探偵喫茶――山荘事件・発生編――    

久賀峰

 

 

某月某日某県にて。とある山荘に幾人かの人影があった。彼らは皆、人目を避けるようにしてこの山荘に集まっていた。

「まだ始めないのか?  仏の顔も三度までって言葉もあるが、人が来る度あと少し……なんて焦らされてたら仏さんだって回数いってなくても苛立っちゃうぜ?」

「貴方はまだ来たばかりだから良いでしょう? 私なんて料理を頼まれたから来てみれば昼食か夕食かも決まってないなんて言われてずっと料理番よ……いくら時間を多めに見積もって作ったからってこうも時間が経ったら味が落ちちゃうわ」

 彼らは既に野球チームが作れる程の人数が集まっている。無論、彼らが隠れるように集まっているのには理由があり、数名が苛立つほどに集合時間に差があるのもそれが関係しているのだ。

 ここにいる彼らは実はテレビでも有名な人物ばかりなのだ。タレントだけでなく、マジシャンや料理人、果ては教師まで揃っている。その有名になった理由は善し悪しがあるとはいえ、そんな彼らが堂々と歩けばこの山荘の回りが野次馬で囲まれかねない上、皆が皆その仕事に追われてバラバラの時間にこの場所に到着しているのである。そんな状況でやれ誰が遅いだのアイツが目立っただの言ってもそれは個人の知名度にも差があるわけで全く意味のない愚痴にしかならない。

 そうして彼らが口々に愚痴を言い合い、時計の短針が八時を刺そうとする頃にようやく新たな来客が現れた。しかしここにいるメンバーは来客を見て首をかしげる。なんせ扉から入ってきた男女一人ずつの二人組はテレビでも雑誌でも見たことがない、いわゆる一般人だったのだから……

「ええと……なんだか凄く場違いな気もしますが富士岡さん、御依頼の資料を持ってきました。受け取ってもらえますね?」

「もちろんだよ、それがどうしても今日中に欲しかったから君に頼んだんだからね。ああそうだ、こんな夜中に無理を言ったんだ。お詫びにどうだい? 食事でも」

「いえ、生憎と私はもう済ませてしまいましたので……」

「え〜!  食べたのは和田さんだけじゃないですか!私まだ食べてませんよ!」

 どうやら彼らが最後のメンバーのようである。これでここにいる人数はサッカーチームを一つ作れる程にまで多くなってしまった。最後に現れた男性はこの集まりの主催者――富士岡に依頼されて何かを届けに来ただけだったらしく、この錚々たる面子を見て帰ろうとしているがもう一人の女性がそれを断固拒否している。

「私は和田さんと違ってこの山道をずっと運転してたんだから何か役得あっても良いと思うんです。食事を御馳走してもらえるなら相伴に預かりましょう?」

「そうだよ、丁度ここで始めようとしているパーティーに一人欠員が出たんだ。和田君には悪いが命ちゃんだけでも食べていってくれないかな?」

「そう仰るのでしたら私は構いません。これがいないと車も動かせないでしょうし、しばらく中で休ませて頂きますね」

 富士岡の言った一人の欠員という言葉が気になったのか、今ここにいるメンバーに動揺が走るが最後に合流することになった和田という男は気付かずにそれまで待ってきた面子の前に立つと自らの紹介を始めた。

「皆さんのような著名な方々の中では悪目立ちしてしまうと思いますが、私は探偵の和田照博といいます。皆さんの邪魔はしませんので空気の如く扱ってもらえれば幸いです」

「私は運び屋の命っていいます!荷物でも人でもなんだって運んで見せますよ。何か御用があったらぜひ御贔屓に!」

 それだけ言って和田はすぐに休もうとしたのか富士岡にどこで休むべきか聞きに行ったのだが、どうやら止められたらしく所在なさげに辺りを見回し始める。するとその挙動不審ぶりを充分に楽しんだのか一度満足げに頷いた富士岡が皆の前に歩き出した。

「では皆さん、これで今日私が読んだ全員が揃いました。生憎と都合が合わずに欠席してしまった方や、逆に当初の予定にはなくとも参加を了承してくださった方など大勢います。ではまず大広間で皆さんの自己紹介から始めるとしましょうか」

