不思議な一日
 
 
 
                                                                                            風雅  
 
 
 
 
私は、人を殺してしまったのかもしれない。
目の前に頭から血を流し倒れている人がいる。
 
 
 
 
 
たしかにさっき道の角を曲がったときに何かにぶつかってしまった。急いでいて前を見ていなかったせいだ。だけど、この状況はどうしたらいいんだろう。まずは救急車?でも、その前に意識があるか確認を……。
「あー、痛てえな」
倒れていた人が動き出した。私は人殺しにはならずに済んだみたいだ。
「物にぶつかるなんていつ以来だ?バランスとれなかったじゃねえか」
一応、元気そうに立ち上がっている。顔色は悪いけど。
「あの、大丈夫ですか?」
「おう、別になんともねえよ」
頭から血を流しながらなんともないと言われても……。
「あの、本当になんともないんですか?」
「……」
「あの……?」
「……あんた、俺に話しかけてるよな?」
「え、はい。そうですけど」
「俺が見えるってことか?」
「見えますけど……?」
「……なんでだ、こんなこと初めてだぞ……」
おじさんが一人でブツブツつぶやきだした。本当に大丈夫かな? どこか変なところをぶつけてしまったとか……。
「まあ、見えちまってるもんは仕方ないな。それに久しぶりに生きてる人間としゃべれる。……おい、お前!」
「は、はい!」
「俺が今から言うこと、よーく聞けよ?」
「はぁ」
「俺は、死んでいる」
「えっ! それってさっき私がぶつかったせいで!?」
「いや、俺が死んだのは一年前だ」
「……?」
言われてることに頭がついていかない。どういうこと?
「俺は、幽霊だ」
 
 
 
 
 
 
ユ、ウ、レ、イ
ユウレイ
ゆうれい
 
 
 
 
 
 
「なんで生身のあんたに俺が見えるのかはわからねえがまあ、そういうことだ」
 
 
 
 
幽霊。死んでる。あの世に連れて行かれる……!?
 
 
 
 
「いやあああああああああああああああ! 私、まだ死にたくない! 連れて行かないでええええええええええええ!」
「おい、あんた、しっかりしろ! 俺は死神とかそういうのじゃねえから! 人間の魂持っていくとかそういうやつじゃねえから!」
「た、魂!? やめてええええええええ! 死にたくないいいいいいい!!」
「だから落ち着けって!」
 
 
 
 
 
 
 
数分後、おじさんの必死な説明により私は少し落ち着きを取り戻していた。
「おじさんは一年前に死んだ幽霊で、でも私を迎えに来たわけじゃなくて……」
「そう、俺はただの通りすがりの幽霊だ。偶然おじょうちゃんにぶつかっちまっただけで」
「おじさんの頭やスーツについてる血も死んだときのもので私のせいじゃない……」
「そういうことだ。ちょっとは落ち着いたか?」
「……なんで私、幽霊と会話してるの!?」
「今更か! まあたしかに俺も疑問だったんだが」
今まで幽霊を見たことなんてないし、もちろん会話したこともない。
「ところでおじょうちゃん、ずいぶん急いでたみたいだったけど用事があったんじゃねえのか?」
「あっ、バイト……もう、間に合わないや」
今日遅刻したらクビだって言われてたのに……。
「悪かったなあ、おじょうちゃん。俺のせいで」
「いいんです。遅刻ギリギリまで寝てた私が悪いし。もし今日間に合ってたとしても、またすぐに遅刻してクビになっただろうし。どうせ、私なんか……」
「おじょうちゃん……」
今までだって色々な事に失敗してきた。なにをしてもぱっとしなくて、長続きしなくて。私に向いているものなんてどこにもないのかもしれない。
「おじょうちゃん! いまからどっか遊びに行こう!」
「えっ?」
「そんな暗い顔ばっかして生きててもつまらねえだろう? 死んだ俺が言うのもあれだが、人生楽しく生きたほうがいいぞ!」
「でも、遊びに行くって言ったってどこに?」
「たしかこの辺に遊園地あっただろう。そこへ行こうぜ」
ここから二十分ぐらい歩くと遊園地がある。地元の人間しか行かないような小さな遊園地だ。昔は家族や友達とよく行ったっけ。
「でも、おじさんは普通の人には見えないわけですよね? じゃあ私は一人で遊園地に行くことに……というか今も独り言に見えてるの!?」
「他人の目なんか気にせず行こうや。どうせ今日は平日だし人は少ないだろう?」
「でも……」
「あーもう! でもでも言うんじゃない! どうせ今日はバイトのはずだったんだよな? なら予定はねえな。決定だ。俺と一緒に遊園地に行くんだ」
「そんな! 勝手に決めないでくださいよ!」
「こうでもしなきゃおじょうちゃん来てくれないだろう? 生きてる人間と話せるなんてほんとに久しぶりなんだ。おじょうちゃんともっとしゃべりたいんだよ」
「そんなこと言われても……」
「いいから行こうぜ! ほらこっちだ!」
もともと押しに弱い性格だったので嫌と言えず、幽霊のおじさんと遊園地に行くことになってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
遊園地に行くまでの道のりで幽霊について少しだけわかったことがある。
一、 普通の人には見えない。
どうして私には見えてるのかは謎。
二、 人間や建物、大抵のものはすり抜けられる。
どうして私をすり抜けられないのかは謎。
三、 この世には意外と幽霊がいっぱいいる。
私には見えないけれどおじさんがいろんな幽霊さんに挨拶しているようだった。
 
 
 
私が普通に過ごしてきたこの世界に幽霊がたくさんいるだなんて……あまり深く考えないようにしよう。
 
 
 
 
 
 
 
しばらくすると遊園地についた。おじさんはとても楽しげで、子供のようにはしゃいでいた。空中ブランコにジェットコースター、コーヒーカップ。いろんな乗り物に乗せられた。
最初はいやいやだったけど、楽しそうにしているおじさんと一緒に過ごすうちに、私にもその楽しさが伝染してきているようだった。
日が傾いてくるまでに遊園地中の乗り物に乗った。時間と ともに疲れてくる体とは逆に心はどんどん軽くなるようだった。
 
 
 
 
 
    あたりはオレンジ色に染まり、遊園地の閉園時間もせまってきた。私達は最後に観覧車に乗ることにした。
しばらくはただ黙って外の景色を見ていたけれど、私はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「おじさんはどうして幽霊になったの?」
「どうしてって聞かれてもなぁ。死んだから、じゃないのか?」
「でも、死んだ人間が全員幽霊になるわけじゃないでしょ? なにか未練とかあったの?」
私の知っているおじさんは明るくて楽しげで、私の中の幽霊のイメージとは全然違った。だから、聞いてみたかった。
「未練なぁ……いっぱいあったぞ」
おじさんの体が夕日に透ける。
「俺は、事故で死んだんだ。振り返ってみたら俺の人生、後悔しかなかった」
 結婚もしたかったな、とおじさんは笑った。
「でも、変わろうと思ったんだ。どうせ死んだんだし好きに生きてやろうって思ってな。って、幽霊が“生きる”って言うのも変か?」
おじさんがとても眩しい。
人って変われるものなんだなって思った。今のおじさんを見ていて“後悔”なんて言葉思い浮かばない。
「おじょうちゃんも、もっと気楽に生きな? 人生の先輩からのアドバイスだ」
 
 
 
 
「お疲れ様でしたー。到着ですよー」
係員の間延びした声が空中の旅の終わりを告げる。
私は十数分ぶりに地面に足を下ろした。
「……ねえ、おじさんっ」
 
 
振り返るとそこには空っぽの観覧車しかなかった

 

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