「今日の議題は、ツンデレについてだ」

 とある部活動のとある一日

                    秋雨

窓の外では桃色の花びらが舞い、おそらく入学する際に新調したのであろうカバンを持っている新入生が笑顔で新たな友人と語り合う中、部室棟のある一室で、その議題は告げられた。部室の中には三人の人間がいて、俺はその中の一人。先ほどその議題を告げたのが、目の前に居る見た目イケメン中身残念な先輩。その横で頷いているのが、そのイケメンの彼氏。もう一度いう、この目の前のイケメンの横で頷いているのは、イケメンの彼氏だ。といっても、目の前のこの人たちは決してホモとかそういうわけじゃない。別に同性愛についてどうこう言うつもりもないが、少なくとも目の前の二人は同性愛とかそういうわけじゃない。

そんなことを考えていると、目の前の金髪イケメンは俺を睨みつけてきた。その隣では、童顔で可愛らしい顔つきをした彼氏が同じように俺を睨みつけている。ただ、その顔つきの所為か、睨みつけているはずなのに全く怖くない。

「聞いているのか春樹!我が四季部の今日の議題は、ツンデレについてだ!」

「美夏先輩。聞いてるんで音量下げてください」

 目の前にいるこの金髪イケメンの名前は、坂上(さかがみ)()(なつ)といって、この俺、川崎(かわさき)春樹(はるき)の先輩にあたる人間だ。といっても、彼女がこの大学で無理やり俺をこの部活動にいれさえしなければ、関わることなどなかったはずなのだが……そこは部活説明会でこの四季部という意味不明な部活に興味を持ってしまった自分を恨むことにしよう。そして、この部活に存在する妙な言い伝えを信じてしまったことを。

 この四季部という部活は、名前に四季の名前が使われている生徒のみが入部を許可されるというわけの分からない部活だ。結成者は何年も前に大学を卒業していったらしいのだが、こんなわけの分からない部活を立ち上げようとして、実際作ってしまうのだから、かなりの変人なんだろう。とか思っていたら、実は大学の講師として戻ってきて顧問なんぞをやっていると知ったのは、つい先日のことだ。

「ていうか、なんでそんなことについて話し合う必要があるんですか。ツンデレって、確か小説とかによくいるアレですよね?いつもはツンツンしているけどたまにデレるっていう」

「その通りだ。で、今から冬斗に実践してもらうから、その後ツンデレについて検証するぞ」

 いったい何を検証するのだろうか。というか、何で突然こんなことを始めたのだろうか。全く分けがわからない。しかも、突然話をふられた石田冬斗(いしだふゆと)先輩なんて、目に見えるほどうろたえてしまっている。

「え、え?美夏、ツンデレの実践って、どうやるの?」

 というか、この人は男のはずで、美夏先輩は女のはずなんだが、目の前の二人を見ているとどうしても逆に思えてきてしまう。まぁ、外見がこれで、中身もこれだから、しょうがないといえばしょうがないという気もするのだが。

「良いか冬斗。この紙に書いてあるセリフを、そのまま私に言うんだ。簡単だろう?」

「うん、分かった」

 そして、冬斗先輩は美夏先輩に渡された紙を見て……固まった。たぶん、書いてあるセリフが問題だろう。大体ツンデレの常套句としてあげるものといえば『別に、あんたのためじゃないんだからねっ!』とか『ぎ、義理よ義理!勘違いしないでよね!』とか『無視すんなやゴルァァ!』とか……いや、最後のはなんか違うな。間違ってはないはずなんだが、常套句としては違うな。うん。

 ともかく、そんな言葉を冬斗先輩が口にできるはずがない。それも、美夏先輩に向かってだなんて、この世のどんな拷問よりも耐え難いに決まっている。だって、冬斗先輩は、美夏先輩にベタぼれなのだから。

「じゃ、じゃあ、言うよ?」

「あぁ、いつでも来い」

 とはいえ、だから冬斗先輩は美夏先輩に逆らえないともいえる。まぁ、このあとの展開なんて今まで何度も見てきたので、大体何が起こるのかわかってしまうのだが。

「あ、あんたのコトなんか、べ、別に好きじゃ……好きじゃ……うえぇぇぇん!やっぱり嘘でも美夏に嫌いなんて言えないよぉぉ!」

「冬斗ぉぉ!ごめん、ごめんなぁ!私も嘘とはいえ、冬斗に嫌いなんていわれたら立ち直れないところだったぞぉぉ!」

 じゃあ言わせるなよ。ていうか、たぶんセリフは『あんたのコトなんか、別に好きじゃないんだからね!』だったと思うんだが、嫌いとは言ってないじゃないか。いや、そういう問題じゃないというのは分かってるけどさ。そして、たぶん今それにツッコミを入れたら、間違いなく俺は美夏先輩に殴られるだろうから黙っておこう。