 そして玄関で待っていた面々は次々と大広間への扉に入っていく。

 

 

 

 この時は既に大広間に入った十一人全員が疑っていなかったのだ。まさかこの山荘で事件が起こることなんて……。

 

 

 

「美味しいです!これどうしたらこんな味出るんですか?」

「ふふ、それはね……」

 大広間に入った後、それぞれが簡単に自己紹介をして、今は全員で食卓を囲んでいた。人数が多いので、それぞれの名前と特徴を整理しようと思う。

和多(わだ) (みこと) 現役女子大生で自称運び屋。報酬を請求することは専門職でないために不可能だが、単純に操縦することに関しては一流の腕を持っている。本人曰く陸海空全ての乗り物を動かせるらしい。                          

(すめらぎ) 帝人(ていと) 昨年まで稀代の天才子役として世間を賑わせていた小学生。事故により下半身不随の大怪我を負ってしまったため、車椅子生活を余儀無くされ引退。未だ多くのファンに引退を惜しまれている。      

富士(ふじ)(おか) ()() 知らぬ人はいないとまで言われたタレントで、一時期は休日が一日もないとまで言われた名司会。三年程前にその毒舌が災いして通り魔に襲われてしまう。その後世間から隠れるように業界から遠のいたが、事務所には名前が残ったままになっている。今回の集会の主催者。   

和田(わだ) (てる)(ひろ) 自称探偵、普段は副業で喫茶店を経営しているらしい。欠席者の代わりに富士岡に呼ばれた可愛そうな人。たいして重要でもない書類を無理矢理届るよう言われたらしく、パソコンもなく携帯すら圏外になるこの山荘に足を運ばざるを得なくなったそうだ。          

諸星(もろぼし) 映子(えいこ) 被害者の会が結成されると無償でその団体のための演説を引き受けるということが信条の少し黒い噂があるコメンテーター。富士岡とは仕事の関係でそれなりに親しいらしい。          

花村(はなむら) ()(つき) 渡米間近とされるマジシャン。トランプマジックならぬタロットマジックを売りにしており、タロット占いは数少ない趣味。その趣味からか世間では占い手品師として親しまれている。

真鍋(まなべ) (れん) 歌って踊れぬアイドル。ライブの際、毎回アドリブでダンスしようとして転倒する程の大の運動音痴かつムードブレイカー。どんなに熱い歌を熱唱しようと彼女がライブに参加するだけで皆和みだすある種の天才。            

鈴木(すずき) (よう)() 小学校教師。いじめ問題を重要視しており、その人柄で行内のいじめ問題を次々と解決したとしてニュースに取り上げられた時期がある。今でもいじめ問題に対する第一人者として彼の助けを求める学校は多い。        

木下(きのした) 智一(ともかず) アメリカ帰りのマジシャン。浮遊マジックを十八番としており、刀剣、壺、銅像などの重量の重いものを自由自在に操ることから至近距離で彼のマジックを見た人にはトラウマが残ることもあると言われている。花村とは占い好きが高じてよくコンビでライブを行っていた。     

葛西(かさい) 節子(せつこ) 幾つもの料理番組、料理本を世に出している料理人。今回は全員が揃う時間が不明瞭という理由をつけられ、朝早くからこの山荘で仕込みを行っていた。    

佐藤(さとう) 力也(りきや) 女性でも実践しやすい護身術を教える有名な道場主。数多くの警官が彼のもとで鍛錬を行っている。

「いやはや……招待した僕が言うのもなんだけども、やっぱりこのメンバーが一つの部屋にいるっていうのも凄いものだね」

「そのせいで私たち一般人代表は凄い恐縮しているのですがね。そういえば今日はどんな理由で皆さんを集めたんですか?  確かにこの部屋にいる方々は有名ではありますがだいぶ専門分野が違いますよね?」

