我流・昔話 

第四章 真・浦島太郎

             秋雨

 

 月を隠せしは分厚い雲、激しく地を抉りとるは流されし涙。

 轟音とともに放たれしは、爆発し増大した彼の者の情念。

 一瞬の光の中に見て取れしその姿、蒼鱗碧眼にして金の鬣をたなびかせし大蛇のごときものなり。しかしながら四肢を持ち、宙に浮かびしその様、音に聞く竜神のごとし。

 彼の者、日夜涙を流し続け、日毎にその勢いを増大す。それゆえ、社に近き地は人が住めるものにあらず。

 彼の者を鎮めんことには、事態は悪化の途を辿るばかりなり。

 

                *

 

 昔々、あるところに、桃太郎という若武者と、そのお供の犬、猿、雉、そして竜宮城に住んでいた乙姫という女性がおりました。彼らは旅をしていたのですが、急激な雨に襲われ、近くの茶屋で雨宿りをしているようです。その間、乙姫は眠る雉を膝の上でなでつつ、犬と猿が喧嘩する様子を眺めています。そして、桃太郎は茶屋の主人からある話を聴いていました。

「竜神が怒っている?」

「あぁ、そうだ。最近ここらじゃ毎日のように雨が降っている。もう少し行った先には社があるんだが、そのあたりになるともうやむことすらしないんだ。だから、近くの村の者じゃ竜神様が怒っていると言って大騒ぎしている」

 それだけ告げると、茶屋の主人は奥へと戻っていきました。桃太郎はその背に向かって一度礼を言うと、乙姫のもとへと戻ります。

「桃太郎さん、どうでした?」

「ダメだ、茶屋の主人は心当たりがないらしい。代わりに、おかしな噂を聞くことはできたが……」

 それが、現在の彼らの目的に関係があるかどうかはわかりません。乙姫もそれが分かったのでしょうか、軽く顔を俯かせます。

「浦島さんも、魅咲さんも、どこへ行ったのでしょうか……?」

「あぁ、三ヶ月前、あの山村で突然消えたのだ、何かあったのであろうが」

 桃太郎は苦い顔をして、傍らの壁に立てかけてあった金棒を見ます。彼らの仲間であった魅咲という女子が使っていたその武器は、所有者を失って以来使われていません。

 彼らはこの三ヶ月間、様々な場所を訪れ、二人を探しました。何の手がかりもない探索であったため、行く先々で聞く噂を頼りにしてきた旅でした。その噂というのは、山奥で天狗と修行する少年であったり、一寸ほどの大きさしかない男であったり、あるいは月から来たという女子のことであったりしたのですが、そのどれもが彼らが求めるものではありませんでした。

 そして、彼らは現在、浦島が住んでいた村に向かっています。それといいますのも、一月ほど前に会った行商人から、海辺の村に一人でいる青年の話を聞いたからです。

 行商人によると、その青年は誰もいない村の中でたった一人生活しているとのことでした。とはいえ、話しかけても反応がなく、他に人が居そうにないことから、行商人はすぐに村をあとにしたそうです。

 その話を聞いて、桃太郎たちはそれが浦島ではないかと考えたのです。浦島の村は海辺でありましたし、村人は浦島を除いてさらわれてしまったので、一人で居たというのも頷けます。

 そこへ向かっている途中でのこの出来事です。しばらくは足止めされると思っていたのですが、竜神の噂を聞いた桃太郎は、静かに浦島の村がある方を見ます。考えていたのは、三ヶ月前に乙姫に聞かされたことでした。

(……まさか、な)

 自分の考えを否定するように頭を振ると、桃太郎は金棒を手にとり、犬と猿に喧嘩を止めるように言います。そして、次第に晴れ間が除いてきた空を見上げると、乙姫に声をかけました。

「行こうか、乙姫殿」

「えぇ、分かりました」

 そうして、二人は茶屋を後にし、歩き始めました。

 

               *

 

 同じ頃、ある山奥では、二つの影が目にもとまらぬほどの速さで動いていました。どちらも女子のようでしたが、片方の女子は細長い金棒を持っており、もう一方の女子を先に行かせつつも、後ろを気にするように時折振り返っています。

