探偵喫茶――ハジマリの事件――
sideミコト】
これは私の中で、一番大切な思い出。もちろん両親と遊んだり、友達と喧嘩したことも振り返ってみれば大事な思い出だけど、この記憶はもっと温かくて、そしてかけがえのないものなのです。
 
その日は風が強い水曜日でした。学校帰りに甘いものでも食べようと一人で近くのクレープ屋に足を運ぼうとしただけなのです。高校二年生の女子としては何もおかしくはないことだったのでしょう。現にそのころの私には、月に二・三度はこのような日がありました。
いつも降りる駅から二つ手前の駅で電車を降り、いつものように苺のクレープを買って頬にクリームを付けつつ頬張る。そんな日常の一コマがこの日も起こるのだと信じていました――路地裏から飛び出てきた三人組を見るまでは。
「見られた?」
「仕方ない、この女も連れてくぞ!」
 三人のうちの二人がそんな会話を交わしたかと思うと、気づけば私は見知らぬ車に縛られていました。幸い、空調は効かせていたようで、暑くも寒くもありませんでしたが、ただ私の頭には何かで殴られたかのような鈍痛がいつまでも続いていたのです。
 
 次に目を覚ましたのは、暗い建物の中でした。その暗さといったら、当たりを見渡してもその建物が何なのかすぐにはわからず、目が慣れてきたころにようやく倉庫にいたのだと判断できたくらいです。
「大丈夫?そこの女の人、怪我はないですか?」
 隣から女性の声も聞こえました。会話してみると、どうやら彼女も三人組の誘拐グループに連れ去られてここに来たのだとわかりました。柱に縛り付けられた私にはその顔を見ることもできませんでしたが、御嬢様学校に通う高校一年生ということで、学校が違うとはいえ先輩の私は心配させまいと気丈に振る舞いました。すると彼女――名前は加藤恵理子(カトウ エリコ)――は私にこう切り出したのです。
「あの……ここから抜け出してもらえませんか?」
 私は一瞬その言葉が理解できませんでした。十秒ほどして、ようやく理解できた私は逆に彼女に言いました。縛られているのに抜け出すことなどできるのか、もし抜け出すならまず年下である加藤から抜け出すべきだと。しかし彼女は自分が抜け出すことを頑なに拒否しました、そして縛られているというのに抜け出すことができるのは、彼女のポケットにたまたま手鏡が入っていて、割れば縄くらいは切ることができるはずということでした。
「私は小柄すぎて窓に身長が届かないんです。柱越しですが貴女ならきっと向かって右にある窓から外に出れるでしょう」
 私はその言葉に納得しました。もちろん残された彼女に危険がないのかも気にはなりましたが、助けを求めることができればそれだけ早く彼女の安全も確保できるだろうと考えて私は彼女の案に乗ることにしたのです。
 そして外に逃げた私は、最初に出会った彼に助けを求めたのでした。
 
 
 
side照博】
 その日は記念すべき開店日だった。元同僚が約束した開店記念パーティーを控えていた俺は、看板に使われているイルミネーションの調子が悪いと聞いていた俺はその点検をしていたのだ。
「助けてください!捕まってる人がいるんです!」
 正直訳が分からなかった。罰ゲームか何かをやらせれているのだろうかとも考えた。しかし、どうにもこの髪の長い少女の表情はふざけているようにも、嘘を言っているようにも思えなかったのだ。
「お願いします、私を出してくれた子がまだ捕まってるんです!」
「警察には言ったのかい?」
「まだ……です……まだやっと逃げ出したところで。ただ、私みたいな子供が行っても真剣に受け取ってくれるのかわからなくて……」
 たしかに見たところ高校生くらいの少女が警察に駆け込んだとしても、真面目に勤務している警官でなければ自分が最初に考えたように悪戯だと判断してしまうかもしれない。仕方なく俺は、開店パーティーの参加メンバーに連絡を取り、パーティーを遅らせてもらえるように頼み込むことにした。
「これで良し……誘拐なんて俺みたいな若造が言っても与太話に思われるレベルの事件だしね。今回は俺が直接助けに行こう、案内してくれるかな」
「わ、わかりました。こっちです!」
 最後に俺は懐から取り出した札を店の入り口にかける。初めて店にかけられたそれはCLOSEの文字が記されていて、少しだけ俺の胸には悲壮感が顔を覗かせていた。
 
