探偵喫茶――山荘事件・解決編――

                                                                       久賀峰

「犯人……アナタですね?」

「私……ですか」

そう言った和田が指さしたのは、先程の階段を使ったメンバーの中の一人である諸星だった。探偵である彼に名指しされたことに動揺したのか彼女はうろたえているが、実際問題として彼に指名された程度では逮捕されることがないだろう。探偵という公的でない職業で逮捕ができてしまえばこの国は成り立たないことは考えるまでもない。

「単純に考えれば階段を使ったメンバーの中の誰かが犯人になるはずなんですよ。もし階段を使った人すべてが木下さんの練習していた部屋に行ったのなら最後に階段を使った人になるんですけどね……」

「そうです! そんなのは証拠にならないじゃないですか! 証拠がないなら私が犯人だなんて言えるはずないじゃない!」

「証拠……ね。まず階段を使った三人ですけど鈴木さんが犯人だとは考えにくいんです。彼が犯人ならわざわざ二度も殴らずとも木下さんは死亡していたでしょう。そして真鍋さんの場合、これははっきり言って諸星さんとどちらが木下さんに暴行を加えたのかがわかりませんでした」

 やれやれとでも言いたげに大げさなポーズをとる和田に周囲の人間は違和感を感じたらしい。だが、その違和感を口にする前に当事者になっている諸星が和田への反論を始めてしまう。

「ならどうしてよ! 彼女だって二階に行ったんでしょう!」

「そう、彼女は木下さんとの喧嘩で泣いていましたからね。デリカシーのない発言かもしれませんが、事実彼女が戻ってきたときには涙で崩れたメイクが直っていましたからね……では諸星さんは何をしに二階へ行ったんです?」

「それは……そう、携帯電話を鞄の中に忘れてしまって……」

「迷いましたね? そもそも何も疚しいことがないのなら別に戸惑う必要もない……私がアナタを犯人だといった理由はあと一つ。最も私が信用していない理由ですよ」

 和田が何故芝居臭いとしか感じられない仕草で諸星を追及しようとしたのかを理解した数名は和田へ軽蔑の視線を送る。もちろん、正確に理解したわけでもないものもそのなかには混ざっているのだろうが、どちらにせよ彼自身信用していないという証拠を用いて他人を犯罪者呼ばわりしているのだからその視線も当たり前のものだろう。

「性別が同じ。職業も共に運動系とはお世辞にも言えない。会談を使ったタイミングは事件に関係しない……ないないづくしの状況なんです。これでは犯人候補を絞り込むことができても真犯人を当てるなんて奇跡がそこらの私立探偵にできる訳がないでしょう……疚しいことがあって、それを暴く人がいる。そんな状況なら自分が安全な立場であっても不安になる。さらにその人に名指しなんてされれば余程胆の据わった人物でもなければボロを出すものですよ」

 先程理解できていなかった者が一斉に和田へ非難の視線を浴びせる。彼が理由にしているものはそれほどまで外道なものなのだから仕方ないともいえるのだが、それまで尊敬の眼差しで見つめていた人が急に真逆の意思を込めた視線を送れるのだから驚きである。

「まさか……私を犯人と判断した理由って……」

「いやはや、なんとも素晴らしい理由だとは思いませんか? 素晴らしくくだらない。もしこんな理由で真犯人を突き止めるだけの推理小説なんて売っていたなら私はその出版社に直談判してしまうかもしれないほどですよ。実際の所、今の私も酷く納得がいかない……富士岡さん、彼女を別室に隔離しておいてもらえますか?」

「う〜ん、僕もこの結果は予想外だよ。もう少し小説みたいな推理が始まると思ったんだけどね。買い被りすぎたのかな……ああ、隔離だったね。それじゃあ僕の部屋を提供しようかな」

 富士岡が席を立ち、未だ和田を睨み続けている諸星を連れて大広間を後にする。それに続いてその場にいた全員が大広間を後にしようとするが、先に扉の前に辿り着いていた和田のせいで部屋をでることができない。

「和田さん……あんたの用事は終わったんだろ?」

「ええ、木下さんを暴行した犯人は今隔離しましたね……ですが誰が木下さんと花村さんを殺した殺人犯を隔離したと言いましたか?」

「……は?」

 その言葉にそれまで部屋を退出しようとしていた全員が凍りつき、その冷ややかな空気をそのまま乗せたかのような冷徹な視線を和田に向ける。だが、その視線が向けられた当人である和田は先程までの芝居臭さなど微塵も感じられないような真面目な表情で真正面から全員に相対する。

