我流・昔話

      第二章・うらしまたろう

         秋雨

 

 昔々、ある浜辺の村に、浦島と呼ばれる若者が住んでいました。浦島は見た目こそ冴えませんでしたが、心優しい好青年として村中の者から好かれていました。

 ある日のことです。その日は雲が厚く、太陽が顔を出していませんでした。そんな中、浦島が年老いた両親の頼みで、埋蔵金の発掘作業をしていたとき、彼に話しかける人物が居ました。

「すまない、道を尋ねたいのだが」

 見ると、犬、猿、雉を連れた一人の若武者が、困ったような顔をしています。近くにあった大きめの岩には、笠を被った若い女子が座って休んでいました。浦島がここに来たときには居なかったため、おそらくは連れの人なのでしょう。

 若武者は精悍な顔立ちをしており、腰に提げた刀以外に、なぜか大きな金棒を持っていました。それを見た浦島が怪訝な顔をすると、若武者はその視線の先にあるものに気づき、苦笑します。

「これが気になるか?」

 そういって、若武者は金棒に手を触れました。浦島が首を縦に振ると、若武者ではなく、若い女子が口を開きます。

「それはこの男が鬼を倒した際に手に入れた物だ」

 それを聞き、浦島は目を見開きました。鬼の噂は浦島の村にも伝わっていたため、その鬼を倒した人物が目の前にいるという事実は、彼を驚かせるのには十分なものでした。

 ただ、なぜか若武者は不満そうな顔をして女子を見やり、女子はそれに反応することはありません。犬はそれをみておろおろとし、猿は木の上から面白そうに見ています。雉においては、女子の笠の上で眠っていました。

「……あぁ、すまない。本題から逸れていたな」

 若武者は気を取り直したのか、浦島に向き直りました。

「この近くに村があると思うのだが、道に迷ってしまったのだ。道を知っていたら教えてはくれないだろうか?」

 この近くにある村といえば、浦島の住む村ぐらいです。ということは、若武者たちの目的地は浦島の村なのでしょう。

 それを察すると、浦島は埋蔵金発掘のために掘っていた穴から出ました。深さは相当のものでしたが、あらかじめ梯子を用意していたため簡単に脱出します。

 そして、浦島は唐突に歩き始めました。まさか答えてもらえないとは思って居なかったのでしょうか、若武者達は面食らっています。

 ですが、浦島はしばらく歩くと、振り返って手招きをしました。どうやら、ついて来るように言っているようです。

 若武者と女子は一度顔を見合わせると、どちらかともなく歩き始めました。浦島はそれを確認すると、また歩き始めます。

 その際、雉は女子の笠の上から落ちましたが、犬と猿によって回収されていました。

 

