、長の腹には大きな穴があいており、もはや生きているとは言えない状態でした。乙姫は悲しみましたが、男が長の体を使うことを責めたりはしませんでした。

 犬、猿、雉はあの後、それぞれの暮らしへと戻っていきました。ただ、多少長く術を使う者たちや巫女の近くにいたせいか、普通の動物としては暮らしていけなくなったようです。

 犬はその体を徐々に巨大化させつつ旅を続けていました。そのうち犬は犬神と呼ばれるようになり、最終的にはどこかの村近くに定住したようです。村は永遠に繁栄し、その村の血が絶えることはなかったとか。

 猿はその体を徐々に妖怪化させていきました。猿は海を渡り大国へとまわると、その力を使って悪戯ばかりしていたそうです。そのうち猿は大妖怪と呼ばれるようになり、世界中のあちらこちらで好き勝手を繰り返すようになりました。その後、猿は封印されてしまい、あることに巻き込まれるのですが、自業自得でしょう。

 雉は南へと渡り、その過程で各地の神々に由緒ある土地を渡りました。そのせいか、雉は徐々に神格化していき、体は赤く染まり、見事な鶏冠や尾をもつ大きな鳥となったそうです。雉はその後長い間南方にいたのですが、他の方角にも自分と同じような存在がいることを知り、交友を深めていったのだとか。

 そして、桃太郎たちは。

 

「本当に、良いのだな?」

「……あぁ、かまわない。俺の炎を切れ。桃から生まれし男よ、お前だからこそ、我らを封印できる」

 男は言い切りました。彼が言うには、そろそろ体を持ち主に返してやりたいとのこと。そして、自分に封印という形で幕を下ろしてほしいということでした。

 なんでも、桃太郎は神の子なのだとか。桃から生まれた男であることがその証なのだそうですが、桃太郎には実感がありません。しかし、男の仲間たちが復活しなかったのは、神の子である桃太郎以外にはできないそうです。

「……早くやれ」

「だが」

「……かまわん。俺とて、アイツらと同罪なのだから」

 そういって、男は小さく笑いました。どうやら自分の意見を変えるつもりはないらしく、まっすぐ桃太郎を見つめています。

「……わかった」

 桃太郎が了承すると、男は突然倒れました。そして、倒れた男の上に赤い炎が浮かび上がります。

 桃太郎は若干躊躇しますが、炎が一度大きく膨張したため、どうやら急かされているようだと悟りました。そして、一度うなずくと、袈裟懸けに炎を切り裂きます。

 そして、炎は徐々に消えていき、その場には何も残りませんでした。

 

 

 桃太郎がしばらく呆けていると、後ろから誰かの足音が聞こえました。振り向けば、魅咲がそこにて、桃太郎を見ています。

「終わったのか?」

「あぁ。終わった」

「そう、か」

 それだけ聞くと、魅咲は振り向き、桃太郎に告げます。

「なら、私は戻るぞ。鬼ヶ島は父上がいなくなった今、私がおさめなければならん」

 それは、魅咲の決意でした。あの三人に襲われた村々の復興を終え、すべてに決着がつけば、彼女はいずれ戻るつもりでした。それが、今なのです。

「そう、か。魅咲もいなくなるのか……寂しくなるな」

「っ」

 桃太郎の寂しげな声に、魅咲の決心が揺らぎます。ですが、ここで意見を変えるようでは、この先鬼ヶ島をおさめることなどできないでしょう。魅咲は思わず出かけた言葉を飲み込み、別の言葉を口にしました。

「また、いずれ会おう、桃太郎」

「あぁ、また、いずれ」

 その言葉を最後に、魅咲は歩き出しました。桃太郎は依然そこにたったままで、魅咲の背中を見つめています。

「魅咲!」

 いつの間にか、声が出ていました。意識したつもりはないのですが、本当に無意識のうちに出してしまったのです。そして、その言葉はすらすらと続いていきます。

 桃太郎の声に立ち止り、魅咲も振り向きました。その顔を見つめ、桃太郎は息を吸い込みました。

「魅咲、私は、おぬしのことが―――」

 

                           完

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