 いきなり現れた女子高生――どうやらミコトというらしい――に案内されたのは、数年前に本社が倒産していらい廃倉庫となっている建物だった。この倉庫は使われなくなってからは子供達の秘密の遊び場となっているらしいと聞いたこともある……つまりこの倉庫を監禁場所に使っているからといって犯人達の素性がわかるわけではないということでもある。
「それでこの倉庫のどのあたりに捕まってたって?」
「その窓の辺りです」
 ミコトに指さされた方を向いてみると、そこには開かれたままの窓があった。窓の高さは三メートル程度だろうか?中の様子を窺うのは流石に無理がある。
「仕方ない、入口から入るか……そこらへんの子供捕まえて聞けば秘密の入口とかもわかりそうだけど時間が惜しいし」
「そうですね、早く恵理子さん助けちゃいましょう!」
「無事なら良いんだけどな……っと」
 音が鳴らないように気を付けながら倉庫の扉を開けてみる。倉庫が大きすぎて、扉から差し込む光は倉庫の半分も照らし出してくれなかったが、やはり先程まで誰かが使っていたのか、そこまで埃が舞っているわけではなかった。ただ、念のため持ってきた懐中電灯を取り出そうと鞄に手を伸ばした時に感じた、鼻につく異臭がこの倉庫の中身が放置されていたことを教えてくれた。
 だが、そこには大事なものが存在していなかったのだ。
「誰もいない……ね」
「そんな、だって確かに私はここに……」
「疑うつもりはないよ。さっき事情を話してもらったときに聞いたように柱に何かが密着してた跡が残ってるしね」
 そう、俺たちがここに来た理由である加藤恵理子さんがいなかったのである。それだけではなく、ミコトを含めた二人を誘拐してきたはずである犯人もそこには影すら見当たらなかった。
「え〜と……あっ!私のカバン!……でもやっぱり財布はないのね……」
「……まぁそれは被害届受理されるよ、多分」
 被害届を出したところで金が戻ってくるとは到底思えないのだがな。その本音はそっと胸に仕舞い込んで俺は命に声をかける。
「ところで君が縛られてたっていう柱は……扉から一番遠いその柱で良いのかい?」
「え?あ、はい。扉を背にした感じに縛られてました」
「……それでその恵理子さんは君の後ろの方で縛られてた、ということで間違いないね?」
「そのはずですよ。縛られたまま私が見えたって言ってましたし、私の縄が切れるまではいくら首を動かしても恵理子さんの顔を見れませんでしたし」
 少し情報を整理している内に気になることも出てきたが、不意に鳴りだした携帯に思わず思考を中断させてしまう。電話の相手は先程連絡を取った元同僚だった。
「もしもし?」
『……君はいつも唐突に面倒事を押し付ける癖を直すべきだね』
「悪かったよ、今度店で奢らせてもらうから勘弁してくれ……で、どうだった?」
『福沢氏一人分は食べるから覚悟しておくことを勧めるよ。それで結果なんだがね……』
 この後に続くこいつの言葉で関わる必要はなくなったと思ったんだ。
『おそらく君の言ったであろう少女……加藤恵理子は昨夜捜索願が父親から出されているようだ。むしろ君が何故彼女が行方不明だということを知っているのかを教えてほしいくらいだよ』
 
 
 
sideミコト】
 照博(テルヒロ)というらしい男性は私が案内するままに倉庫までついてきてくれました、もし嘘だったらどうするのでしょうか……いえ、そういえば私が誘ったとはいえ男性と二人きりで廃倉庫にくるなんて私自身もあぶないのでは!  私がそう意味のない危機感に身を震わせていると、彼は携帯電話を取り出して誰かと通話を始めてしましました。
「そうか、理由は後でメールしとくよ。おまえも文章の方が後で見直せるだろ?……じゃあな、また何か困ったことがあったら頼らせてもらうよ」
 どうやら会話が終わったらしく、照博さんは肩を竦めながら私に向かって今の電話について解説してくれました。どうやら恵理子さんは既に親から捜索願を出されていたらしく、照博さんの御友人がそれを調べてくれたらしいのです。
「大学からの友人なんだけどね、今は警察官になってるらしいからこっそり捜索願が出てるか確認してもらったんだ」
 たしかにそれならその情報は正確なのでしょう。しかしそれでも私も当事者です。警察に任せてしまっては夢見も悪くなってしまうというものです。私はどうしても彼女の行方が気になること、そして巻き込んでしまった照博さんは関わらなくても構わないことを訴えました。
「そう言われると断りづらいな……」
 そう言って照博さんはまた携帯を操作したかと思うと私の手伝いをしてくれることを約束してくれました。どうやら彼にも思うところがあったらしく、その辺りから考えるべきという助言まで貰うことができたのです。
 まず彼に言われたことは彼女の周囲の人間関係についてでした。これについては確かに彼のような歳の離れた社会人では探ることはできないでしょう。私はこの提案を実行することにして、この日は彼と別れることにしました。
 
 私が事件に巻き込まれてから三日経ちました。その間私は日常の高校生活と並行して、友人や中学時代の後輩に恵理子さんの周辺について情報を集めてみたのです。ただ、結果はほぼ実を結ばなかったと言えるでしょう。ある友人が彼女はいつも一定の友人と一緒に登下校していたと言えばまた別の友人が彼氏に送迎されていたことを教えてくれました。彼女はお金持ちの家に生まれたという後輩と最近金策について相談されたという彼女の先輩も私に声をかけてくれたほどです。
 結局私が彼女について知ることができたのは彼女にはお金持ちの両親がいること、彼氏がいてもう三年目になるということ、成績が良く、彼女の通う高校では大勢の生徒に慕われているということぐらいでした。それ以外の情報は、相反する情報も同じくらいに集まってきて、真偽が掴めなかったのです。
 
