SAKURA_DRIVE  ―快晴、所により怪奇現象。―

シキクサ

 

 

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私達が暮らすこの世界というものは、意外と、私達が思っている以上に摩訶不思議な現象や説明のつかない存在であふれている。

ただ、ほとんどの人には見えていないだけでね。

見ようと思えば、それら(・・・)なんてどこにでもある。

例えばほら、私達の隣にとか、目の前にとか、あるいは…すぐ後ろにとか。

あ、ごめん。驚かせるつもりで言ったんじゃないよ。

まあ、いきなりこんなことを言われても、まず信じられないよね。

しかたない、それが普通なんだし。私だってそうだった。

実際に、その摩訶不思議で説明のつかない出来事に出会うまではね…

 

 

  T

 

『戦慄!閉じられた山間民宿の悲劇!』

 

うら寂れた駅のホームの片隅に、誰からも忘れられたようにひっそりと設置されている地方紙。その三面には、この不謹慎極まりないあおり文句が、恥も外聞もなくでかでかと記載されていた。

「まったく…面白がっているようにしか見えないな」

 数日前のモノのはずなのに、もう薄汚れてガサガサになっている地方紙を折り畳みながら、お父さんが深―い深―いため息を零す。ちょろっと顔を伺ってみると、程よく脂の乗ったおでこや眉間にも、同じくらい深い皺が出来ていた。

「本当にね。あの子、堪えてなきゃいいけど…」

 隣に立つお母さんも、心配そうに顔に手を当てている。

「………ぐー」

  さらにその隣の芳乃(よしの)はと言えば、地面に置かれた旅行鞄の上にだらしなく座り込んで、あろうことか居眠りを始めていた。現在の気温は36度。流石は真夏日のお昼時。冷たいアイスクリームもあっと言う間に溶けてしまうような炎天下だ。にも拘わらず、よくもまあ眠れるものである。

「お前はもう少し世間を知りなさい。もう大学生なんだから」

 あきれ果てたように、お父さん。

「むあー…ねみぃ」

 お父さんの心配なんてどこ吹く風。芳乃は顎が外れるんじゃないかと思うほどの大きなあくびをかまして、またもやうつむく。

しかしその瞬間、まるで芳乃の睡眠を妨害するように、二両編成の各停列車が咲耶たちの待つホームへ入ってきた。

「ほらほらお姉ちゃん、置いてくよ?」

 咲耶(さくや)が椅子替わりの鞄を軽く蹴飛ばすと、芳乃は本当に渋々といった様子で立ち上がり、両親と咲耶に並んで電車に乗り込んだ。

 

咲耶達は今、お母さんの実家にあたる、他府県の山間部にある小さな民宿へ向かっている。世に言う、帰省と言うヤツだ。

今日から約一週間、夜永(よなが)一家はその民宿に泊まり、お盆前後とあっていつも以上に混雑する経営を手伝うのだ。

ところがどっこい。今年はどうやら、咲耶達が向かわなくてもいいくらいに客の入りが悪いらしい。

いつもなら、帰省する咲耶達についていくように、同じ道中を辿る団体がいくつかあって、今乗っている電車の中もひどく賑やかだった。それが見当たらないのも、今年の客の入りの悪さを如実に表している。もちろん団体客ばかりには留まらない。それらに紛れてちらほらやってくる常連の客達もまた、人っ子一人見当たらないのだ。

理由自体は、至極シンプル、かつ火を見るよりも明らか。

原因となっているのは、例の地方紙にあげられた事件だ。

 

―――戦慄!閉じられた山間民宿の悲劇!

 

下世話な煽り文句や、尾ひれ背びれのついた余計な記述が付け足されたりはしているが、今回取り上げられている事件の実態はただの事故(・・・・・)だ。

端的に言うなら、宿泊客の事故死。しかもそれは一件に止まらず、五件にものぼる。ある客は敷地内にある川の遊水域で、またある客は宿泊した部屋の中で、と、死亡した客はいずれも民宿敷地内で亡くなっていた。

 その異様なまでの連続性と、そこから生じる不自然さが人々の不安を煽ったのだろう。その不安を、ネタに困窮していた地方のマスコミが待ってましたとばかりに飛びつき、あの面白おかしく脚色された地方紙を発行した。その記事を見た人が、また宿泊を避けていき、こうして悪循環が生じて、客足が遠のくに至ったのだ。

 そこまで思考し、ふと咲耶は顔を上げて、隣に座る芳乃を見やった。元々あの民宿近辺は、ちょっとした心霊スポットとしてそこそこ有名で、その道の客層はほとんどとんど途絶える事無い。今回の記事は、その心霊がらみ…いわゆる『呪い』と謂われる類を全面に押し出してアピールしているのだ。このあたりの事について専門家(エキスパート)の意見を頂こうと思ったのだが、生憎と芳乃は先ほど妨げられた睡眠時間を取り戻すように、リュックに顔をうずめてしっかり寝息を立てていた。

まあ、いいか。どうせ、ここで聞き出せることじゃない。

 咲耶は視線を車窓へ向け、外に流れる景色を目で追った。

緑。緑。緑。どの窓を見ても、山や木々、青々とした田んぼやあぜ道ばかり。

…田舎の山の中なんだから、当たり前なんだけどね。

自宅付近では滅多なことでもお目にかかれない緑を堪能して、咲耶は時間を潰すことにした。

 目的の駅まで、あと40分。

 

 

  U

 

「おーい、姉さん!義兄さんも!」

自動ではない改札を抜け、何とも言えない寂寥感のただよう入口を出ると、目の前を通る国道の向かいから、どこか威勢のいい響きを含んだ懐かしい声が届いた。

見れば、道路の向かい側に、くたびれた一台のバンが止まっている。その運転席から、一人の男が大きく手を振っていた。

声の印象と同じ、威勢のいい精悍な顔つきに、程よく日に焼けた大柄な体躯。

お母さんの弟であり、二人からすれば叔父にあたる日奈本(ひなもと)竜貴(たつき)だ。

「竜貴おじさーん!」

竜兄(たつにぃ)、久しぶりー!」

 他の車両が通過しないかもろくに確かめない内に、まずは咲耶が、そして一歩遅れて芳乃が、すっかりご無沙汰していた白いバンに駆け寄った。

「おうおう、元気だったかお前ら!大きくなったな」

 いかにも大黒柱だと言わんばかりの大きな手のひらが、パタパタと駆け寄ってきた小さな頭を豪快に撫でる。その仕草には、溢れんばかりの愛おしさが込められていて、今年の冬で十四歳の誕生日を迎える咲耶はもとより、もう十九歳にもなった芳乃ですら、今だに気恥ずかしさを覚える事がない。むしろいつまで撫でてもらえるのだろうと、実はひそかに心配している芳乃であった。

「こら、危ないんだから走らない。それから芳乃、いい加減に叔父さんって呼びなさい」

 さすがに二十歳を目前にした大学生ともなれば、身内とは言えど礼儀を徹底してほしいと思うのは当然の親ごころと言うもの。しかし肝心の芳乃はと言えば、覇気のない生返事を返しただけで、改善する気はなさそうだった。