「そっちじゃなかよ」

「! くぅっ!」

 死角から放たれた石飛礫を、女子は手に持った金棒で叩き落します。その際、笠が外れて金色の長髪と銀色の瞳があらわになりますが、女子は気にすることなく周囲を警戒し始めます。

「魅咲!右側だよ!」

「わかった!」

 魅咲は少女の言葉に従い、右側の誰もいないはずの空間に金棒を振り下ろします。空振りするかと思われた金棒はしかし、ガギィンと鈍い音を立てて空中で静止しました。

「やけん、なしてアンタはおいの居る位置が分かるとやろうね?術まで使って気配と姿ば消しとったとに、アンタにはまるでおいが見えとるみたいに思えるばい」

 何も居ないはずの空間から現れたのは、魅咲が持っているものと全く同じ金棒を持った大男でした。額に大きな一本角を持ったその大男は、緑色の目を傍らにたたずむ少女に向けます。

「たしか、ハルって名前やったね。アンタ、術ば使っとるようには見えんばってん、どぎゃんしておいば見よっとね?」

「……何もしてないよ。ただ見えるだけ」

 静かに、ハルは告げました。それを聞いた途端、大男は驚いたように目を見開き、そして口端を吊り上げるようにして笑います。

「まさか、こげん場所で見つけるとは思っとらんかったばい」

「何を言っている!」

 魅咲が力を込めて、大男との拮抗を破ろうとします。ですが、大男は逆に金棒を押し返すと、怯んだ魅咲のわき腹を蹴り飛ばしました。

「カハッ……」

 予想以上の強さで蹴られたため、魅咲は近くの木に背中から叩きつけられます。何とか意識は保っているようで、蹴られた場所を押さえながらも大男を睨みつけていました。

「本当は鬼ヶ島の鬼だけでよかったとやけど、そぎゃんことなら話が違うとよ。アンタ、おいについて来てもらうけんね」

 そういって、大男はハルに向かって金棒を振り上げました。先ほどの言葉から考えて命をとるつもりはないようですが、ハルが従わないとなれば、実力行使も辞さないでしょう。

「うぉぉっ!」

「!」

 魅咲は渾身の力を込めて、地面を殴りつけました。その際に起こった土煙によって、大男の視界を奪ったのです。

 土煙がはれたとき、大男の視界に二人の姿はありませんでした。大男は一つため息をつくと、金棒を下ろします。

「いい加減、無駄ってことがわからんとやろうね?」

 一瞬の後には、大男の姿はどこにもありませんでした。

 

                *

 

 桃太郎達は、浦島の村を目指し歩いていました。途中、雨が降り出したため笠を被っているのですが、進むにつれて雨はどんどん強くなっていきます。

「くっ、本当にひどい雨だな……」

 背中に猿が抱きつき、前に犬を抱えた桃太郎が苦々しい顔をします。その後ろでは、眠る雉を抱いた乙姫が、不安そうに空を見上げていました。

 そのときです。耳を塞がんばかりの轟音とともに、雷が落ちました。思わず足を止めた桃太郎一行ですが、それは雷に驚いたからではありません。目の前に突然現れた人間を見たからです。

「ここから、立ち去れ、て、くださ、い。僕、私には、もう、力を抑えられない、ぬ」

 それだけ言うと、その人間は桃太郎たちの顔も見ずに、叫び声をあげました。するともう一度雷が落ち、桃太郎たちが思わず顔を覆ってしまったあとには、既にその人間はその場から消えた後でした。ですが、その顔は、到底忘れられるものではありません。なぜならば、先ほど現れた人間は

「浦島、さん……?」

 桃太郎一行の探し人の一人、浦島そのひとだったのです。

 

 しばらくは呆けてしまっていた一行でしたが、もう一度雷がなった瞬間に今起こったことを認識し、浦島の捜索を始めました。ですが、どれだけ探しても浦島は見つからず、桃太郎一行は仕方なく、もう一度浦島の村を目指して歩き始めました。

 

                *

 

 雨が降る中、浦島は社の中で身を丸めていました。こうすることが一番力を抑えることに楽だったからこうしているのですが、突如社の中に現れた男により、その行動はまたしても無駄となることでしょう。