 翌日私は照博さんに私の集めた情報を伝えにいきました。彼は私と初めて出会った喫茶店を経営しているらしく、その店に行けば彼と会うことができると思ったのです。案の定、照博さんは彼の経営する喫茶店【探偵喫茶】のカウンターで一人、パソコンのモニタを覗き込みながら難しい顔をしていました。
「ん?ミコトちゃんか。何か進展があったのかい?」
 私の来店に気づいた照博さんはモニタから視線を外して明るく私に話しかけてくれました。しかし私も鈍感ではないのです。そのひきつった頬が彼に悩みがあることを推測させてくれました。
「いや、ね、どうにもお客さんが来てくれないから広告でも出そうかと思ったんだけど……広告代も洒落にならなくてね」
 一度裏に行ってケーキを出してくれた照博さんの言葉です。それはそうでしょう。この店は地価が安かったからなのか入り組んだ路地を抜けた土地に建っていますし、チラシすら配っている様子はありません。
 頂いたケーキを口に運びながら私は照博さんに集めた情報を渡すことにしました。私が集めた情報はやはり彼の欲していたものとは違ったらしく、私の報告を受けた彼は先程モニタを見ていた時のように悩み顔になってしまいました……彼にとって事件と経営難は同じくらいの悩みなのでしょうか。
「そうか……じゃあ一度情報を整理しようか」
 そう言って差し出されたのは文章作成ソフトに打ち込まれたこれまでの情報でした。中には私に憶えのないものも混ざっていて、照博さんも彼なりに情報を集めてくれていたことが窺えました。
 まず書かれていたのは犯人グループは三人組、もしくはそれ以上であるということ、何故それ以上なのかを聞いたところ実行犯以外にも監禁場所などで待機していた可能性もあるからということでした。
 次の項目は彼女の身の上についてでした。私が集めてきた情報によって書き足されたそれは、身代金目的の可能性が高いという結論に終わっていました。照博さんに確認を取ってみると、彼は私の情報が入る前は御嬢様高校に通う恵理子への妬みの可能性と迷っていたそうです。
 そして次の項目、これは情報というよりも残された謎。いえ、想像したくもない可能性について記されているものでした。もちろん、納得できなかった私は彼に訴えかけます、そんなはずはない、こんな笑えない冗談は止めてくれと。
「いや、俺としてはこっちの方がありがたいんだけどね。もちろん君にとっては不本意だろうけど……この説ならば倉庫で感じた違和感にも納得できるしね」
 私の訴えでは彼の考えを動かすことができないのか、照博さんは意見を曲げることもなく、別窓で先程のとは違う考察の書かれた文章作成ソフトをこちらに向けてくる。
 その一、放置された半日間。加藤恵理子に捜索願が出されたのは命の捕まった前夜である。ミコトが連れ去られたのは高校の放課後であり、半日以上、加藤恵理子は倉庫で縛られていたことになる。
 その二、加藤恵理子の暗視力。ミコトの証言によれば監禁当時、倉庫は完全な暗闇だったはずである。いくら髪が長いとはいえ、黒髪のミコトを柱の陰から女性だと判断できるのだろうか?
 その三、ミコトを攫った理由。犯人達はミコトに何かを見られたと焦ったようだが、ミコト曰く犯人達は覆面をしていたとのこと。路地裏から飛び出るだけで警戒することとはなんなのだろうか。
「一応まだ可能性の一つとして行動するけどね。もしこれが真実だって証拠が出たら容赦なく動くよ……じゃあとりあえず彼女に近しい人の話でも聞きに行こうか」
 今度は私に意見を聞くまでもなくパソコンを閉じて立ち上がる彼に私は戸惑いを隠すことができませんでした。
 
 
 
sideミコト】
 店から出て数歩歩いたところ、ようやく俺はミコトがついてきていないのに気が付いた。確かにあの可能性が真実だったならミコトのしてきたこれまでのことは全て無駄になってしまうだろう。
「そうは言っても可能性は高い気がするんだけどね……今はそれより交通機関確認しないと」
 あいにくと俺は免許の類を所持していないため、公共交通機関を使わなくては目的地に着くことはできない。携帯で調べてみると、ちょうど電車が出たばかりのようで、今から駅に向かっても余裕は十分にあるようだ。
「すみません、遅れました。それと近しい人って誰のところに行くんですか?」
 三分程してようやく店から出てきたミコトが俺に訪ねてくる。その語調はどこかなげやりにも聞こえるが、一応割り切ることはできたようだ。
「御両親はたしか警察に事情説明があるって聞いたからね、ここは恵理子さんの彼氏さんに最近の彼女の様子を聞こうと思ったんだよ」
 ちなみに彼氏さんの住所は既に聞いてある。実は彼女が持ってきた情報で有用だったのは学校内での恵理子の評判だけなのである。これは表情に出したらまた拗ねかねない。
「彼氏さんの名前は森谷隆介(モリヤ リュウスケ)現在高校三年生で絶賛受験生だね。彼の家もそこまで遠くないみたいだし」
「彼氏さんのこと知ってたんですね……」
「まぁ……年頃の男の子だしね。案外有名御嬢様校に彼女がいたりすると周りに自慢するんだよ」
 そう、俺なりに加藤恵理子の情報を探っていたところ、高校時代の恩師が彼女と付き合ってることを自慢する生徒がいることを教えてくれたのである。偶然にもその恩師が俺の母校から転勤していたからこそ知りえた情報に、俺は信じてもいなかった奇跡という言葉の信憑性を再認識することになったのだった。
 