しかしながら、四十路をとうに越えた母とは干支一回り分ほどの年の差がある叔父なので、芳乃からすれば実質上15才ほどしか差が無いのである。そのために芳乃は、叔父の事を「竜兄」と呼んで、先程のようにまるで年の離れた兄のように慕っているのである。

 

「構いませんよ義兄さん。それにしても、遠路はるばるご足労様でしたわ。正直、ホンマに来てもろて助かった」

バンのバックドアを開いて、皆の荷物やら手土産やらを手際よく積み込む叔父。民宿を切り盛りしているだけあって、流石に手慣れた手つきだ。

「そんなにお客減ったの?」

「そりゃもう、ごっそりなんてモンやあらへん。いっそのこと、姉さんらも客として泊まってほしいくらいや」

どうやら例の事件の報道を受けて、それまで宿泊していた客はまだしも、予約を入れていた幾つかの団体客からのキャンセルも相次いだそうだ。おかげで民宿はほとんど過疎状態。今いる客もたった二人だけで、毎年この時期の売り上げ額が一年の収入の大半を占める日奈本家としては、このままでは死活問題になりかねないなのだという。

「大変だね…」

「まあな。せやけど、落胆しとったって始まらんさけ。地道に行くわ」

 力なく笑ってみせた叔父だったが、その表情には疲労の色が濃く滲み出ていた。

その顔を見て、咲耶はますますいたたまれなくなる。

「ほら、そんな顔せんで。咲耶がそんな顔しとったら、ウチのガキどもまでしんみりしてしまうよって」

 その方が大人しゅうてええかいな、と。叔父はイタズラにそう付け足して、豪快に笑い飛ばした。つられた咲耶も頬が緩む。本当に、何時いかなる時であってもクヨクヨしない人である。

だからこそ、何とかしなければいけないな…と言う妙な使命感だけが、沸々と湧き上がっていったのだった。

 

――――――――――――……

――――――…

 

日奈本竜貴が経営する民宿『若葉の郷』は、山の奥のちょっとした谷あいの畔に立っていた。すぐそばには綺麗な川もあり、有料で貸し出しているテントを持ってくれば、ささやかなキャンプをすることも出来る。これをメインとして合宿を行うスポーツ団体も、このごろは増えてきていたのだという。

「皆さん、お疲れ様でした―。こっちに麦茶用意してありますんで、どうぞ飲んだってください」

民宿に着くと、まずは叔母と末のいとこが出迎えてくれた。

「ほら洋海(ひろみ)おじちゃん達にこんにちはーってしい?」

「…こんちは」

 日奈村家の末っ娘である洋海は、人見知りなのか恥ずかしがっているのか、なかなか叔母の後ろから出てこなかった。

それでも、叔母に2、3度催促されて、ようやく顔だけをこちらに向けてボソボソと挨拶をする。

「ご無沙汰だね、ヒロちゃん。今日もかわいいよー」

 先ほど叔父にされたように、しかしちょっと慎重にいとこの頭を撫でる咲耶。洋海が生まれるまではずっと末っ子だった咲耶にとって、自分よりも年下の親戚はこの子だけだ。初めてできた妹分ということもあって、咲耶は帰省するたびに洋海を構い、面倒をみてきたのだった。

「ようやっと来よったな、芳のん」

 約一年ぶりの再会を楽しんでいると、背後からまた別の声が聞こえた。咲耶はその声の主を確認しようと振り返ろうとしたが、それよりも先に芳乃が声に答える。

「おお、誰かと思えば(そら)ちんじゃまいか。首洗って待ってたかい?」

 春先にも見た、大人げない上にどこか安っぽい挑発。だが、今回の声の主は乗ってこなかった。代わりに、挑発を挑発で返すように、大げさに鼻をならしてみせる。

「悪いけど、今年は勝たしてもらうからな。覚悟しやがれってんだ」

「ぬかせ。今年も返り討ち(フルボッコ)よ、ばかやろう

 バチバチと見えない火花を散らし芳乃と相対しているのは、日奈村家の長男にして芳乃の良き遊び相手(ライバル)日奈った

毎年、この二人は飽きもせず常に争っている。去年は格闘ゲームで壮絶な戦いを繰り広げ、一昨年はレースゲームの総合順位を競っていた。この恒例行事は随分昔から続いていたようで、叔母に聞いたところ、昔の体力に差のない頃は川での素潜り勝負なども敢行したらしい。

そして毎回変わらないのが、空の方は割と真剣に勝負を挑んでいるのに対して、芳乃の方は完全に遊びの一環として相手をしていると言う事。

 年の差があるのだから、仕方がないといえばそこまでだが、いかんせん負けん気の強い空と、大人げのなさに定評のある芳乃である。二年の差などなんのその。まさしく、『遊び相手』と書いて『ライバル』と読む間柄なのだ。

「空くん、部活帰り?」

「そうそう。今の今まで練習三昧や」

 今ではすっかり高校生らしく、たくましく成長した空。高校では野球部に入ったとかで、今の出で立ちも、それらしく黒いアンダーウェアにドロドロに汚れたズボンを穿いていた。

「ちょっと空、砂!砂入るから裏口から上がって!」

 空が練習の厳しさを誇示するようにズボンの砂を払っていると、みかねた叔母から鋭い叱責が飛んだ。客も出入りする正面玄関で大量の砂をはたいたのだから、当然の報いである。

「ざまあwww」

「うぜー」

 格好のつかないところを見られて、さらにはそれを笑い飛ばされて、早くもプライドにひびが入りそうになっている空。

それでも虚勢を張って、去り際に捨て台詞を置いて行った。

「今年は戦略ゲームで勝負やからな!PSP持って部屋で待っとれよ!」

「おっけー」

 これ以上の不要な叱責を避ける為にか、足早に裏口へ向かう空。

その後ろ姿を見送ってから、咲耶はようやくサンダルを脱いで上がり框に上った。

「芳乃、咲耶。先に部屋へ上がってなさい。今年は『菖蒲』に泊めてもらう事になったから、荷物も持って行っておくんだよ」

 さっきまで叔父さんと話し込んでいたお父さんが、鍵を差し出してきた。

おそらく、この後の予定について打ち合わせでもするのだろう。

「お父さん達の荷物も持って行っとこうか?」

珍しく自主的な発言をした芳乃に、お父さんは素直に頷く。

「お願いするよ。それと、今の内に今日の分の勉強も済ませておきなさい。大地君が帰ってきたらすぐに、晩御飯の準備を始めるそうだから」

「…うん」

 さすがの咲耶も、ちょっとだけ嫌そうに返事をする。わざわざ田舎に遊びに来てまで、宿題に追われたくはなかった。

「ああそれと、お向かいの『菫』とその隣の『藤』には、お客さんが泊まってるからね。迷惑をかけないように」

「はーい」

 咲耶が鍵を受け取り、芳乃が両親の分の荷物を余分に持って、玄関の正面に伸びている階段を上がった。

 夜永家が泊まる『菖蒲』の部屋は、二階の一番奥の突き当たり、広い団体客用の部屋だ。いつもなら、日奈村家の生活エリアにお邪魔させてもらう程に部屋が埋まっているというのに、今年の待遇は別格だった。