 そんな夫婦漫才がほぼ毎日起こっているのだから、いい加減扱いにも慣れてきた。てか、このあとは目の前の二人のいちゃつきっぷりを見せ付けられるだけなので、俺が取る行動は自然と限られてくるのだが。

 ポケットからケータイを取り出して、電話帳からその名前を選び、番号を発信する。先ほど講義の終了を告げる鐘が鳴ったから、少なくとも講義中ということはないはずだ。

 耳元で何度か電子音がなった後、通話が始まった。

『もしもし春樹君?突然どうしたのよ?』

「おー秋音。今どこに居る?」

『部室棟の前。今から部室に向かうところだったんだけど……』

「あー、じゃあそこで待ってろ、すぐ行くから。今先輩たちがまたあの状態だから、こないほうが良い」

『また?分かった、待ってる』

 通話を終えて、ケータイを閉じると、傍らに置いた鞄を手に取った。先輩たちは完全に自分たちの世界に入ってしまっていて、戻ってくる気配はない。だから、こういう時はとっとと退散しちまったほうが良い。

「んじゃ、失礼しまーす」

 一応声をかけておき、俺は部屋を出た。そして、すぐそこにある階段をくだり、部室棟の外へ出る。そこには、こちらに背を向けて立っている女子が居た。俺はその女子に近づくと、肩に手を置きつつ声をかける。

「おい、秋「きゃああっ!」

 突然の浮遊感。同時に、またか、という諦めの気持ち。その後に訪れたのは、背中全体への鈍い衝撃。俺は、目の前にいる女の子によって、見事に背負い投げを決められていた。

「! あ、春樹君!ごめん!つい昔のクセで……」

「いや、気にしなくていいから」

 目の前の女の子、坂上(さかがみ)秋音(あきね)は、何を隠そう、美夏先輩の妹である。そして、極度の男性恐怖症だった。

 だった、というのは、その症状が治ったからだ。そして、それを治すのに一役買ったのが俺だったりする。

 ただ、昔から柔道をやっていた秋音は、男に触れられると反射的に投げ技を仕掛けて身を守るようになっていた。触れられなければ手を出すことはないのだが、触れられると無条件なので、男性恐怖症が治ったあともこういうことはよく起こる。で、何で俺が秋音の男性恐怖症を治すのに一役買ったりしたのかというと、美夏先輩に頼まれたからだ。

 そのときは新入生だったんだが、既に力関係は美夏先輩に頭が上がらないほどになっていたため、逆らえるはずもなかった。そんなこんなで秋音の男性恐怖症を治すのに一役買っているうちに、まぁ、つまり、そういうことだな。

「ほんとごめん。彼氏にこんなことするなんて、彼女失格だね、私……」

「ちょ、そんなに落ち込むなって!そのクセも、一緒に治していけばいいじゃないか!なっ?」

 秋音が落ち込みだしそうだったので、慌ててフォローを入れた。一瞬背中に痛みが走ったが、それを我慢して立ち上がる。

「ほら、俺はこの通りピンピンしてるからさ!心配すんなって!」

「……でも……」

 あぁ、また落ち込み始めた。優しいのは嬉しいんだけどさ、落ち込まれると、俺も気が滅入るんだよな……どうしたもんか。

「秋音、本当に大丈夫だからさ。心配してくれるんなら、笑ってくれないかな?俺、秋音の笑顔見たら、元気百倍だからさ」

 そういって笑って見せると、秋音は顔を耳まで赤くして俯いてしまった。あぁもう本当に可愛いなドチクショウ!

「しょ、しょうがない彼氏ね!ほら、ご希望の笑顔よ!」

 ちょっと泣き出しそうな顔ではあったが、秋音は笑顔を浮かべていた。その顔を見て、思わず俺は秋音を抱きしめてしまった。やべぇ、俺も冬斗先輩たちのこといえないな、これじゃ。

「すまん、つい抱きしめちまった」

「べ、別に……謝るようなことじゃないわよ。彼氏なんだから、彼女を抱きしめたって誰も文句言わないでしょ」

 そういいつつも、秋音の顔はまだ赤い。たぶん、俺の顔を赤いはずだ。とはいえ、鏡があったとしてもそんな顔をした自分なんて見たくないが。

 で、さっきから何度も繰り返しているが、俺たちは付き合っていたりする。ちなみに、四季部には十四人の部員が居るのだが、とんでもないことに男女比率が一対一で、しかも全員が付き合っている。まぁ、つまり、さっき言ってたこの部活の言い伝えってのがこれ。四季部に入ると彼女(または彼氏)ができるというものだ。もちろん、大学に入るまで彼女居ない歴と年齢がイコールで結ばれていた俺は、この言い伝えを美夏先輩から聞き、あれよあれよという間にこの部活に入っていたということだ。ちなみに、秋音も四季部に入っていたりする。まぁ、姉が美夏先輩なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

「んじゃ、帰るか。今日はもう講義ないんだろ?」

「うん、私はないけど……あれ?春樹君は次あったでしょ?」

「今日は休講だったんだよ。あの先生、休講情報出すのいつも遅いんだ」

「そうなんだ。じゃあさ、帰る前にどこかでお昼食べよ?私、今日軽くしか食べてないのよ」

 ん?これはデートの誘いか?