 男は右の目尻に傷がある、青い瞳の持ち主でした。浦島は知りませんでしたが、その男は桃太郎や魅咲、乙姫ら三人にとっては共通の敵です。

「そんなことしても意味ねぇよ。あんたがどんだけがんばっても、俺の方が術の扱いには長けてるからな。お前にはまだ暴れまわってもらわないと困る」

「やめ、ろ、てくださ、い。僕、私は、もう、何、も壊し、たくない」

「まーだ分かってねぇのな」

 言いつつ、男は呆れたように肩をすくめます。そして、一瞬で浦島に近づくと、その耳に向かってささやきました。

「お前には、拒否権なんてねぇの」

「あぁぁああぁあああぁっぁぁ!!!!」

 男が浦島に何かしたのと同時に、浦島は叫び声を上げ、頭を押さえます。その姿は徐々に変化していき、膨れ上がっていきました。

 満足そうにその様子を見つめる男は、しばらくすると消えていました。けれども、浦島の苦痛が止まるようなことはありません。その髪は徐々に長く、そして金色に染まっていき、瞳は鮮やかな碧に変化します。そして、皮膚には蒼い鱗が生えていき、浦島は思わず社を飛び出しました。

 頭の中では、どうしてこうなったのかと、一ヶ月ほど前のことを思い出していました。

 

 浦島がその男にあったのは偶然でした。だれも居なくなった村で十日ほど無気力に過ごした浦島は、ふと、村の者たちが大漁祈願をする社のことを思い出し、その掃除をしようと思い立ったのです。なぜそんなことを思ったのか今となっては定かではありませんが、きっと頼ってみたかったのでしょう。浦島は、村のものたちを取り返すために戦いたかったのですから。だからこそ、使い方の分からない術の紙を、乙姫のもとから持ってきたのですから。

 社に到着した浦島は、その鳥居の前に座る男を見つけました。参拝客の一人だろうと思って気にしなかったのですが、男は決して社の中には入ろうとせず、ただ中を睨むように眺めていました。

「……」

 浦島が参拝し終わった後も、男はかわらずそこに居ました。そのことに多少の疑問を抱いた浦島でしたが、気にすることはないだろうと思い、帰路に着こうとしたときです。

「力が欲しくねぇか?」

 思わず立ち止まった浦島は、男の顔を見つめます。対して、男はにやりと笑うと、一枚の紙を取り出しました。

「もってんだろ?これ。でも、契約はしてないっぽい。なんなら、俺が契約の仕方を教えてやろうかと思ってね」

 浦島は、自分の幸運に感謝しました。確かに、神との契約の仕方が分からなかった以上、術のための紙は使いようがなかったのです。さっそく、浦島は男に契約の仕方を教わることにしました。

 このとき、浦島は気づきませんでした。男が、口端をあげてにやりと笑っていたことに。

 

                *

 

 桃太郎一行は、激しくなってきた雨に辟易し、どこか雨宿りができる場所はないか探していました。そして、偶然にも、乙姫がそれを見つけます。

「桃太郎さん、あそこに鳥居があります。ということは、社があるのではないでしょうか?」

「……そうだな、いってみよう」

 一度頷くと、桃太郎は鳥居へ向かって歩き出しました。その間、思い出していたのは、茶屋の主人に聞いた言葉です。

(社の近くは常に雨が降っている……まさか、な)

 否定しきれない考えをめぐらせつつ、桃太郎は鳥居をくぐろうとしました。その時です。

「グァァアアアァァオォォォォォォオオォォ!」

「!」

 突如、目の前で空高く飛び上がる大きな影がありました。それは、長い胴体を持った蒼鱗碧眼の、まるで大蛇のような姿です。ですが、よく見てみますと、その胸には白い紙が貼り付けられています。

「! あれは……まさか!」

 瞬間、駆け出していたのは乙姫でした。桃太郎は止めようとしますが、その足は咄嗟に軌道を変え、桃太郎は転がるようにしてその場から離れます。

「あーぁ、仕留め損ねちゃった」

「貴様はッ……!」

 そこに居たのは、目尻に傷のある男でした。

 