 たぶん今年の夜永家は、宿泊客としてお盆を過ごすのだろう。そして宿泊代の代わりに、いつもと同じように民宿の手伝いをするという事だろう。

 そう考えると、なんだか少しだけ寂しくなった。

 

「あれ?あんたらも客なわけ?」

 

 ちょっと傷心になっていると、今丁度通過した『藤』の部屋の襖が開いて、男が一人出てきた。もしかすると、二人しかいないという宿泊客の片割れなのかもしれない。

ピアスやらバングルやらウォレットチェーンやらがジャラジャラとぶら下がっていて、ちょっとチャラい感じの印象のナンパな男だった。見た目だけで決めつけるのも失礼だが、それでも何故こんな風体の男が一人で山奥の民宿に泊まっているのか、正直な話、謎に感じて仕方がない。

「私たちは…」

 その男の問い掛けに対して、咲耶は少しだけ、逡巡した。

結局の所、自分がどのような立ち位置で扱われる事になるのか、分かりかねているからだ。というより、はっきりとした答えを知るのを無意識に避けている節すらある。

とりあえず、適当に答えて曖昧なまま茶でも濁そうかと、口を開く。しかし、実際に声を発する前に、芳乃が横から口を挟んできた。

「客じゃないですよ。私らはここの経営者の親戚で、お盆なんで帰省してきたんです」

 はっきりきっぱりと、なんの戸惑いもなく言い放つ芳乃。

いつもなら、言った事に対して責任を持つのを面倒くさがって、あまり自発的な発言はしない芳乃なのに、いったいどういう風の吹き回しなのやら。

「へーえ。そりゃ、わざわざ県外からご足労なこった。まあ、俺が言えたタチでもねーけどな」

相手が子供二人ということもあってか、一気に砕けた口調でからんでくる男。見た目の通り、どこか軟派な印象を受ける話し方だ。

「俺、紫苑(しおん)(まさ)(あき)っての。後四日はこの『藤』の部屋に泊まってるから、暇になったらいつでも遊びにきていいよ

 ガキ相手にナンパかよ。とでも言いたげに、芳乃が一瞬だけ顔をしかめたのが視界の端に映った。咲耶の方も、芳乃ほど露骨ではないにしろ少しだけ眉を顰める。二人とも、この手のチャラ男は好みではないどころか苦手な部類に入るのだ。

なにせまだ中学生の咲耶と、加えて咲耶とあまり背格好が変わらない芳乃の二人を相手にナンパを敢行してくるような男だ。好み云々より以前に、少なくとも好感を持てるような人物ではないのははっきりしていた。

「私は夜永芳乃です。こっちは妹の咲耶。ほとんど従業員みたいなモンなんで、何かあったら言ってください」

 いろいろと勝手に話を進めていく芳乃だが、咲耶はもうそれを止めようとは思っていなかった。元々咲耶達一行は、仕事を手伝うためにここに来たのだから、間違った事は言っていない。間違っていないなら、訂正する必要は無かった。

「ふーん。あ、今俺ともう一人のヤツしか客いないんだけど、そっちにはもう会った?」

「いえ。まだです」

「ならついでに挨拶でもしていったらどう?あっちも、もうしばらくここに泊まるみたいだし」

 いつのまにやら、宿泊客同士の間でも交流が芽生えていたようだ。客は二人しかいないのだから、仕方がないといえばそうなのだが。

「それもそうですね…」

「ぃよっし。じゃあ早速」

 咲耶が適当に同意した瞬間、紫苑は何の前振りも準備もなく、いきなり隣の『菫』の部屋の襖を乱暴に叩きに行った。

たしかに善は急げと言うが、それにしたって急ぎすぎるのも如何なものだろうか。

「おーい村崎(むらさき)、起きてるかー

 バコバコと、穴でも開けかねない勢いで襖を乱打する紫苑。

本当に穴が開きそうなので、見ている咲耶は正直気が気でなかった。

しかし幸いな事に、襖に即席の覗き穴が出来上がってしまう前に、『菫』に泊まっている客が顔を出してくれた。

「なんだよ、紫苑。もう話す事なんか無いだろ」

 顔を出したのは、いかにも引き籠りのテンプレートのような顔色の悪い男だった。見た目から推測される年の頃からして、おそらく紫苑と大差はないようだ。二人とも、年齢は多く見積もっても二十代半ばから後半といったところか。

「違うって。えーと、コイツは村崎(しずめ)っつーんだ。ちょっとオカルトおたくの気があんだけどな。村崎、この子ら、日奈本さんの親戚なんだって。手伝いに来たんだと

「…」

 えらく簡略化された紹介を受け、村崎と呼ばれていた男が気怠そうに咲耶と芳乃を見やる。最初に、比較的手前にいた咲耶に目をやって、その後で咲耶の後ろに控える芳乃に視線をずらす。と、いったんその背後に目を向けてから、また咲耶の方に向き直った。

「あんまりいい判断じゃなかったな。最悪、犠牲者が増えるだけだぞ」

「…どういう意味ですか」

 なんともまあ、訳の分からない評価を頂戴してしまった。いや、評価なんていいものでもない。最早ただの暴言だ。

何故会って数秒にしか満たないような赤の他人に、そんな事を言われなければならないのか。咲耶は、無性に腹が立った。

「呪いだよ。この民宿は呪われてるんだ。だからあんな事件まで起こったんだ」

 何を根拠にしてあの暴言を吐いたのかと思いきや、『呪い』ときた。本当に、この村崎とかいう男は何なのだろう。

「意味が分かりません」

「…まあ、普通はそうだろうな。でも、真実だぜ。実際、そっちの…お前」

 何やら調子づいている村崎が、自信ありげに芳乃を指差した。正確には――芳乃の、背後(・・)を。

「お前、悪霊(・・)()取り(・・)憑かれてる(・・・・・)ぞ。可哀想に、次の被害者はお前なのかもな」

「――…っ」

「…………へえ」

 なんだか図星を突かれたような、痛い所を突かれたような気がして、自分の事でもないのに狼狽える咲耶。

だが当の芳乃自身はと言えば、何かしらのショックを受けた様子もなく、ただ少しだけ意外そうな顔をしただけに留まった。

「おいおい、まーたオカルト発言かよ。人の趣味に口出しするわけじゃねーけど、あんまりマンネリになると受け狙いでも面白くないぞ」

「本当の事を言ったまでだ」

 言いたい事を言ってすっきりしたのか、どんどん不遜な態度へと変わっていく村崎。その間違った方向に真面目な口調も、それをただの冗談としか受け止めていない紫苑も、何もかもが寄ってたかって咲耶を苛立たせてならない。