「どなたですか?」
 彼の家につき、インターホンを鳴らしたところ出てきたのはいかにも今の王構成とでもいうべきやんちゃそうな少年だった。
「隆介君かな?俺は君の学校の教師から頼まれて様子を見に来た者だけど」
「教師?」
「数学の園田先生からね。あ、俺は照博って呼んでくれるかな?一応あの園田先生に指導受けた先輩だよ」
「あぁ、あの御爺ちゃん先生の……」
 もちろん嘘である。彼の事を園田先生――つまり俺の高校時代の恩師――に聞いたのは確かではあるが、彼の様子についてなど一言も聞いていない。警察でもなければ彼の知り合いでもないのだから
嘘の一つでもつかないとただの不審者だと思われて終ってしまうだろう……こんなところで警察に厄介になるのは勘弁して貰いたい。
「そ、ちなみにこっちの女の子はついでに押し付けられた二年c組のミコトっていうらしいよ。女っ気ないオッサンよりか嬉しいだろってさ」
「オッサンって歳ですか?まぁ御爺ちゃんなら言いそうですけど……あ、上がってください」
 重ね重ねつかなければいけない嘘に内心胸が痛くなってきた。たしかに園田先生は俺に女っ気がないとか息子夫婦の義妹を紹介するとか言ってきたことがあるが、流石に自分の生徒をあてがったりはしない。後で少し高めの酒でも包んでおいた方が良いかもしれないな……口止めついでにではあるのだけど。
「そこのソファに座っててください、お茶淹れてきます」
「いやいや、少し任された質問したら俺も仕事いかなきゃだからね」
「そうですか……大変ですね。俺も最近はバイトが厳しくて……」
「学業に影響でない程度にね。じゃあ質問だけど、どうも昨日からたまに心ここにあらずって様子らしいね。一過性のものなら良いけど受験生ってこともあって心配してたんだよ」
 ここまで嘘がすらすらと出てくるあたり、実は俺には詐欺師か何かの素質があったりするのではなかろうか?実際は園田先生に彼の事を聞いたときに昨日の出席を確認しただけである。
「えっと……大丈夫ですよ、さっき言ったバイトが忙しくて……」
「そうかい?なら良いんだけどね」
「それは本当ですか?私の知り合いが先輩の彼女さんと同じ高校なんですけど……」
「ミコトちゃん、いきなりどうしたんだい?」
 少し白々しかっただろうか?ミコトの視線が余計なことをするなと警告しているように感じる。でも仕方ないじゃないか、俺という彼の噂を知らない(という設定)の男がさも理解ありげに黙ってたらむしろ怪しいだろう。
「ミコトちゃんだったね。俺の彼女の事知ってるのか……じゃあ隠しても仕方ないか」
「はい、彼女さん……いなくなったって……」
「そうだよ。恵理子のやつ昨日急に居なくなったらしくてさ……あいつ真面目だから誰にも言わずにいなくなるなんてありえない。もしかしたら誘拐されたかもって思ったらどうもな……」
「大変じゃないか!警察には言ったのかい?」
「父親が連絡したらしいです。俺は恵理子の親には嫌われてるみたいだったんで確かじゃないんですけどね」
「そうか、一応俺の知り合いにもあたってみよう。彼女の特徴を教えてもらえるかな?」
「はい、ちょっと待ってくださいね……っと」
 そして差し出されたのは彼が一緒に撮ったのであろう校門の前の写真だった。ミコトには話しか聞いていなかったのでこれが初めて恵理子の顔を見る機会だったわけだが……なるほど、美人である。これなら自慢したくなるのも納得である。
「いや、写真よりはメールをくれた方がありがたいかな。そのまま知り合いに転送することもできるしね」
「あ、そうですね……じゃあ今夜くらいにメールさせていただきます」
「うん、お願いするよ。じゃあこの辺で御暇させてもらおうかな」
「え?もう良いんですか?」
「これ以上は警察と……俺の知り合いの頑張り次第だからね。園田先生にも伝手を使って探してもらうとするさ。そうだ、ミコトちゃんは何かほかに用事とかあるのかな?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
「そうか……あ、そうだ。一つ言わなきゃいけないことがあったのを忘れてたよ」
「はい?なんですか?」
 隆介と連絡先を交換しの後、玄関で振り返って彼に先程から気になっていたことを言ってから帰ろうと思い直す。これは一応俺たちにもうれしい収穫だったのだが、園田先生の下で指導を受ける後輩に忠告しておこうかとふと考えたのだ
「バイト、禁止だよね」
「……すみません」
 我が恩師、園田哲郎先生は六十歳を間近に控えた今でも、現役の風紀指導員である。
 