「そもそも捜査とかしているのにその結果を全て投げ捨てて犯人を指定するなんて在りえないでしょう? 諸星さんの件が何故あんなに投げやりだったのかも説明しますから富士岡さんが帰ってくるまでこの部屋で待っていてくださいね」

 和田がにこやかに浮かべたはずの笑顔は、その場にいた疚しいものを持っていない人を含めた全員を再び着席させるのに充分な迫力が伴っていた。

 

 

「まず諸星さんへの追及が推理とも言えないような稚拙なものだった理由から話しましょうか。皆さんもこれを聞かないとどんな推理を重ねても信用しないでしょうからね」

 富士岡が大広間に戻り、和田が真犯人を指名すると説明すると、彼は何故か嬉しそうに自分が座っていた席に着席して、和田の本当の解説が始まる。

「まず彼女を捕えてもらったのは、木下さんが撲殺される前に殺人犯以外の誰かに殴られたような痕が残っていたからです。殺人の犯人を捕らえるのは当然としても暴行が先に行われたのならばそちらの犯人も捕まえる必要があるでしょう。そして殺人犯ならともかく情報が足りていない暴行犯は殺人犯にその罪を擦り付ける可能性がありました。だからこそ無理矢理ではありましたが暴行犯を捕まえることを優先させ、殺人犯については別室で行うことにしたのです」

「和田君、そもそもなんで犯人が二人だとわかったのかな?」

「それは木下さんの頭の傷が二つあったことと彼がダイイングメッセージを残せたことで推測することができました。これは二度目の殴打で木下さんが亡くなったことを示していますが、一度目の殴打の後に彼は左手で傷口を触っているはずです。さらにタロットカードは元々テーブルの上にあったはずなのですから、もし犯人が一人だったなら、態々ダイイングメッセージを残している木下さんを見逃すはずがありませんよ」

 富士岡の質問に対してたいした間もおかずにスラスラと和田は返答する。つまり彼にとってはこのことは質問されるだろうと考えていたのだろう。

「そこで私はこの事件は二人の犯人による時間差のある事件だと判断しました。まず暴行犯が木下さんを殴ります。この時諸星さんが部屋を去っているため木下さんは出血しながら気絶したと考えられます。そして木下さんが起き、傷口を左手で押さえているところに殺人犯が入室したのでしょう。水晶玉を持った犯人に対し、木下さんはなんとか逃げようと背を向けます。ただ犯人は木下さんより扉側に立っていたのでしょう。彼は逃げるのを諦め、せめてもの抵抗としてダイイングメッセージを残そうと、タロットカードを持ったところで殺人犯にとどめをさされてしまったのだと私は考えました」

「……ちなみに犯人が諸星さんでなかった時はどうしていたのかな?」

「謝ります」

「は……?」

 再度の即答。ただしこれは先程のように理由を述べて……といういかにも探偵らしいものではなく、むしろ子供が言いそうなほどにあっさりとしたものでした。

「だいたい私のような探偵の推理なんてコネでもなければ警察はまともに取り合ってくれませんよ。だから謝り倒してでも許してもらおうと考えていました……暴行犯の方は容疑者が二人にまで減っていましたからね。間違えたならもう一人を疑えば良かったんでwす」

「……ブラフで諸星さんを釣り上げたようなものでしたがブラフに食いついてくれなかったらどうしてたんです?」

「おとなしく警察に二人とも引き渡してましたね。私の杜撰な捜査なんかより警察の捜査の方が詳しい情報が手に入るでしょうし……今の社会人なんて叩かれて埃が出ないような潔癖な人は本当に極少数ですからね。どちらにせよ逮捕まで漕ぎつけることができるでしょう」

 随分無責任な推理である。ただ、それは自分では情報を集めきれないと判断した時点で切り捨て、殺人犯の確保という重要案件に全力を注ぐことにしたということとも解釈することができる。

「さて、ではそろそろ殺人犯の発表といきますか。諸星さんを指名した時は安心できましたか? 流石にそのまま逃がすことはしませんので諦めてください……アナタが木下さんと花村さんを殺した真犯人なんですよね?」

 諸星を指さした時よりも饒舌に、そして緩慢な動きで振り上げられた右手は再度犯人へと向けられる。そしてその指の先にいたのは……

「逃がしませんよ【皇 教子】さん」

 他の誰でもない、私自身だった……

 

 

 

 目の前で依然としてビデオカメラを構えている女性……帝人君の実の姉であり、一流のカメラマンでもある教子さんは、やはり俺に疑われているとは考えてもいなかったのだろう。少しの間硬直し、その後ようやく疑われた理由を口にした。