もう、ここの空気を一秒たりとも吸いたくないくらい、咲耶の腹立ちは上限を突破しそうになっていた。

だいたい、芳乃は何をボサッとしているんだ。何故何も言い返さない?妹がこんなにヤキモキしているというのに、なんで何もリアクションを起こさないんだ。

 堪り兼ねた咲耶が何かを言おうとしたが、それはまたも寸での所で他ならぬ芳乃によって阻止される。

「もう行っていっすか?荷物置きたいんで」

 しかし、何か気の利いた反論をしてくれるのかと思いきや、出てきたのは何ら当たり障りのない言葉。咲耶は、少しばかり落胆を覚えずにはいられなかった。

「おっと、ごめんよ。何なら、荷物持つの手伝おうか?」

「結構ですよ。部屋はここなんで。それではごゆっくり」

 営業スマイルは忘れずに、しかし爆発寸前の咲耶を庇うように誘導して、向かいの『菖蒲』の襖を足で器用に開ける。

ふさがった両手の代わりに、肩で襖を押して廊下の不快な空気を遮断するのを見届けると、咲耶はようやく人心地ついたように、大きな大きなため息をついた。

「お姉ちゃん…あんな、インチキ野郎に言われっぱなしでいいの?」

 畳の上に荷物を投げ捨てるように豪快に落として、部屋の隅に積み上げられた座布団の山にダイブする。そんな事で気が晴れるはずもないが、何もしないまま、内側に溜めたままにするよりはずっといい。

「なんだお前、何か機嫌悪いと思ったら…そんな事気にしてたのか」

「そんな事ってなによ!つーか、なんで当事者のお姉ちゃんがそんなにケロッとしてんのよ!」

 これでは、あんなに腹を立てていたのが何だか馬鹿らしいではないか。

「何を気にする事があるんだよ。あんな、単なる妄言にさ」

「だって…」

そもそも、何故咲耶の方が腹を立てているのだろう。何故、自分が怒っているのか、分からない。

村崎の暴言を聞いたのがそもそものきっかけだったから、オカルト関連の事が引き金だったのかもしれないが…

「…あ」

 思い出した。怒りの根底にあったのは、春先に咲耶が経験したトアル事件だった。

 咲耶にとっては、初めての『摩訶不思議なる存在』との邂逅になった、あの事件。その最期で芳乃が繰り広げた戦いは、今でも咲耶の脳裏にはっきりと焼き付いていた。

 

ピンチに颯爽と現れて、圧倒的な強さをもって相手を圧倒して見せたあの光景を、おそらく咲耶は一生忘れる事はないだろう。

そして、その時の芳乃が高らかに放った言葉も、まだ覚えている。

 

―――――これが、私の愛する世界(オカルト)だ。

 

これが、咲耶の怒りの根幹を成すモノだ。

あの数奇でもあり、またあるいは美しくもあったあの世界を、村崎の不遜な発言に穢されてしまったような気がした。

咲耶はそれを怒っていたのだった。

「…だって、お姉ちゃんはそういうのの専門家(エキスパート)じゃんなのに、明らかに素人くさいのに好き勝手言われて、なにも思わないのかと思って

 もちろん、気恥ずかしいのでそのままの意を伝える事はしないが。

「それは自称だっての。まあ、あの村崎って人が言ったのも、あながち間違ってる訳でも無かったし」

「はい?」

 どういうことだろう。間違っていない?あの男の発言が?

「春に見ただろ?()()後ろ(・・)()居た(・・)()()をさ」

 そう言われて、再び記憶を掘り返してみた。

不可視の力を自在に振るって、相手を屠る芳乃。その背後には確か、形の定まらない蜃気楼みたいな影が…

「…うん、何かいたね」

「あの人が見たのはソイツだよ。たぶん、悪霊とそうでない霊の見分けがついてないんだろうな」

 軽く笑い飛ばして、芳乃は咲耶が落とした荷物を部屋の隅に引っ張っていく。

「機嫌は治ったか?なら、もうあの連中に絡むのは止しとけ。あーゆう手合いは、当たらず障らずが基本だ。本人たちは好きでやってんだから、私らには関係無いことだよ」

「うん…」

 むりやり丸め込まれてしまった気しかしないが、芳乃の言い分は確かに正論だった。

関わるのが嫌なら、こちらから関わりに行かなければいいのだ。

「にしても、晩御飯まで暇だな。なあ咲耶、今から空ちんの部屋行かね?一勝負しに行こうや」

「お父さんは宿題しとけって言ったじゃん」

「今日はもう疲れた」

 もっともな正論を言ったかと思えば、すぐにこれである。

頼れるんだか、そうでないんだか。

なんだか可笑しくなって、思わず吹き出してしまう咲耶であった。

 

 

  V

 

 民宿にやってきて、三日目の昼下がり。初日にサボったお咎めを受けてしまったので、今度は午前中の内のやっとの思いで宿題を片付けた芳乃と空は、今日も今日とてゲーム三昧だった。

「のわっ!俺を巻き込むなや!こっちくんな!」

「ふっふっふ。タメに時間がかかるような範囲魔法を、パネルではなくユニットに設定したのがお前の敗因よ!死なばもろとも、去ねやコラ!」

「おんどりゃあああああああああ!」

 咲耶には何の事だかさっぱり理解できない専門用語を叫び合いながら、それぞれのPSPを指が白くなるぐらいに握りしめる二人。

「ああああ…俺の黒魔道士がぁ…って、なんでお前のモンクはまだHP残ってん?」

「甘いな空やん。そっちの黒魔道士と私のモンクの星座の相性は最悪。つまり、受けるダメージは黒魔道士本人よりも大幅に低いんだよ!」

「なにそれずっこい!あ、ちょ、ホンマになんで暗黒騎士にテレポ覚えてさせてんねん!」

「別にいいじゃん。ダークナイトのガフさんだって覚えてんだし」

「あの人のは逃走専用やから!ああもう、なんでそんな遠距離テレポが成功すんの!」

「日ごろの行い(キリッ)」

「ダウト!」

 初日からそうだったが、やはりゲーマーではない咲耶がついていける雰囲気ではない。二人が座っているちゃぶ台からそっと離れて、うまい具合に木蔭のある縁側に座った。足を下ろし、ついでに肩越しに二つも年下の男子と何ら変わり映えしないレベルで遊びほうける大学生の姉をもう一度見やる。ようやく勝敗が決したのだろう、空がPSPを放り出してちゃぶ台に盛大な顔面ダイブを敢行し、勝者の芳乃はそれを見下ろしながら、賭けていた空の分のピノを鼻高々に頬張っていた。

大学生バーサス高校生。内容はどうであれ、なんとまあ大人気のない戦いであったことか。あきれ果て、包み隠さず盛大な溜め息をつく咲耶だった。

「相変わらずやね、芳乃姉ちゃんは」

少しうなだれていた咲耶の隣に、日奈本家の最後のいとこが並んで腰を落とす。咲耶と同じ中学二年生にして、日奈本家の二男坊、日奈本大地(だいち)だ。日奈本のいとこ達は、これで全員。三人兄妹と二人姉妹は、今年もまるで五人の兄弟のように、飽くる事無くお盆をすごしているのだった。

「変なとこで子供っぽいんだもん、ウチのお姉ちゃんは」

「まあ…子供の心を忘れてへんってのは、大事やと思うよ」

 微妙に困ったような顔をしながら、大地は手に持っていたアイスバーの一本を咲耶に渡した。

「ありがと」

 しばらく、無言でアイスバーを堪能する咲耶と大地。

 結局の所、咲耶達夜永家の扱いは例年から変わりばえすることはなかった。泊まる部屋は違ったが、皆が皆自主的に手伝いを始めるものだから、二日目の段階で客として扱う事は諦めたようだ。