 一方、乙姫は社の中に入ると、その姿を見上げます。それは、まるで竜神のような姿で、それが一度鳴くと雷が落ちました。乙姫は、その様子を悲しそうな瞳で見つめます。

「浦島さん、ですよね?」

「グルルルル……」

 竜は威嚇するように喉を鳴らしますが、乙姫は既に結論に達していました。この竜は、間違いなく浦島であると。その証拠に、胸に貼り付けられている紙は、間違いなく乙姫が自分で作った、術を使うためのものです。

 そして、浦島のこの姿。おそらく、これは

「暴走して、しまったのですね」

 それは、神と契約する人間が必ず起こすといっていい現象です。契約した人間は、その力を抑えなければならないのですが、時折、その力を抑えきれないことがあるのです。そのときに起こるのが、暴走と呼ばれる現象で、その姿を完全に人ならざるものに変えてしまいます。乙姫も、一度そうなったことがあるからこそ分かります。

 これは、浦島が力を抑えきれなくなった結果だと。そして、浦島は自分でも抑えきれなくなった力を恐れ、警告するように雨を降らせ、雷を落としていたのだと。

「今、止めて見せます」

 ですが、暴走状態も悪いことばかりというわけではありません。見返りとして、ある力を得ることができるためです。

 乙姫は一枚の札を取り出すと、静かに何かを唱え始めました。それは、こうなった浦島に唯一対抗する手段といっても良いでしょう。

 乙姫は、何かを唱えていた口を閉ざすと、もう一度目の前にたたずむ竜を見ます。そして、札を大きく掲げました。

「浦島さん……いきます!」

 

 突如、大きな音がしたかと思うと、桃太郎の目はありえないものを捉えました。

「あれは……白い、竜?」

 そこには、先ほど現れたものよりも小さいながら、神々しい輝きを放つ竜の姿がありました。金の鬣は風に揺れ、同色の瞳は先に現れた竜を見つめています。そして、その竜が現れた場所からは、徐々に晴れ間がのぞいていき、雨がやみ始めました。

「は、ははっ、見つけた、ついに見つけたぁ!」

 桃太郎は、ハッとして男を睨みます。ですが、男は桃太郎など眼中にないとでも言うように、白竜を見つめ続けたままです。

「白竜になれるのは、海の巫女の証!やっぱりお前が海の巫女だったんだな、乙姫!」

 男は何かに感激しているようでしたが、これ以上の隙はありません。桃太郎は刀を抜くと、男に向かって切りかかりました。

「はぁっ!」

「! っと」

 寸でのところで気づかれ、男は桃太郎の攻撃をかわします。そして、桃太郎と距離をとると、何事か考え始めました。

「まぁ、今は良いか」

「何を言っているっ!」

 もう一度切りかかった桃太郎ですが、男が素直に答えるわけはありません。男は桃太郎の一撃をかわすと、札を取り出して、何事か唱え始めます。

 ですが、桃太郎も、そう何度も同じ手にはかかりません。

「頼むぞ!」

「っ!」

 男の背後から、猿が飛び掛りました。そして、器用に男の口を塞いで、それ以上何も唱えさせないようにします。犬は男の足に噛み付き、その自由を奪いました。

「これで終りだ!」

 桃太郎は刀を構え、もう一度切りかかりました。避けようとする男でしたが、犬と猿が邪魔をして、まともに動けません。それでも、何とか術を唱えられる状態にしようと、猿の手を引き剥がそうとします。

 しかし、それは既に遅すぎた行動でした。

「はぁぁっ!」

「!」

 桃太郎の刀は、男の胸をつらぬいていました。猿はすぐに桃太郎に飛び移り、犬は足を放して後退します。桃太郎は、突き刺していた刀を抜き、犬とともに後退しました。

「は、はは、は」

 男は自分の胸から流れる血を見ながら笑います。そして、桃太郎と、その共の二匹を見ました。

「まさか、こんなとこでや、られるなんて。思っ、ても見、なかったなぁ」

 そういって仰向けに倒れ、男は目を閉じました。戦闘の終りを感じた桃太郎は、この場に居ない仲間を思いつつ、空でにらみ合う二頭の竜をみつめました。

 