 
 
sideミコト】
「収穫は充分かな。今夜のメール次第じゃ一気に確信まで詰めれるかもね」
 恵理子さんの彼氏さんの家を出て、角を曲がった辺りで彼の発した第一声に私は驚きました。先程の会話では彼女の写真を見たことくらいしか有益なものはないと考えていたのですから仕方ないでしょう。
「え?有益な情報なんてたくさんあったじゃないか。例えば彼が見せてくれた写真とか」
 たしかにあの写真が無ければ照博さんに恵理子さんの顔が伝わらなかったとは思ったのだが、どうやら違うらしい。なんでもあの写真に写っていたのは隆介さんが通う高校でも恵理子さんが通う高校でもない校門だったらしく、もしかしたら隆介さんの志望校かどこかなのかもしれないということらしい。
「どこの大学かまではわからないけど……一応知り合いにあたってみるよ。元同僚はいろんな地方から集まってたから誰か知ってると思うしね」
 喫茶店の前に照博さんが勤めていた会社はどこなのかが少し気になりましたが、それは重要ではないのだと思い直して私は照博さんに連絡先を教えることを優先しました。照博さんの店に行けば会えると思っていたので私の連絡先は教えていなかったのですが、隆介さんのメールを転送してもらえるようにと交換するべきだと判断したのです。
 そして私たちはこの日の情報収集を終了し、それぞれ帰宅することにしたのです。そして夜、照博さんからメールが届きました。ただそれは隆介さんからの転送メールではなく、これからの調査を一時中止しようという提案の書かれたメールでした。何故いきなりそんなことを言うのかと理由を求めたところ、返ってきたのは一行しかないメールでした。
 
 
 
side照博】
「身代金ってどういうことですか!」
 隆介と会話した翌日、開店すると同時にミコトが店に飛び込んできた。やはり昨夜のメールだけでは説明が足りなかったらしい。
「むしろ今更って感じがするんだけどね。五百万の身代金を用意するように通告を受けたらしいんだよ」
「いったい何時!何処で受け渡すんですか!」
「そういうと思ったから中止したんだよ……」
 もちろんこの反応は予想できていたことなので驚きはしない。もしかしたら前から見せていた情報整理用のパソコンを奪われるのではと危惧していた身からすればむしろ良く抑えていると感じていたりする。
「身代金の受け渡しの時に何も知らない一般人が周りにいるのは構わないかもしれない、公園とかなら周囲に人がいないのは逆に不自然だからね。だけど今回指定された場所は普段からそこまで人通りが多いわけじゃないし……そんな場所に犯人目当ての俺たちがいたら勘違いされても文句は言えないよ。警察も人員を割く必要が出てくるしね」
 実際の所、俺たちは違法スレスレどころか違法な手段で情報を手に入れていると言っても過言ではないのである。現場で職質されたりしたら元同僚も流石に俺たちを拘束せざるを得ないだろう。
「これ以上調査しないって言うんじゃないんだよ。ただ、身代金の受け渡しが終わるまでは我慢しないとね」
「でもこうしてる間にも恵理子さんは……」
「それはどちらかと言えば公的権力を存分に使える警察に受け渡しの現場で頑張ってもらわないと……って言っても納得してくれないよね……仕方ないかな」
 理由を話しても目の前の少女はどうにも納得しないようで、これ以上説明しても効果はないのだろうと直感ではあるが俺は感じ取った。しかし、だからと言って調査に行くわけにもいかないし、こちらが拗ねてコンビ解消という手も年上としてやるべきではないだろう。仕方なく、パソコンを見せて昨日入った情報を教えることにする。
「身代金のことが書いてませんよ!」
「それしたら友人か俺たちが路頭に迷うからね……」
 もちろんその情報が入っているファイルは前もってロックをかけたうえで隠しフォルダにしている。伊達にパソコンを奪われて確認される可能性を警戒していたわけではないのである。
「身代金のことは後日報告が入ることになってるから気長に待っててね。今は情報整理の時間と考えれば良いじゃないか」
「……それも良いかもしれませんね」
 どうやら難は逃れたようである。心の中で俺は元同僚と飲みに行くことを決めながら、昨日あった進展と、身代金についての差し障りのない謎を詰めていくことにした。
「まず昨日のことについてかな。あの写真に写ってるのは多分この大学で間違いないと思うよ。校章が写りこんでて見にくいかもしれないけどここの門の造りは学長が懇意にしてる職人さんと遊び心満載で取り入れた紋様が写ってるんだ」
「これは大学のホームページですか……これ二つも隣の県じゃないですか!調査行くお金ありませんよ!」
 調査にいくにしても電車代と時間がかかって仕方ない。もし行ったとしても調査できる時間なんて三時間あるかないかだろうし、そもそもその大学自体には残念ながら伝手がない。
「さすがに俺も店をそんなに空けるわけにはいかないからね、ここには調査に行かないよ」
「どうせ誰も来ないくせに」
 そこで本当のことを言われると俺がかなり困る。これでも友人たちに出店場所を聞いて、全員一致でここになったという経緯があるというのに……
「それは良いから、むしろ禁句だからね。じゃあ次は身代金の……」
「調査ですか!」
「……要求で発生した謎でも突き詰めようか」
「謎ですか?」
 そう、身代金の要求によって発生した謎があるのである。まだミコトは知らない情報だったので察することができないのも仕方ないだろう。
「そう、謎だよ。どうやら犯人は手紙で身代金要求の指示を出してるみたいなんだけど誘拐グループ一人頭二百五十万で合わせて五百万って書いてあったらしいんだ」
「え?でも犯人は三人組じゃ……」
「そう、そこが謎なんだ。そもそも犯人グループの人数を向こうから明かしてるって時点でありえない」
 普通なら犯人グループの人数なんて教えるはずがない。真実かどうか判断は難しいが、どちらにしても警察はそれ以上の人数を配置するだろうから警察官の数が犯罪グループの数を下回る可能性もそこまで高くはないだろう。
「そもそも三人組だったとしたら五百万を均等に分けることができない。とはいっても二人はありえないし……だからと言って四人以上だとも言い切れないんだよ」
 前にも話したのだが、別行動している仲間がいなかったとも言い切れないのである。実はこの謎、おそらく調査に出て新しい情報が手に入らない限りは突き詰めることはできなそうだと今は諦めているものだったりするのだがミコトには言わない方が良いだろう。
 