 和田が言ったのは、何も知らない人から見れば当然の質問である。ただ、ここにいるメンバーには招待状で説明があったのだが、彼への依頼の際には伝えていなかったらしい。

「これはだね……いや、秘密にしておこうかな」

 説明しようとする富士岡だが、何故かそれをやめてしまう。もちろんその態度を他のメンバーが気にしないはずもない。

「おいおい、どうしてその探偵さんに教えてやらないんだ? 別に減るもんじゃなし、教えてやれば良いじゃないか」

「いやいや、彼なら問題ないよ。彼を呼んだのはただの気紛れじゃないんだからね……ただ、ヒントはあげないと。いいかい、ヒントはちゃんとあげるから和田君が推理してみてくれ」

 鈴木がそこにいた全員の心情を代表するように富士岡に抗議するが、当の本人はどこ吹く風とそれを流す。それに対して注目するべきは和田の変化だろう。推理と聞いて和田は一瞬眉を顰めるもすぐに諦めたように真面目な表情に変わった。

「ヒントは二つ。君を含めた全員の名前……いや、木下君と命ちゃんは少し違うか。特に彼女はイレギュラーなようで偶然当て嵌まったと言うか……まぁ彼女は苗字の代わりに職業として、木下君は職業そのもので考えてくれるかな」

「これの職業と言われましても自称ですが」

「黙らっしゃい」

 スパンと命に頭を叩かれたが、和田は微動だにせず視線で続きを促す。無論、命は納得がいかないようでブツブツと何かを呟きながら和田の腕を抓っているのだが。

「二つ目のヒント、それはアナグラムだ。知ってるかい?  アナグラム」

「偉大なる芸術、北京で言い合うウィキペディアン、いろは歌のように並び替えですね……あぁ、なるほど。ここにいる人はつまり……」

「ねぇ探偵のお兄ちゃん。北京で言い合うウィキペディアンって?」

 富士岡の言葉に少し考える素振りを見せた後、和田は思いついた理由を喋ろうとする。しかしその答えは帝人の言葉によって中断させられてしまった。

「帝人君か、うまく教えられるか自信はないけどそれでも良いのなら教えてあげよう。まず(ぺきんでいいあう)と紙に書く。それを並び替えると(ウィキペディア)になるってことだね……最も、これは私の知る限り一番無理矢理な感じがするアナグラムなんだけど」

「いろは歌は日本の数え歌の一つだけど五十音……あぁ、帝人君にはあいうえおっていった方が良いのかな?  まぁあいうえおの並び替えて意味のある歌にしているのさ。いろはにほへとちりぬるを……って聞いたことないかい?」

「それにしても偉大なる芸術って……いい歳して何かっこつけてんですか、笑っちゃいますよ」

「笑うのは俺だのーたりん。知識無いならグーグル先生に泣き付いてこい」

 少し素が出たらしい和田は命には辛口なスタンスを崩さないらしい。どうやら帝人もテレビでよく見るメンバーより初めて会った和田が気になるらしく、目を輝かせて彼らの会話に参加していた。

 そして穏やかに夕食が終わった後、思い思いに談笑が始まるがそんな中、コップが割れた音と女性――真鍋の悲鳴が響く。

「木下さん、落ち着いて!」

「触るな! 返せ!」

 悲鳴をあげた真鍋の横には今にも掴み掛ろうとしている木下とそれを必死に止める鈴木の姿があった。どうやら木下の方が鈴木よりも力が強かったらしく、止めることができたのはほんの数十秒だけだったのだが、すぐに佐藤が駆けつけ組み伏せてしまう。

「どうしたのかな?」

「き、木下さんのしてたロケット……くすんでたから私が吹いてあげたの、銀製みたいだし手入れしないとすぐくすんじゃうから。そしたら木下さんがいきなり殴りかかってきて……」

「あぁ、それでか。いやぁ智がいきなり掴み掛るからおかしいと思ったのよ」

 その事態を重く見たのか主催者である富士岡が事情を聞くが、真鍋の簡単な説明だけでわかったらしい花村へと説明を促すような視線を向ける。

「そのロケット、妹さんの形見らしいのよ。そのくすみもだらしなかった妹さんを忘れないようにってわざと残してるらしいわね、歪んだ星の装飾なのも妹さんの事故のときのままだからなんだって」

 ただしその説明の内容は少し聞いた方が後ろめたくなるもので、真鍋も少し顔を顰めている。

「形見だったとしても何も知らない他人に掴み掛っていい理由にはなりませんね……無論、真鍋さんも自分の親切が必ずしも相手のためになるわけではないとわかったと思いますが」