 先に仕掛けたのは、蒼い竜でした。その長い体を鞭のようにしならせ、白竜に叩きつけようとします。しかし、白竜はその攻撃を簡単に避けてしまい、蒼い竜に近づいていきました。

 己の攻撃が避けられてしまった蒼い竜は、向かってくる白竜に対して雷を落とそうとして、大きく鳴きます。ですが、同時に白竜を牽制するために、もう一度白竜を叩きつけようとしました。

「クォオオォォ!」

 白竜が澄んだ声を出すと、その目の前に水の壁ができ、蒼い竜の攻撃を防ぎました。同時に、蒼い竜の視界から消えて見せ、放たれた雷を避けてしまいます。

 しばらくあたりを見渡していた蒼い竜でしたが、白竜の姿が見当たりません。手当たり次第に雷を落としてやろうと思い、息を吸い込んだとき、蒼い竜は上空から飛来する声に気づきました。

「グァアアァオォウゥ!」

 咄嗟に反応し、蒼い竜は長い体でその声の主を攻撃します。ですが、その声の主は蒼い竜が思っていた白竜ではなく、それよりももっと小柄な、雉のものでした。雉は細かい体を生かして蒼い竜の攻撃をかわし、いずこかへと逃げていきます。

 目的の白竜ではなかったことに、蒼い竜は少なからず動揺しました。なぜなら、これで蒼い竜は、白竜を完全に見失っていたからです。

 その白竜は、蒼い竜に気づかれないよう、その後ろに回りこんでいました。

「クゥゥオォォオォ!」

「!」

 白竜のあげた声に驚き、蒼い竜は後ろを振り返ります。白竜は同時に、狙いを定めて尻尾を振るいました。狙いは、蒼い竜の胸元にある、一枚の札。

 放たれた攻撃によって、蒼い竜の胸から白い札が剥がれます。同時に、蒼い竜は大きな叫び声をあげつつ、苦しみだしました。

「グアアァァオォッォオォォォォ!」

 その体は徐々にちぢまっていき、蒼い竜の姿は消えてしまいます。白竜も、それを見届けた後、体が縮まるようにして消えてしまいました。

 

 その様子を眺めていた桃太郎でしたが、気を取り直すと、鳥居をくぐって社の中に入ろうとします。そのときです。

「……まだだ、ヤツを良く見ろ」

「?」

 何者かに声をかけられ、振り返ります。そこで目にした出来事に、桃太郎は驚愕しました。

 倒れていた男の上に、青い炎が浮かび上がっていたのです。一般的には人魂と呼ばれるのであろうそれは、男の体から出てきたもののようです。

「……それを斬らねば、ヤツは死なぬ」

「くっ、何者かは分からないが、後で説明してもらうぞ!」

 再び刀を取り出し、桃太郎はその炎めがけて、逆袈裟にそれを振るいます。青い炎はその攻撃を受けて、完全に消滅してしまいました。

「……それでいい、桃から生まれし男よ」

「貴様、何者なのだ!」

 刀をしまうことなく、桃太郎は問いかけます。

「……社に入れ、そこで説明する」

 そういったきり、声は聞こえません。釈然としないながらも、桃太郎は鳥居をくぐって社に入っていきました。

 

              *

 

 魅咲とハルの二人は、何とか大男を撒いたあと、大木の陰で休んでいました。完全に疲弊しきっているようで、二人は息切れを起こしています。

「ハル、大丈、夫か?」

「う、うん……だい、じょうぶ」

 ややしたったらずでしたが、ハルは魅咲に返します。その言葉に安心した魅咲は、ホッと一息つき

「油断大敵って言葉、しらんとね?」

 完全に、虚をつかれました。

「魅咲!」

「ハル!」

 ハルは大男に捕まっており、必死に手を伸ばしています。魅咲は金棒を構えて攻撃しようとしましたが、大男はハルを盾にするように構えたため、岬は苦々しげな顔をしながらも、金棒を下ろします。