「ああもう、やってられん!テレビ見よテレビ」

 おやつのピノを全部平らげられてしまって不貞腐れていた空が、半ばやけになったように投げ出されたリモコンに手を伸ばす。

「野球見せてよー。今ならちょうど中継やってんじゃない?」

 年下のいとこからおやつを奪ったばかりか、今度はチャンネルの主導権をも手中に収めようとする芳乃。

「それ、俺へのあてつけか?」

「半分」

「否定せいや」

 万年一回戦敗退を繰り返し、今年も例に洩れず七回コールド負けを食らったのを思い出して意気消沈している野球部員・空は、積もり積もった苛立ちを発散するようにリモコンの角で芳乃のつむじを殴打した。

「今年は野球がきてんだよ。私の脳内で」

「知らんな」

 チャンネルの決定権すら奪われてなるものかと、芳乃のリクエストを無視してバラエティ番組を映す空。

「ケチ。空ちんのケチ」

 まるで子供のようなセリフを吐いて、芳乃は仕返しとばかりに自分の分のピノこれ見よがしに見せびらかしながら口へ運ぶ。

その光景が見るに堪えないくらいに大人気なさすぎて、咲耶は堪らず顔をおおって庭に顔を向けた。

 …今日で、三日目。五件目、最後の犠牲者が見つかってから勘定すると、もう一週間は経過する。

今の所、この民宿は平和だった。誰も死んでいないし、誰かに大きな不幸が訪れることもない。とても、平穏だ。

 だが、そんな平穏こそを、咲耶は疑っていた。

もしこれが、大いなる嵐の前の静けさでしかないとすれば。

もし、いとこ達や叔父夫婦が、両親が、万が一にでも巻き込まれてしまったとしたら…。

…自分は一体どうすればいいのだろう。

 しかしいくら考えたところで、何かが起ころうともそれを阻止するだけの『力』を、咲耶は持ち合わせていない。

それは春先の一件で、十分身に染みて理解できていた。

追い詰められて、軽いパニックを起こした加奈子。その加奈子に憑き従い、咲耶を仕留めようとした猫又。どうあがいても、あの時点で咲耶は既に詰んでいたのだ。

もし芳乃が駆けつけてくれなかったら、今自分はここにいなかったかもしれない。

 そしてその芳乃も、今は何も警戒することなく遊びに興じている。だからこそ、もう咲耶の一存程度ではどうしようもない事態に陥っている事だけはきちんと把握できていた。

芳乃が興味関心を示さないのは、その必要性を感じていないから。そして、自分が関わってどうにかなる事ではないと、理解しているからにほかならない。

芳乃がどうにかできないのなら、必然的に咲耶にできることは何も無いということになる。

つまりは、そういうことだった。

 

――――――――――――……

――――――…

 

 深夜、咲耶は異様な寝苦しさから、薄いタオルケットを蹴飛ばして勢いよく体を起こした。

真夏の夜なのだから、暑いのはあたりまえだし、どうしようもない。しかし、この()だるような蒸し暑さは、少し異常だった。

まるで密度の高い空気に圧迫されているように、呼吸が難しい。その息苦しさ故だろうか、妙に冷や汗が止まらなくて、なにやら背筋にうすら寒いものが走って…

(何か、居る…とか。まさかねー)

 ないない。と、他ならぬ自分自身に言い聞かせるように首を振る。きっとここに来てから、そう言う関連の話題を多く聞きすぎたせいだ。だから自然と、考え方もそういう方向へ行ってしまっているだけなのだ。

冷静になれ、夜永咲耶。現実感(リアリティ)を忘れるな。

ひとまず気分を落ち着けるために、水でも飲もう。そう思い立って、家族を起こさないように足音を忍ばせて布団の上を歩き、最小限の隙間をあけた襖の間に体を滑り込ませた。

咲耶達の寝泊りしている『菖蒲』から厨房へ行くためには、どのようなルートを辿ろうとも必ず玄関ホールを抜けなければならない。

ホールの片隅にかかっている壁時計は、午前二時を指していた。

いわゆる、丑三つ時だ。とたんに、またもや嫌な予感が咲耶を襲う。

これではいけない。いくらなんでも過敏になり過ぎだ。

いっそ外の空気でも吸って、強制的に気分を切り替えてしまおうか。ならば、準備を怠るわけにはいかない。いつも下駄箱の上に常備されている虫よけスプレーを手に取って、足を中心に吹き付けていく。

咲耶はとても蚊に食われやすい体質だった。例えば、芳乃と一緒にしばらく外に居たとしても、芳乃よりも圧倒的にたくさんの箇所を噛まれてしまうのである。自分の血はそんなにおいしいのだろうか。

「あれ、咲耶ちゃん?こんな時間にどっか行くの?」

 背後から、急に声をかけられる。あまりに唐突だったので、びっくりした咲耶は危うくスプレーの缶を取り落してしまいそうになる。

「…紫苑、さん」

「なになに?もしかして、咲耶ちゃんも幽霊とか興味ある系?」

 振り向いてみれば、古めかしいポラロイドカメラを首から下げた紫苑が、階段の踊り場から顔をのぞかせていた。音をたてないように配慮したのか、昼間に見たあのジャラジャラした装飾品はあらかた外されている。それでも幾つかのピアス類は残っていて、月光を受けた金属がやたらと光って見えた。

「寝つけなかったんで、外の風にあたろうと思っただけです。紫苑さんこそ、どこかに行かれるんですか?」

「俺?ふふふ。俺はね、そこの川のトコ」

「えっ。事故現場じゃないですか、あそこ」

 谷川の遊泳区域は、一番初めの犠牲者が見つかったポイントだ。今は立ち入りが全面的に禁止されていて、毎年楽しみにしていた水遊びすらできなくなっていたというのに。

「だからこそだよ。うまくいけば、なにか面白い心霊写真でも撮れるかもしれないしね」

「でも、危ないですよ」

「大丈夫大丈夫。あ、そうだ。よかったら咲耶ちゃんも一緒に行く?」

 たった今危ないと言ったばかりなのに、なぜそんな危険な区域に子供を連れて行こうなどという結論にいたるのか。一瞬、紫苑の神経を疑った咲耶だったが、ふと別の思考に頭が切り替わった。

どうせこの男は、咲耶がいくら引き留めても事故現場に行ってしまうことだろう。そして、もしもなにかしら(・・・・・)に遭遇してしまったら、おそらく逃げ延びることは叶わないかもしれない

そうなるくらいなら、いっそ自分が付いていけば、少なくとも最悪の事態は防げるかもしれない。芳乃に比べて、できる事は圧倒的に少ない咲耶ではあるが、助けを呼びに行くくらいはできる。

「…いいんですか?」

「もちろん!何かあっても、ちゃんと守ってあげるから」

 どうだかね。と、咲耶は紫苑に見えない位置で再び顔をしかめる。どうにもいけ好かないし、なにより信頼をおくことが出来ない。やっぱり一人で行かせて、一度痛い目を見させたほうがいいのではでなかろうか。

瞬間的にそう考えた咲耶ではあったが、すぐに思い直し、玄関の扉を開けてしまった紫苑の後を追う。

こんな男を助けるのも癪だが、こんな男のせいでこの民宿の評判をさらに落とすのはもっと嫌だった。

どのみち、どんな人物であれ『人』が不幸になるかもしれないのを、黙って見ていられる咲耶ではないのだから…

 

