ねがいごとは
今日の天気は生憎の曇り。
強い風が、校庭の木々をざわざわと揺らしている。
淀んだ雲に隠れる満天の星を想像しながら、森本伶(もりもとれい)は窓を開けて空を見やった。
こんな天気でも、愛し合う二人は無事に会えるのだろうか。
そして今年も、皆の願いを叶えてくれるのだろうか。
「―――…本当馬鹿みたい」
ぽつぽつと降り出した雨のしずくを、伶がぼんやりと眺めていると、後ろの方から聞きなれた声がかかった。
「とうとう降り出してきたな」
ひらひらと手を振り、教室に入ってきたのは二学年先輩の浅野
圭月(あさのかつき)だ。彼は伶の机の上に置かれた長細い紙に目をとめた。
「おまえ、クールそうに見えてまだ短冊なんて書いてんのか?」
馬鹿にされたと感じた伶は、あわてて短冊を取り上げる。
「これはさっきのHRで全員に配られた物ですから」
くしゃりと握りつぶしてゴミ箱へ捨てようとすると、圭月が驚いたように目を瞬かせた。
「せっかくなのに、捨てるのか?」
問いかけた圭月に伶はバツが悪そうに振り向き、答える。
「だってこんな紙切れに書いたところで、願いなんて叶わないでしょ」
激しくなっていく雨の音が、なんだかリズムを刻んでるみたい。だなんて馬鹿なことを考えていると、いつの間にか隣に立っていた圭月に、あっさり手の中の短冊を取られてしまった。
「あっ」
遠目からは分からないだろうが、近くからだと、何度も書き直した跡があるのが一目でわかる。
気恥ずかしくなった伶は奪い返すのも嫌になって、その場でうつむき羞恥に耐えた。
「……俺も短冊に願い事書いてた時期もあったけど、叶ったことなんて一度もないから、無駄な事はしないことにしてた」
圭月の声は、まるで小さな子どもに言い聞かせてるみたいに優しくて、居たたまれなさが強くなる。
知ってる。
こんなのは所詮遊びだ。
わかってるよ。
こんな物にすがろうとしてる方がどうかしてるんだ。
「――――――……」
手を握りしめて切なげな表情をする伶に、圭月はにこりと笑って見せた。、そして手に持つ短冊をきれいにのばし、鞄から筆箱を出して、ペンを取る。
「でも、一つくらい叶う願いがあったって良いと思うんだ」
スラスラと書いた願いは、伶がそこに書いていたものと全く同じもので、力強い圭月の文字が、伶の願いを後押ししてくれているようであった。
「じゃあ、もう遅いし帰るか」
空の様子は変わらないまま、情緒もないほど雨が降っている。
でもたまには、こんな七夕も良いのかもしれない。
「はい」
今日の天気とは正反対に、伶の心は晴れやかだった。