 俺はポケットの中にある財布の中身を、頭の中で思い出す。今は小銭を思い出す必要はない。たしか、お札は英世が四枚ほどあったはずだ。それだけあれば何とかなるだろうし、一応予備としてカバンの隠しポケットにはいつも諭吉さんが一人控えている。なんとかなるはずだ。

「そうだな。んじゃ、行くか」

 嬉しそうに頷いて、秋音は俺の左腕に抱きついてきた。反動で一瞬痛みが走ったが、まぁ、彼女の幸せそうな顔が見られるのなら、これくらいどうということはないか。

「で、どこに行くんだ?」

「駅前に新しくできたファミレス!入ってみたかったのよ」

「りょーかい」

「ほら、早く行きましょ!」

「ちょ、秋音、あんまひっぱんなって!」

 

               *

 

「ふん、やっと行ったか。全く、私が協力しないと何もできないんだからな。妹にも困ったものだ」

 部室の窓から外を見て、美夏はため息をついた。協力、といっても、人前じゃ素直に春樹君を誘えないからって、春樹君と秋音ちゃんを二人きりにするよう秋音ちゃんに頼まれただけなんだけど……。ちなみに、部室棟の前は美夏が持っている謎の権限で、人払いがされていた。何でそんなことをできる権限を持っているのか聞いてみたんだけど、なんでも四季部の部長に代々受け継がれている権限らしくて、美夏も詳しいことは知らないみたい。大丈夫なのかな、その権限。

「ねぇ、美夏。思ったんだけど」

「ん?なんだ、冬斗」

 作戦行動中もずっと疑問に思ってたことだった。たぶん、今更聞いたところで何の解決にもならないんだけど、一応聞いてみたかっただけだったりする。

「秋音ちゃんが部室にきたら、僕たちが出て行って二人きりにすればよかったんじゃないのかな?」

「……」

 あ、気づいていなかったんだ。

「冬斗、私は、そんな簡単なことにも気づかなかったんだな……あぁ、冬斗はそんな私を信じて作戦を実行してくれたというのに、私ときたら……あぁ、私はなんて大馬鹿なのだろうな」

 あ、また始まった。

 実は、坂上姉妹は落ち込み始めるとすぐにフォローを入れないと、どこまでも自虐を続けてしまうクセがあるみたい。秋音ちゃんのそれに気づいてからは、春樹君はすぐにフォローを入れるようにしているみたいだけど……でも、僕はあえてそれをしない。

「そうだね、美夏は大馬鹿だね。僕じゃなくたって気づくようなことに気づかないんだからさ」

「うぅ、やはりそうだ。私は大馬鹿だ。こんな、誰だってすぐに気がつくようなことに気づかないんだから。その上冬斗に気を使わせてしまうなんて、私は最低だ……」

 とまぁこんな具合に、どんどん自分を卑下していくんだけど、僕はこの姿を誰にも見せたことはない。だから、たぶん、美夏もこんな風になるって知ってるのは、秋音ちゃんだけじゃないかな。といっても、秋音ちゃんは人のことを言いふらすタイプじゃないから、誰にも言わないだろうけど。

「うぅ、私は……私なんて……」

 美夏の声には既に嗚咽が混じっている。たぶん、そろそろ良い頃かな。

「うん、美夏は最低だよ……でもね、僕はそんな美夏を見捨てないよ」

「うぅ、本当か?冬斗ぉ」

 美夏は既に泣き顔。あぁもう、可愛いなぁ。

「うん、本当だよ。だから、美夏は僕のモノ、だからね?」

「うん、うん。私は、ずっと、一生、冬斗のモノだからぁ……見捨てないで、冬斗ぉ……」

「ふふ、大丈夫だよ、美夏」

 優しく笑いかけると、美夏は僕の胸に飛び込んできた。一応ココが部室棟だということを忘れてないのか、声を押し殺して泣いている。僕はそんな美夏の背中に手を回して、優しく抱きしめた。

 いつもの元気で男勝りな美夏も好きだけど、僕しか知らない、僕だけに見せるこの美夏も、僕は大好き。だから、たまにいじめたくなっちゃうんだ。でも、泣き疲れて寝ちゃったあと、目を覚ました美夏はいつものように元気だから、こんな状態はなかなか見られないんだけどね。

 できることなら、こんな日々がいつまでも続くといいって、僕は思うんだ。だって、美夏とすごすこの毎日が、とっても楽しいんだもの!

                                                              おわり

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