 件の川は民宿のすぐ裏手、傾斜のきついちょっとした谷間を流れている。

ただ、事故現場だという先入観があるせいだろうか。そこは昼間に見た時よりも、余計にどんよりとした雰囲気が漂っていた。本当に見えざる何かがひしめいていて、それらに視界を遮られているような、不明瞭な感覚に襲われる。

(なんか、気分悪い)

 口元を抑えて、徐々にせりあがってくる嘔吐感を無理やり

嚥下して抑え込む。正直、ここの空気を吸って吐くだけでも、かなりの不快感を感じているくらいだ。もうさっさと帰りたい。

しかし紫苑の方はと言えば、そっちが誘ったというのに、まったく咲耶の事を気にかけていない様子だった。さっきから一心不乱に、カメラを構えてはシャッターをきる作業に従じている。ほんとうに、よく飽きもしないものだ。

「というか、デジカメじゃないんですね」

「ん?ああ、これか。最近じゃあこういうマジ趣味のカメラの方が珍しいもんな」

指摘されて、ちょっと自慢気にカメラを見せる紫苑。

「でもさ、知ってる?幽霊とかに限らないでさ、心霊現象全般って、カメラとかの機器類と相性悪いんだって。だからデジカメなんかよりは、ある程度単純なこういうの(ポラロイドカメラ)のほうが、まだけっこう写るらしいんだよね」

 何かと思えば、ただの好奇心旺盛なミーハー(にわかオカルトおたく)か。この分では、俗に霊感と呼ばれる類の力は持ち合わせたいないだろう。これはますます、ついて来て正解だったのかもしれない。一人にして放置していたら、どうなっていたことやら。

「なにか写りましたか?」

「今んとこは何もだね。でもまだ撮り始めたばっかだし、何枚も撮っとけば一枚くらい写りこむと思うよ」

 未来永劫無理だよ。とは言わない咲耶。何せさっきから、視界を遮ってくるような見えざる何かが、全く居ない方向ばかりにカメラを向けているのだから。心霊写真など、撮れるわけがない。

 無駄な時間ばかりが、浪費されていく。

 三十分は経った頃だろうか。ポラロイドのフィルムが無くなったのか、紫苑がようやくカメラを下ろした。

「うーん、今日も収穫は無しか…」

(やっと帰れる…)

 気分の悪さに加え、退屈から来る苛立ちに耐え続けていた咲耶は、ホッとし過ぎて両膝に手を付いた。

「ん?今日『も』?」

「そうだよ?ここに泊まった初日から、ずっとこの辺りをうろついてたんだ」

 なんてことだ。咲耶は本気で眩暈を覚えた。

別に今回だけついて行ったところで、それまでに死なれてしまう可能性は山ほど転がっていたのだ。

危なかった…。間一髪だったじゃないかと、咲耶は自分の強運に感謝をした。

 

 しかし、その瞬間だ。

 

「……?」

 紫苑の背後で、何かがうごめいた。

しかし紫苑は、川を背にして立っている。最初は、水面が月光を反射してできた影かとも思った。しかし、それにしては妙に形が定まらない。

手のような、腕のような、頭のような。何にでも見えるし、何でもないようにも見える。

そう思っていると、またもや、背後で影らしき黒い何かが動いた。

「―――――っ!」

 やはり何かが居る!それも生半可なモノではなくて、もっと強大な…

「紫苑さんっ!後ろ!」

「え……?」

 

 刹那、紫苑が前のめりに倒れこんだ。

 

「きゃっ」

「うわぁあああ!」

 何が起こったのか?整理しようにも、唐突すぎて理解が追いつかない。

しかし、咲耶がもたもたしている内に、紫苑は見えない力に一気に引っ張られる。

「な、なんだ!何なんだ?」

速度は速いわけではないが、それでも確実に、ある一方にむかって、どんどんと引っ張り込まれていく。

 川のほうへと。暗くて冷たい川底へと…

「紫苑さん!」

 焦った咲耶は、とっさに紫苑の腕をつかんだ。近くに出っ張っていた石に足を引っ掛けて、あらんかぎりの力を振り絞り踏ん張る。

 一体、何がどうなっているのか。

確かめるために、咲耶は紫苑の足元を見やった。

しかし、視界を遮る何かがもどかしい。黒い靄がかかったように、視界がはっきりしない。

…いや、視界そのものはクリアだ。川の水面の波の様子も、その対岸の鬱蒼とした雑木林も、紫苑の腕を掴む咲耶自身の手も、全てがくっきり鮮明に見えている。

靄がかかってみえているのは、紫苑の足元だけだ。

ここまで来たらと、やけになった咲耶は恐怖を押し隠して必死に目を凝らす。

靄の中にうっすらと見えたのは、彼の足をガッチリと掴み(・・・・・・・・・)、川底へと引きずり込もうとしている、影よりも黒くて暗い無数の手(・・・・)―――

 

「…いやあああああああああああああ!」

 

ソレを視認した瞬間、紫苑を引っ張るソレらの力が一気に強くなった。

否、違う。ソレを視認したことによって、咲耶の脳裏に諦めがよぎったのだ。自分一人で、どうにかできる問題じゃない!

そう感じた咲耶の手から、少しずつ力が抜けて行った。

 だがパニックを起こした紫苑は、もうとっくに気を失っている。ここで咲耶が諦めてしまっては、誰が彼を助けられるというのか。

しかし無情にも、紫苑の体温はどんどん下がっていく。足は、もう膝まで水につかっていた。

このまま膠着状態が続くようなら、いずれ咲耶は押し負けてしまうだろう。せめてそうなる前に、安定して踏ん張れるポイントだけでも探さなければ…

 それでも、紫苑を引っ張る腕達の力と意志は変わらない。

姿勢を安定させようと、咲耶が意識を外した瞬間、今まで踏ん張る土台になっていた石が動いた。

バランスを崩した咲耶はもつれ込むように膝をつき、そのまま紫苑ごと引っ張られていった。

「やっ、やだ!」

 死にもの狂いで周囲に手を伸ばすも、そこいらの雑草や小石では人間二人分を支えることも儘ならない。

とうとう、紫苑の胸元が浸かってしまった。このままでは、咲耶も道連れだ。

 

「やめて!やめてよ!嫌…お姉ちゃあああああああああん!」

 

 終わりを覚悟して、目を固く瞑る咲耶。

だが…

 

「この…馬鹿妹があああああああああああああ」

 

 聞きなれた、しかし今はとても頼もしく聞こえる、声。

同時に、ちょうど紫苑の足元付近の水が一気に跳ね上がった。

その水影にまぎれ、ワンテンポおくれて着地しする人影。

 

 

「お姉ちゃん!」

「なにやってんだこの馬鹿!」

 

 咲耶の窮地に駆けつけたのは、またも芳乃だった。

 

 

  W

 