「そうね、今回は智も真鍋さんも悪いところがあったってことで許してやってくれないかな? 今の智に近付くと危なそうだし、落ち着いたら謝罪に行かせるからさ」

 なんとか宥めようとする和田と花村だが、拗ねてしまった真鍋の期限は直らないらしい。それを見かねてか富士岡が花村を連れて木下と共に大広間を退出する。入れ替わりに角で話していた葛西と諸星が真鍋に近付いてきた。

「そんなに拗ねないの。ほら、きっとあれよ……私の料理が美味しすぎて妹さんのことを思い出しちゃったのね」

「あら葛西さん、それじゃああなたも木下さんに謝ってこないといけないじゃない。早く追いかけないとね」

 ただしこの二人は慰めに来たのかどうかすらわからない口調だった。その赤らんだ頬を見るにどうやら酔っぱらっているらしい。和田はこっそりと帝人を連れて避難を始めていた。やはりというべきか命は置き去りである。

「あっ、和田さん私も連れてってくださいよ〜」

「あら、いいじゃない命ちゃん。こんな可愛い彼女置いてくなんて酷い彼氏よね〜」

「だ、誰があんなおじさんの彼女ですか〜!」

「照れなくても良いのよ。ねね!和田さんとの馴れ初め教えてよ。良いでしょ?  ね」

 

 

「帝人君、女って怖いよな……」

「そうかな〜?  お母さんもお姉ちゃんも優しくしてくれるよ? 探偵のお兄ちゃんは違うの?」

「いや、私の母も優しかったよ。ただ一人暮らしするようになってからはあまり会えていないからね、少し忘れてたのかもしれないね」

「そっか、一人なんて寂しいよね……じゃあさ、探偵のお仕事ってどんなことするのか教えてよ!」

「おっ、面白い話してるじゃないか。俺も聞いていいか?  生徒の進路指導に使えるかもしれないしな」

「た、探偵の仕事か……構わないけどがっかりしないでくださいね」

 命が酔っぱらいにあることないこと聞きだされている間、残された男性組は和田に日頃の話題を振っていた。どうやら探偵というテレビや小説で主役になっている職業に幻想を抱いていたらしく、無口ながらも近寄ってきた佐藤を含めて三人で和田を質問責めにしていた。もしこの二組に違いがあるとするならば、それは時が経つ毎にテンションが上がっていくか下がっていくかという点だけであろう。コイバナと仕事の話を比べてしまえばある意味当然ともいえる結果である。

 

 

「真鍋さん、ごめんなさいね。あの馬鹿智はまだ荒れてるみたいなの……また明日の朝に謝らせるから許してくれない?」

「……すっごい不愉快だけど先輩たててあげますよ〜」

「ありがとう、お礼と言っちゃなんだけど占ってあげるよ。これでも当たるって評判なんだからね」

 富士岡たちが退出してから三十分程経過し、ようやく彼らは大広間に戻ってきた。どうやらこの後に何か催し物をするらしく、そのリハーサルという名目で木下を落ち着かせたらしい。最も木下が落ち着かなかったらしく、この後にもう一度リハーサルをやり直すらしいのだが。

 そして帰ってきた花村は真っ先に真鍋へ謝罪していた。真鍋も先程のガールズトークでだいぶ落ち着いていたらしく、少しの嫌味で態度を軟化することができたようだ。ただ、それだけでは気が済まなかったのか、花村は自らの商売道具でもあるタロットを片手に真鍋を占うと言う。断る理由のなかった真鍋はその提案を承諾し、テーブルを一つ借りて花村の占いが始まった。

「まず今回のスプレッド……つまり配置はギリシャ十字法と呼ばれるものよ。これは目的を定めずに占うのに適した配置ね。使うカードは五枚、それぞれの向きや種類で結果を示すわ」

 真鍋の対面に座った花村は真剣な顔をして花村に説明を始める。真鍋自身も最初はもっと軽い雰囲気で行うと考えていたのか少し挙動不審気味になってしまっていた。

「まず向かって左側に一枚、少し離れた右に一枚、この二枚を頂点とする二等辺三角形になる位置に一枚、三枚目と同じ条件になる逆側にも一枚、最後の一枚はこの四角形の中心に置くわ。これで準備はおしまい、あとは捲るだけね」