「それでよかとよ。あんたがなんもせんなら、おいも攻撃せんけんね」

「くっ」

 魅咲は大男を睨みつけますが、そんな視線など全く意に介さず、大男はハルを見つめます。

「あんた、最初っからおいがこげんふうに見えとったとやろ?」

「……」

「沈黙は肯定ってとらえるばい。そげんことなら、話が早か。空の巫女は全ての本質ば見抜くことができる。やっぱり、アンタが空の巫女みたいやね」

 そういいつつ、大男はハルを気絶させます。そして、残った魅咲を見つめ

「アンタにも、来てもらうばい」

 その意識を、一瞬で刈り取ってしまいました。

 

              *

 

 社に入った桃太郎は、その境内に、二つの影を見つけました。一つは、先ほど入っていった乙姫のもの。そしてもう一つは、長らく行方知れずだった浦島のものでした。

「乙姫殿、無事でしたか」

「えぇ、私は大丈夫です。浦島さんも、今は寝ているだけのようです」

 そういうと、乙姫はニコリと笑いました。桃太郎はそれに安心し、ホッと息を吐きます。

「……安心している場合ではない」

 聞こえた声は、先ほどのものでした。後方から聞こえた声に振り向けば、そこには赤い炎が浮かんでいます。その炎は、徐々に形を変え、次第に人の形を取っていきました。

「何者だ!」

「……今まで、お前たちと争っていたものだ」

 その言葉で、桃太郎は刀を構え、駆け出します。ですが、それを止めたのは乙姫でした。

「桃太郎さん、待ってください。その人からは、敵意を感じません!」

「……さすがは竜宮の姫、海の巫女だな。話が早い」

 炎は完全に人の形になると、一歩前進しました。そして、再び口を開きます。

「……桃太郎、といったか。お前に、俺たちを止めてもらいたい」

「! どういうことだ」

 予想もしていなかった言葉に、桃太郎は眉をひそめます。炎の中からは一人の男が現れ、それを見た乙姫がハッと息を呑んだのですが、桃太郎たちは気づきません。

「……俺たちはその昔、神と契約したものだ。だが、契約の代償として俺たちが払ったものは、余りにも大きすぎた」

「なに?」

「……俺たちは、死ねない命となってしまった。最初の百年ほどは良かった。その力を使って、人助けもできた。だが、次の百年は違った。どれだけ人を助けても、どれだけ人と親しくなっても、俺たちが死ねない以上、別れがやってきて、知っている人間は居なくなった。そのことがつらくなり始めたんだ。そして、次の百年で、俺たちはだめになった」

「……」

「……ずっと姿が変わらない俺たちを、人間は恐れ始めたんだ。それはどんどん過激になり、迫害も始まった。俺たちは何もせず、逃げ続けた。そして、決めたんだ」

 男の話に静かに耳を傾ける桃太郎。男は、乙姫を一度盗み見ると、話を再開しました。

「……俺たちにこんな業を背負わせた神に復讐しようと。そのために、海、空、大地の三人の巫女が必要なことも調べあげた。だが、それから先が問題だった」

「それ以上は喋らせんとよ」

 いつの間に居たのでしょうか。男の背後には、その体躯を大きく超える大男が居ました。その大男は男に持っていた金棒をたたきつけると、静かに桃太郎たちを見ます。

「あんたらの仲間の、鬼の小娘は預かったばい。助けたかったら、鬼ヶ島までこんね」

「! 貴様!」

 思わず走り出した桃太郎でしたが、大男は桃太郎を軽くあしらうと、自分が殴りつけた男を見ます。

「おいたちは、どうあがいても死ねん。あんたがさっき桃太郎にやらせたことは、確かにおいたちの復活ば遅らせるばってん、死ぬほどのことじゃなか」

 そのことに驚いたのは、他でもない桃太郎です。つまり、傷の男はまだ生きていることになるのですから。

「やけん、これ以上アンタが動けんようにしとくばい」

 そういって、大男は倒れていた男を抱え上げ、一瞬で消えて見せました。後に残ったのは、何もできなかった自分を嘆く桃太郎と、未だに眠っている浦島。そして

「爺や……」

 小声でそうつぶやき、静かに涙を流した乙姫だけでした。

 

 

 

                                                                  つづく

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