「馬鹿!馬鹿!スットコ馬鹿!死にたいのか?」

 妹の窮地を助けた芳乃の第一声は、実に子供じみた罵倒の嵐だった。

「そんなに言わなくてもいいじゃん!」

「いーや、言うね!馬鹿だもん!こんな夜中に、お客さんとはいえ知らない人にホイホイついて行って!何かあったらどうする気だったんだこの馬鹿!」

「え…?」

 どうやら芳乃は、咲耶とは全く違う方面の心配をしていたようだ。

まあ、よくよく考えてみれば、むしろ妥当な事なのかもしれない。本当、よく何も起こらなかったものだ。

…ある意味においては、何もなかったわけでは無いのだが。

「え、と…ごめん」

「まぁーったく。しょうがない、お説教は後回しだ。咲耶、邪魔だから下がってろ」

 気絶した紫苑を乱暴に引っ張り上げて、少し離れた木蔭に投げ捨てる。次いで咲耶の方も、同じように腕を持って立たせ、同じ場所に待機するように促した。

「ホントは部屋に戻っててほしいんだけどな。ヘタに動かれっと、今度は助けられないからな」

 念には念をとでも言いたげに、厳重に釘を刺していく芳乃。

「お姉ちゃん…」

 何か言葉をかけようとも思ったが、何を言ったらいいのか思いつかない。力がモノを言う戦いへ、今まさに足を踏み入れんとしている姉にすら、自分は何もできないというのか。

無力を痛感し、うなだれる咲耶。と、その視線の先に、見慣れないものが写る。

春先の一件では、見なかった物…一振りの刀が、芳乃の手に握られていた。

「お姉ちゃん、何それ」

「これ?」

 左手にも持った、どこか古ぼけた印象を受ける刀を、一度クルリと回してから軽快な動作で肩に担ぐ。

言動や身の振り方がどこか男勝りな芳乃には、その一連の仕草はとてもよく似合っていた。

「ただの新兵器だよ」

 そういって、ヒラヒラと軽く手を振った後は、もうこちらを振り向くこともなく、目の前の光景に集中しはじめる。

芳乃の目の前には、最初の一撃で派手にブッ飛ばされた黒い腕達が、早くも隊列を組み直して迫り始めていた。

「ふん、今回の相手は怨念の塊ってトコか。ヌルゲーだな」

 肩に担いだ刀を、空間そのものをぶった斬る勢いで振り下ろす。それと同時に、芳乃の背後に靄のような蜃気楼が現れた。

『油断は禁物だぞ。気を引き締めろ』

「分かってんよ、(くう)(げん)。さあって、今回は最初(ハナ)っから本気で行こうか」

『いつも本気なら、言う事無しなのだがな』

「うっせ、黙って働け。このニート」

『だから、誰が怠け者(ニート)だ!』

 この前と同じ、妙にふわついて安定しない声が、芳乃に注意を促す。それを芳乃は素直に了解と答えないどころか、ガキくさい暴言を返事がわりにする始末だ。

 その芳乃も、いざ抜刀し、用済みになった鞘を足元に投げ捨てれば、ようやくスイッチが切り替わったのか、先ほどまでの軽い調子からは完全に一転する。

 

「…行くよ」

『応』

 

 低く、顰められた号令。

同時、芳乃を中心として膨大な衝撃波が炸裂した。

 

「うわっ!」

 またも吹き飛ばされそうになる咲耶だが、今度はしっかりと両の足を突っ張って、体も意識も飛んでしまわないように踏ん張る。

「っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ドウッ!と、まるでジェットエンジンの発射音ような轟音と共に、衝撃波を纏った芳乃が刀を振り上げて突進する。

自身が纏う衝撃波の一部の発生位置をずらして、推進力に変換したのだろう。さっきまで芳乃の立っていた場所は、局地的なロケットスタートのせいで少しだが抉れていた。

 そしてそれを迎え撃つのは、川から…否、水場という水場全てから無数に発生した影の腕達。そのうちの幾本かを伸ばし、芳乃の進路を遮るように迫っていく。

だが、それも焼け石に水といったところか。

芳乃と腕は真っ向から激突するも、刹那に眩い白銀が翻ったかと思えば、吹き飛ばされていったのは腕の方だった。

「へへん、どやっ!」

得意げな(ドヤ)顔をしている場合か!』

「イチイチ煩い、っての!」

 会話を挟みながらも、今度は横手から迫った腕に、過たずに神速の刃を振りぬく芳乃。

斬りつけられた腕は一撃にして霧散し、夜闇に溶けて消えていく。その消えゆく寸前の霧すら払うように、白刃の軌跡は縦横無尽に飛んだ。

 まるで、夜を満たす暗闇、それそのものを切り裂くような、鋭い剣戟。

 ある程度の水位の所まで踏み込むと、今度は背後からも影の腕が飛びかかってくる。同時に、左右からも上下からも、無数の腕達が襲い掛かってきた。芳乃が逃れられる隙間を完全に包囲しての一斉攻撃だ。

「……!」

しかして、その程度の攻撃で芳乃は怯まない。

刀を逆手に持ち直して、一度突撃の姿勢を解除する。

敵陣のど真ん中で、いきなり無防備な姿を晒した芳乃。

そこに付け込もうとして、腕達はどこか性急な動きで一気に芳乃に覆いかぶさる。

「っおぅらああああ!」

 腕達が取り囲む中心から、そんな豪快な気合いが迸ったかと思えば。その中心点から、神々しいまでに眩い輝きを纏って、幾十筋、幾百筋にも上る斬撃が四方八方に走った。その斬撃は青白い軌跡を引いて飛び続け、芳乃を包囲していた腕達はもちろん、少しはなれた地点から芳乃の出方を伺っていた影の腕をも切り裂いていった。

 芳乃の周囲の腕が蹴散らされて、真ん中にはポッカリと空洞が開いている。そこに充満している、飛び散った水しぶきが気化した霧を掻き分けながら、無傷の芳乃が悠々と歩いてきた。

「ほらほらどーした?来いよ、まとめて一掃(フルボッコに)してやんよ!」

 威嚇の為だけに振り下ろされた刃にすら、輝くような軌跡が追従しているように見える。

その光景の…なんと美しいことか。

芳乃が刀を振るうたびに、煌びやかな白刃の軌道が生まれ、それがまるで光の道となって触れる腕達を残さず灰塵へと帰す。

ただそれだけなのに、たったそれだけだというのに、この身を震わせる興奮は、戦慄は、感動は、一体何だというのだ。

 

 まるで、洗練されたひとさしの舞を見ているような、そんな感覚。

 

 咲耶は、知らず知らずのうちに拳を固く握りしめていた。

これが、本当に自分の姉なのだろうか。

これが姉の本気なのか。

 

これが………夜永芳乃か!