「それだけ……なの……?」

 しかしその挙動不審ぶりもそのあとに続いた花村の説明で一気に霧散する。まさかここまで簡単な占いとは思ってもいなかったのだろう。

「私の本職は手品師だもの、占いはただの趣味なんだからそんなに深入りしないわよ。まぁ今回は占いの目的を聞いていなかったから柔軟性の高い配置にしたらこれになっただけね……じゃあ捲っていくわよ、それぞれのカードの説明と内容は後でまとめて教えるわね」

「うん、それで良いかな」

 そう言って花村は並べたときと同じ順番でカードをめくり始める。そして全てのカードを捲り終ったあと、一枚一枚を指さしながら真鍋の目を見て解説を始める。

「一枚目は現状を表すカードね、出たのは魔術師の正位置ね。力の術師という秘密名を持つこのカードには才能を活かす人や目標に向かって頑張る人なんて意味があるわ。二枚目は障害を表すカード、これは隠者の逆位置ね。光の声の魔術師とも言われるこのカードだけど逆位置だと中途半端な知識の活用だったりケアレスミスだったりと油断して失敗することを表しているようね。三枚目は現状を維持した時の未来を示すわ。ここでは女教皇の逆位置ね、これは銀の星の女司祭という秘密名だけど逆位置だから孤立や見栄っ張りな仕事内容なんかをあらわしているわね。このままだと口だけは立つ可愛そうな人になるってこと。四枚目は解決のカギを示すカードよ。刑死者、吊るされた男の正位置みたいね。一見悪い暗示に見えるけど万能の水の精霊という秘密名の通り良いカードよ、意味は単純でコツコツ堅実に努力しろってことね。最後は四枚目の結果どうなるのかを示すわ。これは正義の正位置よ。このカードははっきり言えばかなりの幸福を示してるわね、占いの上では成功することが確定しているカードなのよ。ちなみに秘密名は真理の支配者の娘ね」

「えっと……すみません、一気に言われたんでイマイチわからないんだけど結局どういう結果なの?」

「そうね……現状はとてもいい方向に進んでいるのだけど今のままで満足したら貴方は孤立するわ、つまり職業柄失脚ね。ただ驕らずに堅実に努力すればトップアイドル間違いなしよ、がんばりなさい」

 傍目から見ればまるでイカサマでもしたのではないかとも思える程に良いカードばかりである。しかも彼女の職業から考えるにイカサマをする技量は申し分ないだろう。

「ま、私の占いは所詮は素人のものだから必ず当たるってわけじゃないけど、占いってのはきっかけに過ぎないんだから良い結果だったなら心に留めといても良いんじゃないかな」

「……うん、そうするよ」

 それだけ言ってリハーサルに戻ろうとする花村だが、途中で和田に引き留められてしまう。だが、小さな声で二三言話すと要は済んだとばかりに彼女は再度大広間を退出してしまった。

「何言ったんです?」

「いやぁ……私は彼女の後ろ側で見てたものでね、少し気になったんですよ」

 こそっと……具体的には真鍋に聞こえない程度の声で言葉を濁した彼の様子に、やはり都合の良いだけの占いに対する不信感を高めてしまったメンバー達がいたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 部屋の中には頭を押さえて蹲る男が一人。それを見下しながら傷の入った大きな水晶玉を両手で振りかぶる陰が一つ。

彼が起きあがったのと水晶玉が振り下ろされたのはほぼ同時であった。その水晶玉が自分の頭に当たる瞬間、彼の頭の中には無念と喜びがあった。その二つの感情を込めて彼は最後に首にかけたロケットを引きちぎり、せめて自分を殺した者に罰が下るようにと悪あがきをして意識を落とした。

それ以降彼の意識が帰ってくることはなく、そこには凄惨な現場と物言わぬ肉塊が残るだけだった……

 

 

 

 

山荘内に悲鳴が響いたのは、いつまでも来ないリハーサル終了の連絡が気になって様子を確認に行く人が現れてからだった。悲鳴を聞いて駆け付けた帝人を除く男性陣がめにしたのは死体になった木下の姿だった。既にこと切れた彼は俯せに倒れつつも右手に持った何かを守るかのように少し体が丸まっていて、逆の手には地に染まったタロットカードを握りしめている。