 ミコトが店に来なくなって一週間ほどが経った。とはいえ別にコンビを解消したわけでもない。どうやら良い具合にミコトがグループ人数暴露の謎について悩んでいるらしく、店に足を運ぶ暇がないようなのだ。
 そして昨日、ようやく身代金の受け渡しが完了した。しかし犯人は見事逃げ切ってしまったようで、元同僚も休日を返上して出勤しているらしい。こちらの情報もその元同僚に流しているのだが……やはりというべきかまともに取り合ってはもらえないらしい。
「ということで今日辺りから調査再開しようか?」
『もう動いても良いんですね!わかりました、今から行きます!
 そして身代金の受け渡しが完了してしまったため、また今日から調査を再開することをミコトに伝えることにした。ただ、いくら受験生ではないとはいえ学業に影響がないのかが不安ではある。
 それにしても今回の事件はやはりふつうの誘拐事件とは言い難いと今更になって考え直す。ミコトは反対していたが、やはり個人的にはもう一つの可能性を突き詰めるべきではないだろうか?店に客がいない今、いくつか仮説をたててシュミレーションを始めてみる。電話が鳴ったのはそんな時だった。
「どうした?まだ詰めてないといけないんじゃないか?」
『いや、今は休憩中でね。現場の刑事たちに軽食でも買おうかと出歩いているのだよ』
「うちじゃあ持ち帰りはできないんでな。用件がそれだけなら切るぞ?」
『いやいや、僕もそんな辺鄙な場所まで買いに行くつもりはないさ。ただ君にまた情報を恵んでおこうと思ってね』
「辺鄙とか言うなって……で情報ってなんだ?」
『身代金についてだよ。あいにくと現金は持って行かれてしまったのだがね、誘拐されたお嬢さんの彼氏という男が三百万ほど補填に使うようにと現金を持ってきたのだよ』
「隆介君がねぇ……紙幣のナンバーはどうだった?」
『うん?ナンバーは事件とは関係なかったが……どうかしたのかい?僕はお嬢さんの彼氏に君が会いに行ったと聞いたから身元だけでも教えてもらおうと思ったんだが。』
 電話の相手は最近良く連絡を取り合っている元同僚だった。どうやら事件の進展を教えてくれたようで、御礼としてこちらが知っている森谷隆介についての情報を渡すことにする。
 それにしてもあの隆介がそんな大金をすぐに用意できたことが驚きである。まず彼は学生であり、資金源というものに乏しい。たしかにバイトをしているようだが、三百万もの大金を稼ぐことができているのかと言われれば難色を示すほかないだろう。そして友人に金を募るにしても、渡す相手は恵理子の父親であり、彼女が帰ってくるというわけでもない。そんな状況で三百万も工面しようとするだろうか?そもそも友人に工面してもらうにしては行動が早すぎる気がしてならない。
『聞いてるのかい?
「あ、すまん。聞いてなかった」
『お嬢さんの父親が彼に礼を言いたいというから伝えておいてくれと言ったのさ……いきなり黙り込むから来客でも来たと思ったじゃないか。嗚呼、君の店に来店する客がいるとしたら僕は明日から鉄傘を持ち歩かなければいけないしね』
「考え事してたんだよ、悪かったな。というか鉄傘ってなんだよ」
『君の店に客が来るなんていったら明日は雨どころか槍が降ってきても不思議じゃないからね』
「うっさいっての」
 失礼な奴である。いくら客足が少ないとはいっても数人は足を運んでくれる人はいるのである。具体的に言えばミコトとか今電話してる張本人とか。
 そうやって旧友との談笑を楽しんでいると不意にドアに備え付けられたベルが誰かの来店を知らせてくれる。目を向けてみると、どうやらミコトが到着したようである。
「すまんな、客が来たみたいだから切るぞ」
『何?待ちたま……』
 最後に何か言っていたようにも聞こえたが、どうせいつもの憎まれ口だろうと判断して受話器を電話の上に乗せてミコトに今の電話の内容を伝えてみる。
「うーん……やっぱりバイトって儲かるんですねぇ」
「いや、そう儲かるものでもないよ。高校生は深夜帯で働くことはできないはずだし、何よりこの不景気でそんなに金払いの良い会社があるとも思えない」
「でも実際用意してるわけですし……バイト先から前借したとかですかね?」
「前借って……ただのバイトにそんな大金渡す会社がどこにあるのさ」
「ほら、店長さんが知り合いとか!」
「それでも利益なければやるわけないじゃないか……うん?利益?」
 利益と聞いて考えてみる。まず店だとして三百万もの大金を用意ができるだろうか?答えはタイミング次第ではあるが可能である。銀行に融資でもしてもらえば良い。もちろん前もって申請する必要があるのだが。
そもそも彼が身代金について知っているのは彼女の動向を彼なりに探っていたのだと思っていたからたいして気にしてはいなかったが、警察と両親しか知らないはずの情報を彼はどうやって手に入れたのだろうか?
「……もしかしたら当たりかもしれないね」
「え?結構苦し紛れに言ったんですけど良いんですか?」
「うん、仮説が正しければだけど……そのバイト先が怪しいかもしれない」
 そしてそれが正しければ、もしかしたら彼の身も危ないかもしれない。ここから先は時間との勝負でもあるし、すぐに彼の連絡先へ電話することにした。
「……でないな」
「うーん。じゃあまた人に聞いてみますか?」
「それしかないかな……ミコトは恵理子さんの友人にあたってくれる?俺は彼の友人にコンタクトとれないか園田先生に聞いてみる。時間との勝負だから早くね」
「時間との勝負ですか?なんでそんなことに?」
「そうだね……言いたくないけど仕方ないかな」
 あくまでこれは俺が考えた俺なりの推理である。外れていれば良いが、個人的には九割近い確率で的中していると考えている。
「悪い予感が当たったかもしれないんだよね」
 