 

背筋に冷たい汗が流れるが、咲耶はもうそんな事など気にしていられなかった。

顔を背けるなんて以ての外。嗚呼、瞬きの瞬間ですら惜しい。もっともっと、この光景を見ていたい。美しい剣の舞う姿を、永遠に眺めていたい気分だった。

 

 しかし、存在の在る物には、どんな形であれ終わりと言う概念が等しく付き纏う。

芳乃の繰り広げた流麗なる殺陣も例外ではなく、じきに終幕の時が迫っていた。

「だいぶ減ったな。そろそろ終い時か」

『アレをやるか?』

「トーゼン!最後くらい、美しく締めないとな」

芳乃の背後の蜃気楼から、あきれ果てたようなため息が聞こえた気がした。もともと、不安定で聞き取りづらい声だったから、本当にため息を零したのかは分からないが。

「よーし、全力全開!行くぞ、空幻!」

『応とも』

 気合い十分に吠えた芳乃が、刀を河原に突き刺して仁王立ちの姿勢をとる。両の腕は、ピンと伸ばして柄に添えて。

 

「『―――来たれ。夜を裂き暗きを退ける、唯一無二たる天上の輝き』」

 

 芳乃と背後の蜃気楼が、同時に唱和する。

それに合わせて、または呼応するように、周りの大気もまた動いていくのが咲耶にも感じられた。

まるで、異常な空気に満たされていた空間が、別のものに上書かれていく…否、強大な力に圧倒されて、余剰なものが次々と退いていく、そちらの表現のほうが的確かもしれない。

なんにせよ、この時点で既に、咲耶が最初に感じていた息苦しさは無くなっていた。

 

「『我等は白神なり。この身許へ、降り来たりて討ち貫け』」

 

 最後の一文を唱え終わるのと、夜闇に包まれた空が割れて、直視すら許されない程の眩い光が出現したのは、ほとんど同時だった。

そして、大いなる光の出現に共鳴するかのように、大地が、大気が、あたかも己の矮小さを恥じるかのように震えはじめる。

「あの世で祈りな」

 無意味に格好をつけた、芳乃の台詞。

それが聞き取れるかそうでないかの刹那―――

 

 光が、墜ちた。

 

 

  X

 

 ふと我に返ると、それはもう全てが終わった後だった。

辺りは、もとの暗闇に戻っている。ただ、影の腕が密集して発生していた辺り…ちょうど一番初めに紫苑の足を掴んだ腕が出ていた辺りだけは、いまだにさっきの光の残滓が残っていて、ほのかに明るく照らし出されていた。

「トドメっつーか、完全にオーバーキルだったかな」

 見たところ、芳乃は無傷なようだった。咲耶に背を向けて立ているから、細かい所までは分からないが、どのみち今更すぎて驚きも薄い。なんにせよ、無事だったことには素直に安堵した咲耶である。

とりあえず労いの言葉でもかけてやろうと、浅瀬をパシャパシャと渡って芳乃に近寄った。

「お姉…」

 近寄って、初めてソレを見た瞬間、咲耶は硬直した。

芳乃の髪が、真っ白に染まっていたのだ。

一体、いつの間にそんな事になっていたのだろう?全く気付かなかった。

「咲耶?」

 駆け寄ってきたはいいが、途中で立ち止まってしまった咲耶を見て、少し怪訝そうな顔をする芳乃。

やがて、咲耶の視線の先にあるモノに気づいたのか、苦笑しながら頭を掻いた。

「ははは、流石にビビったか」

「ビビったなんてモノじゃないよ!どうなってんのソレ!」

「なんてことない。ただ調子乗った証拠だよ。時間がたてば元の色に戻るさ」

 目を合わせないどころか、顔をこちらに向けようともしないまま、芳乃は軽快な調子で何事もないと言う。

目を合わせないのはいつもの事だが、体がこちらに向かない事まではほとんど無いはず。あるとすればそれは、芳乃が何かを隠したがっている時だ。

 これだけ色々なものを晒しておいて、今更何を隠そうというのか。少しだけ腹が立った咲耶は、芳乃の一瞬の隙をついて正面に回り込んだ。

「あ…」

 慌てた芳乃が顔を背けるが、隙を突かれて驚いたのか、その挙動もワンテンポ遅く、咲耶でも余裕で視認することができた。おそらく芳乃が隠したがっていたのは、髪と同じように変色した目の色だろう。

血の色のような、または加工前のルビーの原石のような、爛々とした輝きの中に静かな炎の灯る、眼を。

「…なんか、中二臭いカラーリングだね」

「皆まで言うな。私だって気にしてんだから」

 隠したかったのは、そのせいか。なんだか拍子抜けした咲耶だが、肩をすくめて、言い足してやった。

「別にいいんじゃない?私はキライじゃないよ」

「……お前に気に入られてもなあ」

 複雑そうな表情をした芳乃だったが、一度だけ苦笑した後、少しだけ仏頂面に近い微妙な笑顔を作ってみせた。

「まあ、褒められて悪い気はしないな」

「あーそう」

 素直に『ありがとう』くらい言えないのか。

「さて、コイツをどうにかしないと」

 照れくささを紛らわすためなのか、早急に話題をずらす芳乃。

逃げるなと茶化してやりたかったが、逸らされた話題もまた重要な内容なので、深くは追及しないことにした。

転換された話題というのは、結局ずっと気絶しっぱなしの紫苑真明の事だ。

今の所自然に目を覚ます気配はないし、起きるまで待っていては確実に日が昇る。しかし、民宿まで大人を呼びに行ったのでは、芳乃の急なイメチェンを説明できない。

となれば、選択肢は一つ。芳乃と咲耶だけで、この男を上まで運ぶしかないのだった。

「あーあー、これは、かなりの重労働になる予感しかしないね」

「しゃーない。私が行くよ」

「え?一人で?」

 咲耶が驚きの声を上げるが、芳乃は意に介さない。

だが、咲耶の心配は無用に終わった。芳乃がいとも簡単に紫苑を背負ってみせたからだ。

 決して大柄ではないとはいえ、170センチはゆうに超える成人男性を、160センチにも満たない小柄な少女が軽々と背負いあげる光景は、なんともシュールの一言に尽きる。

「さっき言ったろ、このカラーリングは調子乗った証拠だって。つまり、元に戻るまではまだ調子乗った状態なんだよ」

「調子乗ったって、さっきの光?」

「…ま、そんなトコだ」

 あまり追及されたくないのか、紫苑を背負った状態で先に谷の斜面を上がり始める芳乃。

「教えてよ。お姉ちゃんって、何なの?」

 今回は咲耶も引き下がらない。前回だって、結局有耶無耶にされたまま、芳乃の側の詳しい事情を教えてはくれなかった。そして今回も、芳乃はまたはぐらかして、無かったことにしようとしてくる。

 …無かったことになんて、したくない。あんな美しい世界を無かったことになんか、絶対にしたくなかった。

「…ごめん。今は、教えてやれない」

「じゃあ、いつ教えてくれるの?必ず教えてくれるって、保障はあるの?」

 咲耶は必死だ。少しでも、真相に近づきたい。その一心で、芳乃を問い詰める。

「…私には、目的がある」

 咲耶の執拗さにまいったのか、観念したように芳乃が重い口を開いた。

「その目的を果たせたら、教えてやるよ」

「果たせる根拠は?」

「あるさ。私は、夜永芳乃(お前のおねいちゃん)なんだから

 そう、自信満々に胸を張る芳乃。なんだか意味のよく分からない自信だったが、少なくとも、咲耶にはこう解釈できた。

 

――お前にも執拗な探究心があるのなら、こっちにも同じだけの、目的を果たす為の気概がある。と。

こう言い切られてしまっては、もう言い返す手立てがない。

大人しく待つしかないのだと、咲耶は静かに悟った。

 

 

 

月光が照らす、雑草に塗れた細い道。

それままるで、二人の行く末をも暗示しているようで――

 

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