「まさか……佐藤さん! 急いで花村さんの様子を見に行ってください!」

「は?  何を言ってるんだ?」

「早く! 早くしないと……」

 突然叫びだした和田だがその声を中断させるようにまた別の場所で悲鳴があがる。それは和田が話題に出した花村がいるはずの部屋からであった。

「……説明してもらえるか?」

「相方が死んでるんだ、花村さんが妙に遅い木下さんの様子を見に来てもいいはず。なのにこの木下さんがいた部屋には花村さんの姿はなかった……つまり……」

「花村さんがこの部屋に来れない状態、もしくは犯人ってことになるか」

「そして今悲鳴が上がったということは……女性には見せたくはなかったのですがね……」

 

 結果を言うと花村は個人練習のための部屋で見つかった……ただし死体の状態でであったのだが。それを直視してしまった命は今気絶して寝込んでしまっているが彼女の咄嗟の機転によってそれ以外の女性陣は花村の死体を見ずに済んだらしい。

「情報を整理します。富士岡さん、応答を頼めますか?」

「構わないよ……これでまた君の活躍の場となった訳だね」

周りを混乱しているメンバーで固められた和田と富士岡の二人は方や真剣な表情、方や何故か楽しそうな表情で相対していた。

「茶化さないでください。まずこの山荘にここにいない人物がいる可能性は?」

「零とは言い切れないけど……少なくともかなりの自信でいないと言えるね。この辺りは人が来る理由がない」

「警察、及び遺族への連絡は?」

「少なくとも今は無理だね。ここは圏外で携帯の電波は届かない。固定電話はあるが電話線が切れていたよ」

 はっきり言ってこの場にいる人は皆、大なり小なり自分以外のメンバーに疑惑の目を向けている。それも当然だろう今回の死亡は事故によるものではないのだから……

「木下さんは近くに落ちていた水晶玉による撲殺、花村さんは木下さんの部屋にあるはずの小道具のナイフによる刺殺。詳しく死体を調べられない以上これ以上は言えませんが反論はありますか?」

「ないね、あそこまで堂々と凶器が落ちていれば素人でもわかる。それと、詳しく調べられないのは死体だけだね、現場の写真は残してあるから不信な行動さえしなければ現場検証はできるはずだ」

「部屋の配置ですが木下さんは二階、花村さんは一階で天井、もしくは床にだけ遮られていた。会談は大広間の向かいにあるもののみで大広間に人がいれば昇り降りする人は嫌でもわかると?」

「その通りだよ。ただ帝人君のように車椅子でも昇降できるように一階と二階にそれぞれ二つずつ山荘の外に扉付の大きなスロープがある。そこの鍵は帝人君に渡してあるものだけで普段は施錠しているね」

「犯人につながりそうな手がかりで思い当たるものは?」

「木下君が思わせぶりに握っていたタロットカードくらいかな。右手に握っていたのは例のロケットだったみたいだし、死ぬ直前に妹のことを想ったんだろうね。花村さんはナイフで後ろから一突きだったみたいだし……まったく、小道具に本物のナイフ使うなんて危ないよねぇ」

「タロットカードといえば床にも散らばってましたね、すぐ横に倒れたテーブルもありましたし上に置いてたのを倒れこみながら掴んで倒れたっていうのが自然ですね……そういえばどうしてタロットカードが木下さんの部屋に?  あれは花村さんのものでは?」

「うん、前もっては言えないことだったから仕方ないけどね……本当は今日、二人がやる予定だったのは交代マジックだったんだよ。トリックの問題で最初の数分は相方の特技をしなきゃいけないからって練習してたみたいだね……ちなみに水晶玉も花村さんの持ち物だよ」

「見た感じ殴打は二回ですかね……傷の場所が若干だけどズレていました」

 つまり彼らはお互いの小道具によって別々の部屋で死体となってしまったのである。青ざめた表情をしているメンバーもいる。考えてしまったのだろう。これは相方を殺害した犯人を呪い殺した、心霊的なものではないのかという有りえてはならない事件だということに