 しばらく歩くと、浦島の住む村に到着しました。それに安心したのか、若武者たちは安堵の表情を浮かべています。

 実際は村が見える浜辺に着いたのですが、ここまでくれば着いたも同然です。浦島を先頭に、一行は村に向かって歩いていきます。

 そのときです。浦島の目に、あるものが飛び込んできました。そして、浦島は走り出します。

 突然走り出した浦島に驚いた若武者たちでしたが、浦島の行く先にあるものを目にすると、彼らも走り出しました。

 浦島がたどり着いたそこには、浜辺に倒れている美しい女性が居ました。亜麻色の長髪を持ったその女性は気絶しているらしく、うつぶせになって倒れています。

 浦島は慌てて息を確認しました。すると、女性は確かに呼吸しており、海水を飲んだわけでもないようです。浦島はそれを確認すると、ホッと一安心しました。

「大丈夫なのか?」

 いつの間にか傍に来ていた若武者が尋ねてきました。浦島はそれに頷くと、気絶した女性を抱きかかえようとします。

 その時、女性が目を覚ましました。

「……!」

 女性は少しの間呆けていたようですが、突然目を開くと立ち上がりました。

「こ、ここは……?」

 女性は周りを見渡します。ですが、彼女にはこの場所に見覚えがありません。いえ、それよりも重要なことがありました。

「! 竜宮城……竜宮城は?」

 突然出てきたその単語に反応したのは、若武者の連れである女子でした。彼女はずいと前に出ると、女性に尋ねます。

「竜宮城とは、深海の奥底にあるという伝説の都のことか?」

「? 知っているのか?」

「あぁ、知っている。よく仲間が話していた。それで、どうなのだ?」

 彼女が問い詰めると、女性は一度頷きました。そして、彼女の手をつかむと、あわてた様子で訴えかけます。

「助けてください!竜宮城が……竜宮城が!」

「えぇい、まずは落ち着け!」

 何とか女性を落ち着かせようとしますが、なかなか落ち着いてくれません。どうやらそれほどまでに重大な何かが、竜宮城という場所で起こったようです。

 その様子を見て、ただならぬ事態だと悟った若武者は、犬、猿、雉に辺りを見回ってくるように頼みました。そうして、自分たちは女性の話を聞き取ろうとします。

「竜宮城が襲われたのです!」

 その言葉で、若武者は顔を険しくしました。

「あの男が、突然、竜宮城を壊し始めて……なんで、こんな」

「落ち着けといっている!」

 女性の肩をつかみ、女子は叫びました。その叫びを聞き、女性は我にかえります。それを確認すると、女子は手を放しました。

「……その男、何か分かりやすい特徴はあるか?」

 尋ねたのは若武者です。女性は一度頷くと、自分の指で右目の目尻付近を指差します。

「この辺りに、大きな切り傷がありました。おそらく、刀傷です」

「……決まりだな」

 若武者は女子の方を向きました。女子は一度頷くと、女性に問いかけます。

「竜宮城に行く方法はあるのか?」

 女性は一度目を見開きましたが、力強く頷きました。

 その後ろで、浦島は嫌な胸騒ぎを感じ、不安げに海を見ました。

 

「この札をお持ちください」

 女性が三人に手渡したのは、不思議な模様と呪文のようなものが書かれた札でした。いつのまにか自分まで行くことになっていたことに驚く浦島でしたが、断れそうな雰囲気ではありません。

「決してその札を手放してはいけません。いいですね?」

 若武者と女子が頷きます。浦島はどうしたものかと思案していたため、その言葉は聞こえていませんでした。

「……ところで」

 女性が再び口を開きます。すぐに行くものだと思っていた若武者と女子は、何事かと女性を見やりました。

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 そういえば、名乗っていません。女子はいち早く出発したいようでしたが、若武者が率先して名乗っていました。

「私の名は桃太郎という。そして、この女子が」

「自分で名乗れる。私は()(さき)という」

 桃太郎という若武者と、魅咲という女子。それを確認すると、女性は浦島を見ました。

「……」

 ですが、浦島は何も話さず、おもむろに小さな木の枝を手に取ります。そして、地面に何事か書き始めました。

「……浦島、さんですか」

 浦島は頷いて、砂浜に書いた自分の名前を消しました。三人の名前を確認すると、女性は小さく頷きます。

「準備が整いました。これより、皆さんを竜宮城へお連れします」

 そういうと、女性は手を組み、小さな声で何事か呟き始めます。そして、海に向き直ると、手を広げました。

「竜宮城が主、乙姫が命じます。海よ、私と私の友に、竜宮城へと渡る術を与えなさい」

 すると、四人の体を不思議な光が包み込みました。緑色をしたその光に驚く浦島たちでしたが、乙姫は待ってくれません。

「さぁ、行きましょう」

 そう言って、乙姫は海の中へと入って行きました。しばらく呆然としてその様子を眺めていた浦島たちでしたが、我に返ると、恐る恐る海の中へと足を進めます。

「……?」

 するとどうでしょう。確かに海の中へと足を踏み入れたのですが、濡れた感触がありません。試しに手を触れてみると、やはり水に触れた感触はありませんでした。

「海が味方になっているのです。この術が効いている間は、海の中であっても陸と同じように活動することができます」

 浦島たちが不思議がっていると、乙姫がそう説明しました。理屈は分かりませんが、浦島たちは無理やり納得することにしました。そうしないと、乙姫に置いていかれそうだったからです。