 
 
 悪い予感とはやはりパソコンに書いてあったものなのでしょう。しかし、照博さんは時間との勝負になったと言っていましたし、事態はさらに切迫しているはず、そう考えて行動に移した私はそれまでで一番多くの人に連絡を取ったのではないでしょうか。私の知るありとあらゆる人に情報提供を呼びかけました。もちろん彼の事すら知らない相手が大半でしたが私は決して諦めませんでした。
 そしてついに彼のバイト先が明らかになったのです。彼が働いていたのは従兄弟である清水雄一(シミズ ユウイチ)が実質的に個人で経営している飲食店だったそうです。その飲食店はまるで照博さんの先輩のように良く似た立地に建っており、彼の知り合いは常連しか通わない隠れた名店となっているらしいのです。私はすぐに照博さんにその情報を伝えました。
「わかった、ちなみに店の場所とかもわかってるね?」
 もちろんだと胸を張りながら私は意気揚々と頷きます。すると照博さんはどこかへ電話をかけたかと思うと私に先導するようにとだけ言って店を飛び出してしまいました。道を知らないはずなのに慌てて飛び出した照博さんの慌てようはおかしいと思いつつもそれだけ切羽詰まっているのだと判断して私も彼の後を追いかけることにしました。
 
 私が監禁された倉庫のすぐ近くにその店はありました。中に入ろうとしてみると、どうやら今は店が閉まっていたようでドアには鍵がかかっていました。
「どうやらここには誰もいないみたいだね」
 裏口に回って携帯を操作していた照博さんが戻ってきました。相変わらずその雰囲気はどこかいつもと違っている様な気がして私は何かあったのかと問い詰めてみました。すると、私には想像もできなかったことが起こっていることを知らされたのです。
「加藤恵理子に続いて森谷隆介の行方がわからなくなった。ここにいるかとも思ったんだけど……もう一つの候補地に行かなきゃならないから戻るよ!」
 そういってきた道を走る彼に、私は何故焦っていたのかをようやく知ることができたのです。
 
 
 
side照博】
 情報を集めているとき、俺はあの元同僚から連絡を受けた。
『君の言った住所だが……どうやら隆介君とやらは厄介な事件に巻き込まれているらしいな。家は荒らされていてもぬけの殻だったよ』
「何だって?」
 どうやら後手に回りつつあるのだと知った時、俺はもう一度彼らが囚われている場所を考え直すことにした。そう長く時間をかけることはできない。もしこれ以上時間をかけてしまえば今回攫われてしまった二人の身に危険が及ぶのは確実だろう。
「県外への捻じ込みはできるか?」
『無理だろうね。管轄外を動かせるほどの大事件でもないしね』
「そうか……なら仕方ない、ちょっと車出してくれるか」
『いきなりどうしたんだい?別に車出す程度なら構わないだろうけど』
「なに……ちょっと物件の下見に行こうかと思ってな」
 
 走って店に戻ってきたとき、既に予約していた相手は既に店の前で待っていた。
「遅いよ、僕は君のために無理言って抜けてきたっていうのに」
「気にすんなよ、楽しいドライブと行こうじゃないか。後ろっからもう一人客も来たようだしな」
 全力で走ってきたからか、話し始めてからようやくミコトが合流したようだ。車に乗るように促しながら、俺自身も車の助手席に乗り込む。
「それで、どこい行けば良いんだい?」
「ちょっと二つ隣の県までな、高速使ってくれよ」
 
