銀杏コンビのレイニーデイ

                        黒星

 

 銀杏コンビ。

 それが三枝(さいぐさ)(きょう)三森(みもり)(しろ)を一括りで表す場合の呼び名だった。

 (わたし)としてはそんな悪臭のしそうなネーミングはお断りだったんだけど、銀ちゃんがいたく気に入ってしまい、そのまま定着して今に至っている。

 そんな、コンビと呼ばれるにふさわしい程度には仲のいい私たちは、現在、雨の日の過ごし方について口論していた。

「雨降ってるんだから、家の中でごろごろしてるのが正解でしょ」

「そんなことないよ。雨が降っているからこそ外に出るべきなんだよ」

 ……ああ、一つ目のインドア意見を出してるのが私ね。

 事の発端は、休日に雨が降ってテンション上がった私が家でまったりくつろいでいる時に、銀ちゃんが遊びの誘いをかけたことだった。

 私ダウナーだし、インドア派だから、遊ぶんなら部屋の中がいいと思ったのよ。

 ところが、元気バカでアウトドア派の銀ちゃんは、あろうことか外で遊ぼうなんて言い出してきたわけよ。

 雨の日の過ごし方としては、どう考えても私の意見の方が理想的なのに、この娘は納得しないで、独自の超理論を用いて私を説得しようとしてくるのだ。

「ねえ杏ちゃん、知ってる? 生き物は海から生まれたんだよ」

……知ってるけど」

「なら分かるでしょ。その海を作ったのは雨。つまり雨こそが人類のお母さんなんだよ」

……う、うん?」

「だからお母さんに感謝するためにも、私たちは雨の中で遊びまわらなきゃならないの。分かった?」

 いやいやまったく分かりません。

 ……ね。面倒くさいでしょこの娘。

「私の人生のスローガンは『悔いなく遊びきること』だよ!」

なんて公言していることからも分かる通り、銀ちゃんの脳内は遊びの算段であふれかえっている。

 それ故、世界の事象すべてに遊ぶ理由を見出すために、わけの分からない理論武装を施したりしているのだ。

「ねえほら行こうよ杏ちゃん。私たちのお母さんが待ってるよ?」

「いや、私のお母さん下にいるし……

「おばさんは紛い物のお母さんだよ」

「なんてこと言うんだよ!」

 それ何も知らない人が聞いたら、三枝家の家庭事情を勘違いされちゃうじゃん!

 まぁ、ここは自宅だから問題ないんだけどさ。……今ドアの外から聞こえた嗚咽を除けばだけど。

「ふふん」

 何故今のでそんなドヤ顔ができるのか理解に苦しむ。

そして、あの目だよ。「反論できるならしてみるがいいさ」とでも言いたげなあの目。よっぽど自分の超理論に自信があるんだね。

……いいよ、反論してやろうじゃん。

「銀ちゃんさ、いま感謝がどうのこうのって言ってたよね?」

「言ったよ」

「じゃあさ、その感謝すべき対象を土足で踏み荒らしたりするのも感謝のうちに入るの?」

 銀ちゃんがはっとした顔をする。どうやらそのことをまったく考慮に入れてなかったらしい。

 聞いた瞬間から思ってたけど、あの理論穴だらけだわ。

「そもそも雨の日に外で遊んだらさ、雨に濡れるわけでしょ。体は冷えるし、最悪風邪ひいちゃうかもしれない」

 私が何か言うたびに銀ちゃんの顔色が悪くなっていくので、ここぞとばかりに私は畳み掛ける。まあ正論しか述べていませんけどね。正論怖い。

「で、銀ちゃんの言い分だと雨はお母さんなんでしょ? そのお母さんが、自分が原因で子供に風邪ひかせちゃったなんて知ったらいったいどう思うんだろうね?」

 がくんと銀ちゃんが崩れ落ちる。これは、勝利だね。インドアがアウトドアに勝ったんだ。

「つまり、お母さんに迷惑も心配もかけない屋内での遊びこそが雨の日の過ごし方なんだよ」

 びしっと、無駄に白熱したダウナーには似つかわしくない感じで結論を述べる。すると、床にへたり込んでいた銀ちゃんがぷるぷると震えだした。

 一瞬泣くのかと思ったがそうじゃない。この娘はそう簡単に泣かないのだ。だとすればこれは……

「う、うるさーい! とにかく外で遊ぶのー!」

 理論をかなぐり捨てて掴みかかってくる兆候だ!

 銀ちゃんが私の肩を掴んでぐらんぐらん揺らしてくる。これは私が渋りまくった際に行われる最終手段だ。そしてその効果は、ダウナーかつインドア派で、体力不足の私には絶大で、

「わ、かった、から、やめて銀ちゃん……」

 こうして屈してしまうのだ。

「そっか! じゃあ行こうすぐ行こう!」

 ぱっと手を離され、私はぐったりとベッドに倒れこむ。それに構わずまくしたてる銀ちゃんに、私は一つ頼み込んだ。

「でもせめて、せめてさ、着替えさせてよ。パジャマのまま外に出たくないし……」

「あ、そうだね。分かった、待ってるね」

「うん、ありがとう」

「いえいえ」

「…………」

「…………」

「…………部屋の外で待っててくれないかな?」

「あ、はーい」

 銀ちゃんが退室する。足音がどんどん遠ざかっていくので、玄関のほうまで行ったようだ。そういう配慮ができるのなら、もう少し別のところも配慮してほしいな。

 部屋が一気に静かになる。私が好きな空気で、銀ちゃんが嫌いな空気だ。昔からずっと思っていたことだけど、こんなのでよく友達やってるよね。

……いや、違うか」

 こんなだから友達としてやっていけているのか。

 ダウナーと元気バカ。まったくの正反対の性質を持ってる私たちだからこそ、お互いの欠点を補い合えるし、知らないことも教え合える。結構相性がいいのだ。

 まあそもそもそうじゃないと、あんな口論もできないしね。何せ今のは全部、自分のテリトリーで相手をもてなしたいがためにやっていたことなんだから。

「疲れるなー、友達って」

 本当、疲れる。相手が好きすぎてケンカするなんて、端から見たら滑稽以外の何物でもないよ。

 私がそうやってにやけていると、ドア越しから声がかけられた。

「杏ちゃーん、まだー?」

「もうすぐだから待ってて」

 濡れても問題なさそうな服をまとって準備を終える。さあこれから、大雨の中銀ちゃんに引っ張りまわされる時間が始まっちゃうな。

 それはそれで銀杏コンビらしくて、ダウナーな私でも楽しみではあるけどね。

 

                         了

 

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