「何故私が犯人だなんて言うんですか?」

「理由は三つあります。まずは一階と二階を自由に行き来できる人間を考えたとき、帝人君の保護者であるアナタならばスロープを使えることに気付いたことです」

 そう、いくらスロープがあるとはいえ、ここは個人の所有する別荘であり、その大きさも高が知れている。ならばそのスロープの傾斜を緩くするにも限界が出てくる訳で、流石に小学生の腕力では一人で昇り降りすることはできない。だからこそ教子が彼の身内であり、彼の保護者という立場としてそのサポートをすることは想像に容易い。故にスロープの鍵も彼女が帝人から預かっていても不思議ではないと考えることができる。

「次の理由はダイイングメッセージです。これはこの集まりにも関係しているのですが……答え合わせです。富士岡さん、この集まった人達の基準はタロットの大アルカナですね?」

「うん、本当はタロットに対応している人を一人ずつ呼ぼうとしたんだけど欠席者も多くて残念だよ」

 タロットの大アルカナとは愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋人、戦車、力、隠者、運命、正義、刑死者、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界の全二十二種からなっている。ここにいる全員は名前の漢字の読みを変えたりそれを並び替えたりするとそれぞれの大アルカナに対応するようになっている。ただ、俺と富士岡さん、命、木下さんだけは名前から取ったわけではないらしい。

 まず木下さん。これは単純で彼がマジシャンだから魔術師に対応させたのだろう。花村さんとの相性を考えて彼を魔術師としたのかもしれない。次に命。これは彼女が自称運び屋だからだろう。運び屋命……つまり運命である。もっとも、彼女についてはどうやら富士岡さんが即興で思いついたらしく想定していなかったようだが。

「私と富士岡さんの対応するものを考えるのがやはり難しかったですね……アナグラムに気付いたのも奇跡に近いですよ」

「そう言いながらすぐに解いちゃった辺り、和田君は凄いよねえ」

 そして俺と富士岡さんは、ローマ字表記にした後に並び替え――つまりアナグラムを行うことによって富士岡さんが愚者(THEFOOL)であり俺が世界(THEWORLD)であることがわかる……RとLはこじつけのようにも感じるが欠員補充だったようだし仕方ないだろう。

「知ってます? 新潟にルーツがある名字で世界さんっているんですよ? あいにくと日本に二十人くらいしかいないようですが」

「……本当かい?」

「疑いたくなるのも当然ですが本当です……さて、このダイイングメッセージですがこれによると教子さん、アナタは女教皇のようですね?」

「ええ、でもそれがどうしたの? 確か木下が持っていたのは月のカード、それは殺された花村美月を示すカードじゃない」

「そうですね……でもおかしいとは思いませんか? 木下さんは倒れこみながらタロットを掴んだんですよ? どうして裏向きのまま絵柄がわかったんですか?」

「え……」

 そう、彼の掌が触れていたのはタロットの裏面である。つまり裏向きで置いてあったはずのタロットの絵柄をどうやってダイイングメッセージに使えるのだろうか。

「これはただタロットカードが関係していることを示しているだけだと考えるしかないでしょう……ではタロットの何がアナタを示したのか。それは逆の手こそがヒントでした」

「逆の手? 僕の記憶が正しければたしか彼はロケットを握っていたんじゃなかったかな?」

「富士岡さんの言うとおり彼は星型のロケットを握っていました……これだけ聞くとまるで諸星さんが犯人のようですね。間違ってはいませんが今回はこのロケットの材質まで考えることにしました」

 そう、タロットで星ならば諸星さんが怪しく思えてくる。だがそれは三つ目の理由で在りえないとわかるのだ。だからこそ俺はこのダイイングメッセージの意味を誤解していた。

「ヒントをくれたのは真鍋さんと花村さんでした。このロケット、たしか銀製でしたね? ならばタロットにはこれらの情報に一致するアルカナがあるんですよ」

「それが私の……?」

「そうです【銀の星の女司祭】である女教皇……無くなる直前、真鍋さんの占いに登場したカードですよ」

「でも……でもそれだけなら私じゃなく諸星が犯人かもしれないでしょう!」

「それは最後の理由でわかりますよ……最後の理由とは花村さんの出血量についてですよ。」

 そう最後の理由は命が体調が悪いにも関わらず教えてくれた異変についてである。そもそも命は知っているのかはわからないが刺殺というものは元々あまり出血しない場合がある。それは刃物を傷口から抜かなかった場合と、タオルなどを体と刃物の間に挟んだ場合である。