 目的地に着いた時にはもう日が暮れ始めていた。元同僚――判(バン)と呼んでいる――は現在、俺が立っている物件の大家を説得しに行ってもらっている。
「照博さん、ここはいったい?」
「雄一さんだったか?隆介君の従兄弟が借りている部屋だよ。どうやら隆介君が写真に写っていた大学に受かったらここに住む予定だったらしいね」
 やはりあの写真は二人で同じ大学に受かれるようにと祈願したものだったらしい。もしかしたらこの部屋も二人で同棲することも視野に入れて従兄弟に借りてもらったのかもしれないが、今はおそらく百八十度違うことに使われているのだろう。
「そしてこの部屋を提供する代わりに雄一さんは隆介君の父親の持っていた土地で商売を始めることができたらしい」
 つまりこの部屋は雄一の部屋であり、隆介の部屋でもあると言える。だからこそ、ここを監禁場所として使うことにしたのだろう。
 しばらくしてようやく判が大家に鍵を借りて戻ってくる。その鍵で扉を開けてもらい、俺たち三人は警戒しながらも部屋に足を踏み入れた。
「やぁ隆介君、どうやら予定は狂ったみたいだけど……狂言誘拐は楽しかったかい?」
 
 
 
sideミコト】
 あの後私たちは三人を警察に引き渡し、簡単な事情聴取を受けた後また車で帰宅することになりました。その車内で今回の事件の顛末を照博さんが教えてくれました。
 まず、主犯は隆介さんだったということ。目的は恵理子さんとの交際を父親に認めてもらうためだろうとのことです。要求した金額の五分の二を父親に変換することで恵理子さんのためになら大金を積んでも構わない覚悟や彼女への想いを伝えることができれば認めてもらえると思ったらしいです。
 経緯としては、まず変装して恵理子さんを連れ出し、恵理子さんにも同様の変装をして逃げてもらう。そして身代金を要求し、二百万は手伝ってくれた雄一さんに渡し、残りを返却するというものでした。
 しかし、逃げる際中に私と出会ってしまったのです。彼らが恐れたのはやはり犯人の数が三人だと知られることだったそうで、おそらくではありますが雄一さんの協力を得る条件として、現金と雄一さんの安全が求められていたのでしょう。そのためにはバレたとしても二人の犯行であると思ってもらわなければいけません。そのため一旦は私を攫ったのでしょう。しかし落ち着いて考えてみれば、ただの一女子高生が求められてもいない情報提供をするでしょうか?もちろんしない……というかできないでしょう。本当の誘拐という犯罪が怖くなった彼らは演技をして私を逃がすことにしました。
 そして身代金のナンバーが返された金額と違ったのは雄一さんの協力があったからだということです。まず雄一さんはその店の名前で銀行からお金を借ります。個人相手というわけでもないですから、店内を大規模にリフォームすることにしたとでも言ったのでしょう。そして借りた三百万を補填と言って父親に渡し、身代金として奪った五百万を回収してしまえば、ナンバーの違う札束が父親に渡すこともでき、その後実際にリフォームしてしまえば銀行を含め、周囲にも違和感なく身代金を使うことができるでしょう。
 しかしこの作戦も私が動いたことによって崩壊してしまいます。いえ、作戦自体は成ったのですが、雄一さんが二人を裏切って本当に誘拐してしまったのです。彼は動けないと判断した私が自分たちを嗅ぎまわっていると聞いて自分の安全が完璧ではないのではないかと不安になったのでしょう。二人が死んで遺書を偽装すれば自分は安全になると考えて暴走してしまったとのことです。
 私はこの真相を聞いて、照博さんが少し怖くなりました。だってあんなに早い段階からまるで深層を知っているかのように核心をついていたのですから、もしかしたら自分のことも見透かしているのではないかと考えてしまったのです。別に疚しいことがあったわけでもありませんが、キレすぎる人はただそれだけで恐怖の対象になります。
「これでやっと肩の荷が下りたよ……これで店に集中できるかな」
「客がいないのにかい?」
「うっさい!どうせこの事件解決で名前売れるんだろうし宣伝くらいしろよな」
 しかし、車内にいる私以外の二人の会話でどうにも気が緩んでしまいます。そういえば客のこない寂れることが確定しているような喫茶店のマスターに何を恐れることがあるというのでしょうか。
「まぁ宣伝くらいなら構わないさ。きっと後ろで唸ってるミコトちゃんもそう思ってるだろうさ」
「はい!バイクどころか車にも乗れないような照博さんじゃあ宣伝もままならないでしょうしね!」
「それ関係ないよね!」
「ミコトちゃん、この男は自転車にすら乗れないんだよ」
「判!余計なこと言うな!」
 そうです、小学生でもできるようなことができない照博さんに恐れる必要はありません!そう考えるとあれ程恐ろしかった照博さんが微笑ましく感じるものです。
「だいたいミコトだってまだ車は運転できないだろう?」
「む……私は自転車に乗れますし車だって速攻でとってみせますとも!」
 どことなく楽しくなってきたようにも感じますが、やはり子ども扱いされるのは気に食わない……いっそのこと車だけじゃなくもっといろんな乗り物に乗れるようになって鼻を明かしてやりましょうか。
「ふふふ……やはりワダは面白いな」
「「うるさ〜い!……あれ?」」
 このときようやく、私たちの苗字が同じ読みなのに気付いたのには少し恥じらいを覚えました……
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