 体が完全に海の中に入り、反射的に浦島たちは息を止めました。が、そのうち苦しくなり、息を吐き出します。

「! 息ができる……」

「もちろんです。陸と同じ活動ができますから」

 先ほど言ったことを繰り返し、乙姫は小さく笑いました。しかし、やはり竜宮城が心配なようで、歩く速さを緩めることはありません。

 そうして、一行は竜宮城へと向かって行きました。

 

 しばらく歩くと、遠目に淡い光が見えてきました。すると、心なしか乙姫の歩く速さが上がったように思えます。浦島たちは、竜宮城が近いことを悟りました。

「! 見えてきました、竜宮城です」

 乙姫が右手で指した方向をみると、光に包まれた大きな都市が見えてきました。まるで都のようなその都市こそ、乙姫の故郷である竜宮城です。

 ですが、本来煌びやかな竜宮城は、見るも無残な状態になっていました。家屋は崩壊し、門は荒れ果て、中央に存在する大きな城は建ってこそいるものの、原型をとどめていません。

「あぁ、そんな……」

 乙姫は膝をつき、変わり果てた竜宮城を見ます。桃太郎と魅咲は、浦島に断りを入れると、先に竜宮城へ向かって行きました。

 取り残された浦島は、傍らで泣いている乙姫を見やります。そして、困ったように頭をかきました。

 ですが、元来善人気質の浦島です。近くに泣いている女性がいる状態で、放っておくなど彼にはできるはずもありません。

 乙姫に近づくと、浦島はその肩に手を置きました。

「泣かないでください」

 浦島が発した言葉に、乙姫は驚きました。正確には、言葉ではなく、その声に驚いたのです。

「えぇと……あぁ、だから喋りたくなかったのに」

 その声は、青年とは思えないほど高いものでした。それこそ、女性である乙姫や魅咲よりも高いのです。

 浦島は声を発したことを後悔しているようで、でも乙姫を放っておけないという板挟み状態になっています。その様子を見た乙姫は、思わず笑ってしまいました。

「ありがとう。励まそうとしてくれたのですよね」

 そういうと、乙姫は立ち上がり、竜宮城を見ました。その顔には涙の跡がありましたが、もう一度泣き出すようには見えません。

「ついてきてくれますか、浦島さん。私は、竜宮城の主として、皆の無事を確認しなければなりません」

「……わかりました」

 乙姫と浦島は、再び竜宮城へ向かって歩き始めました。

 

 一方、桃太郎と魅咲は、荒れ果てた竜宮城へと到着していました。そして、さっそく乙姫に聞いた男を探し始めます。

 その男は、桃太郎や魅咲にとっても、無関係とは言えない男でした。

「右目の目尻にある刀傷……間違いなく、私の島とお前の家を襲った男だな」

「やっとつかんだ足取りだ。見失うわけにはいくまい」

 本来なら別れて探したほうが効率はいいのですが、相手の実力は間違いなく桃太郎たちよりも上です。だとすれば、二人でいたほうが安全だという判断で、一緒に行動しています。

 そして、その異変に先に気付いたのは、桃太郎でした。

「おかしいな」

「……」

 魅咲は何も言いません。ただ、桃太郎の発言をきっかけに、あたりの様子を見渡します。そして、すぐに気付きました。

「誰も、いない……?」

 そう、この竜宮城には、誰もいませんでした。これだけ大きな都市なのですから、誰か居ても不思議ではありません。だというのに、今の竜宮城には、人っ子一人見当たりません。

「……いや、今は、あの男を探しだしてみせる」

 魅咲は頭の中に浮かんだ疑問を掻き消すと、警戒を強めました。桃太郎はというと、顔に手を当てて何事か考えているようです。

 その時でした。

「おい、お前ら何者だよ?俺の術で消えてないとか」

 背後からの声に、二人は振り向きました。そこにいたのは、ひょろりとした体躯の長身で、肌の白い男でした。男は武器になるようなものは持っていませんでしたが、その顔にあった刀傷は、間違いなく二人が探していた男です。