ただ、今回はタオルの可能性は少ないのではないかと考えた。そもそもタオルを回収するためにナイフを抜いたはずで、余程吸水性の高いタオルでもなければ目に見えて血液の量が減ることはないだろう。

ならばただ犯人がナイフを抜かなかっただけだろうか? それも考えにくいのである。彼女は木下と違い、ダイイングメッセージを残していない。死者が必ずダイイングメッセージを残すとは考えられないが、せめて犯人の手掛かりを残そうとする人は少なくない。だからこそ俺は彼女は即死、あるいはそれに近かったのだと推測した。すると重要な器官をナイフで貫いたことも併せて推測することができる……つまり心臓や首などの血管が多い場所となるわけで、ナイフを抜かないにしても今度は返り血が問題になる。

「だからこそ、犯人は何かを挟んで急所に刺したと考えることができます。ただしナイフを抜かずにそのまま挟んだものを端まで切って回収したのだでしょう」

「ならタオルを使えばいい! 彼女だってバスタオルくらいは持ってきたはずよ!」

「それでは風呂で使えなくなりますよね? 忘れたと言い張るにはタオルは旅行鞄の中では結構嵩張ってしまいます。とはいえこの山荘で捨てれば重要な証拠になってしまうから持ち帰るしかない」

「じゃあ別の何かを使えば……」

「普段持っているものでそこまで応用が利くものは多くないですよ。そもそも出血量が予想できない以上はある程度の大きさがないときちんと返り血を防げるかもわからない……そして大きくなれば目立ってしまうから持ち込みの時に声をかけられているはずです」

 つまり、ある程度の大きさのものを違和感なく持ち込むには機材として持ち込む必要がある。その上殺害以降は使用してはいけないのだ。使用したものはかなり厳選する必要があったはずである

「ところで……カメラマンの教子さん、たしか背景スクリーンって布のものがありましたよね? もし持ってたら見せてもらえませんか?」

「……」

「答えてもらえませんか……ではアナタの機材、調べさせてもらいますよ? 主役の二人が亡くなってしまったのですから使うこともなく荷物と一緒にあるはずですよね?」

 

 

 

 

「それで教子さん、捕まったんですか?」

「命が寝てる間にな。どうも機材入れに二重蓋作ってその中に血濡れでボロボロのスクリーンが入ってたそうだ」

 あれから夜が明け、俺と命はようやく帰路につくことができていた。依頼主の前ということでずっと敬語を使っていたせいで、砕けた口調で話していると解放感がかなりの快感だと思えてくる。

「ちなみに動機は帝人君の事故の原因があの二人だったんだと。それで諸星さんは帝人君の大ファンでな、噂でそのことを知ったから問い詰めに行ったらしい」

「それで口論になってガツン! ですか……そりゃ和田さんも仏頂面になりますよね〜」

「……俺が割り切れないのはそれじゃねえよ」

「え?」

 鈍いはずの命に俺の機嫌が判断できていたことにも驚くが、命の鈍さ以上に俺が負の感情を表情に出しているのだろう。

「どうにも富士岡さんは今回の事件が起こることを予想してたように思えるんだよな……」

「そんなわけあるはずが……」

「そんな偶然に昔の事件の犯人と被害者が同じパーティーに出るかっての。明らかに選んでんだよ、わざわざ推理役まで呼んでな」

 後になって教えられたことだが、審判に対応する人物として警察関係者まで招待していたらしい。おそらくはこの事件が起き、俺かもう一人が解決することを期待して今回のパーティーを開催したのだろう。

「直接殺人を唆したわけでもないから殺人教唆にはひっかかんねえし……あ〜もうイライラする!」

「いったいなんでそんなこと……」

「そんなん決まってる……あの数字第一だった富士岡さんだ、盛り上がるドラマならカメラに収めときたいだろうよ」

「やっぱりわかりませんよ……それより、アナグラムについて説明してた時にかっこいいこと帝人君に言ってたじゃないですか。面白かったですよ〜大真面目に偉大なる芸術とか笑っちゃいますよね」

 車を運転しながらも器用に爆笑している命を眺め、思わず俺は大きな溜息を一つついてしまう。運転中に小突くのは俺の身の危険にも直結するので信号待ちまで好きに笑わせておき、赤で止まったら即小突く。

「偉大なる芸術はアナグラムをラテン語読みしたアナグラムだっての。だからおまえはの〜たりんなんだよ」

 知識が足りなかった自分への恥じらいか、命の顔が真っ赤に染まったのは言うまでもないだろう。

inserted by FC2 system