「まぁ現場に移動しましょうか。もし見たくない方がいれば男性陣から一人つけますので待機していてください」

「それが良いでだろうね……もちろん僕達以外に監視役はついてきてくれよ?」

 少しおちゃらけながら言う富士岡だが、ここにいる人間はそんなことを気にするほどの余裕さえなくなっていた。結局、監視役は佐藤が務めることになり、情報整理をしながらも二階の殺人現場へと向かう。

 

 

「さて……ダイイングメッセージで気になるのはやっぱりタロットカードの内容かな〜」

「これは……月だね、血で手から外せなくなってるけど絵柄が外を向いていたから助かったよ」

「……こんな時に言うことでもないが性格変わってないか?」

 和田、富士岡、佐藤の順番である。確かに敬語しか和田は使っていなかったが、流石にいつも敬語のままではないということだろう。

「ま、気にしないでくださいな……にしても富士岡さん、確認ですが今回の集めた人の基準って……」

「今、和田君が考えている通りだよ。結構な人数が断ったから役割が揃ってはいないけどね……ただ、そうするとこれは……」

「花村さんを指すことになるな……いや、何か……何かがおかしい……」

 二人の仲ではやはり基準というものが一致しているらしく、言葉にせずとも一つの結論に辿り着いたらしい。だがそれはありえないものらしく、再び和田は思考を始める

「……リハーサルが始まってから階段を使ったのは誰がいました?」

「真鍋さん、鈴木君、諸星さんだね。ちなみに帝人君はどうだい?」

「ずっと大広間にいましたね……ちなみにその三人の階段使った理由ってわかります?」

「理由か……聞いてないけど二階には宿泊用の客間もあるから荷物を確認しにいったって言われればそれまでなんだよ」

「死亡推定時刻も絞れないから順番も関係ないしなぁ……って命?」

それぞれのアリバイにまで考えを進めていると部屋にヨロヨロと不安定な歩き方ではあるが命が入ってくる。その顔はいまだ蒼白で、無理していることが丸わかりである。

「伝えたいことが……」

「後で聞くから寝てろ、馬鹿!」

「これだけ……花村さんの死体……血が少なかった……」

「さっさと大広間で寝て……何?  血が少なかった?」

「刺されたのに……血、狭くて……」

「……わかった、ありがとな。もういいから本気で寝とけ、もう俺達も戻るから」

それだけ言うと有無を言わさず和田は命を担ぎ上げて大広間へと足を進める。もちろん富士岡達も現場に残るわけにはいかなくなり、それぞれが何かを考えながら二人の後に続いている。

「カードの違和感……狭い血痕……ダイイングメッセージ……階層のアリバイ……」

「今回は悩んでるね……少し考え方を変えたらどうだい? 素人意見だけどその方が良い結果が出ることもある」

「発想を変える……現場に階段以外で良く方法?  ……見つかっていないダイイングメッセージ?  ……誤訳したダイイングメッセージ? ……ん?  誤訳?」

「何かわかったのかい?」

「一つ確認をしたいだけど……富士岡さん、さっきの三人の中でシートのようなもの持ってきた人っています?」

「いや、いないね。こちらから指定して持ってきた機材以外は大荷物はなかったはずだよ」

 カツカツと一定のリズムで鳴っていた足音が一つ無くなる。今の富士岡の言葉で何か思いついたことがあったのか、その場で黙り込んでしまう和田に富士岡が再度声をかける。しかしその言葉すら和田には届いていないらしく和田は答えない。

 やがて、不敵な笑みを浮かべ、自信に溢れた顔で大広間への道を再度歩き始めた和田が思考を声に出すことはもうなかった。

「なるほどね……把握した、ダイイングメッセージから犯人まで何もかも」

「……そうか、わかったのか」

「ええ、どちらにせよ警察が来れば確実だったでしょうが、これだけ情報があれば私でも犯人がわかりますよ」

再度敬語に戻った和田が意気揚々と大広間の扉を開ける。勢いよく開いた扉に驚くが、和田はその反応すら気にした素振りを見せず、むしろ堂々とメンバーの前で口を開く

 

 

 

 

 

「犯人……アナタですね?」

 

 

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