「金棒を返せ」

 魅咲は、桃太郎にそう言いました。その瞳は男を睨みつけたままで、桃太郎には向いていません。

「……無茶をしてはならんぞ」

「保障はできない」

 桃太郎が差し出した金棒を受け取ると、魅咲は地面を蹴り、男に向かって駆け出しました。その速さは尋常ではなく、一瞬のうちに男の後ろをとります。

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 そして、振り上げていた金棒を振り下ろしました。とても普通の女子とは思えません。

「ちょっとちょっと、何者なのさこの子。金棒振り回したりとんでもない速さだったりさ」

 男はそれを避けており、桃太郎と魅咲を見ます。魅咲は金棒を振り下ろした状態のまま男を睨みつけ、桃太郎も刀に手をかけています。

 ただ、先ほどと違うのは、魅咲が被っていた笠が、走っている最中に外れ、その下にあった金髪と銀色の瞳、そして小さな二本角が露わになったことです。

 それを見た瞬間、男は冷や汗を流しました。

「鬼……かぁ。うぅん、でっかい術二回も使った後だから、今は相手できねぇなぁ」

「そっちがそうでも、こっちはちがう!」

 魅咲はもう一度男に襲いかかります。今度は金棒を振り下ろすのではなく、なぎ払うようにして男を攻撃しますが、男はそれも避けてしまいました。

「だから、相手できないっていってるじゃん。じゃ、そうゆうことだから」

 そういうと、男は一枚の札を取り出し、小声で何かをつぶやきました。その光景は、まるで乙姫が術を使ったときのようで、それをみた桃太郎は何とか男に術を使わせまいと接近します。

「はい、時間切れ。じゃあね」

 ですが、あともう少しというところで男の術は発動し、男はその場から消え去りました。

 

 

 

 ほどなくして、乙姫と浦島が竜宮城へ到着しました。竜宮城の住民が見当たらないと桃太郎たちから聞いた乙姫は、先ほどとは別の術を使って住民を探しましたが、やはり見つからないようです。

「……考えられる可能性としては、あの男に連れ去られたか、あるいは……」

 魅咲はその先を口にするのを渋りました。笠は戦闘の後に回収しており、金棒も今は桃太郎が持っています。

「……わかっています」

 そういった乙姫の目には、強い意志が宿っていました。それは、どういった決意のもとに宿った意志なのか、浦島には想像できません。

 ですが、この場の空気はとても重いものでした。乙姫がそのようになるのはわかりますが、桃太郎たちがなぜそうなるのか、浦島にはわかりません。

 ですが、いつまでもここにいても仕方ないと思ったのか、浦島は口を開きます。

「えっと、とりあえず、僕の村に戻りませんか?」

 その声の高さに、桃太郎と魅咲が驚いたのは、また別の話です。

 ですが、浦島は知る由もありませんでした。

 すでに、浦島の住んでいた村は、先ほどの男によって村人全員が消え去っていることを。

 

 

 

「只今戻りましたよ……と」

 暗闇の中で、突然声が響きました。それと同時に、青い炎が燃え上がります。

「ていうか、俺のとこに鬼が現れたんだけど、どゆこと?」

 その声に反応したのか、緑色の炎と赤い炎が燃え上がりました。

「鬼?なして竜宮城に鬼が来ると?」

「……鬼ヶ島の、生き残りか?」

「うわ、マジで?じゃあもう一人の男は誰なんだ?」

「鬼じゃなかったとね?」

「いんや、普通の男だったよ」

「……乙姫は?」

「逃げられたっぽい。いやあ、竜宮城全体に術かければ簡単だと思ったんだけどなぁ」

「詰めが甘かとよ」

「……同感だ」

 すると、突然何かが立ち上がる音がしました。

「ん?もう行くの?」

「……早いな」

「おいはあんたと違うけんね、ちょっと下準備していくとよ」

 その言葉を最後に、緑色の炎が消え去りました。しばらく沈黙が続きましたが、再び声が響きます。

「次の目標、何だっけ?」

「……もう一つの、鬼の住む場所」

 そして、赤い炎も消え去りました。

「あぁ、あの逸れ鬼か……めんどくさそうだなぁ」

 最後に残った青い炎も消えて、再び暗闇が訪れました。

 

 

                                        つづく

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