甘               斎槻

 

 いつからこんなにも君は大きくなっていたのだろうか。

人は長い時間を過ごしながら成長していく。その中で君が成長していったことは自然なことで、時間が止まっていればいい、と願った僕がまるで不自然だったのだろう。僕の脳内に描かれている君の姿と、今目に映る君の姿はあまりにも不釣り合いで、ただ僕が昔の思い出に縋っているだけだということを証明した。

 

 十五年目の二月十三日。バレンタインデー前日。クラスの女子は友チョコの交換の約束をしたりでにぎわっていた。最近のバレンタインは告白をする機会というよりも、チョコレートの交換会の方が近いものがあった。このクラスに何人、バレンタインというイベントに乗じて告白を受けるだろうか……ひょっとしたらいないかもしれない。ふと、君の方に視線を向けてしまっていた。

クラスの友人は『女子ってよく何十人分ものチョコを作るよな』『女子じゃなくて良かった』『そういいながら、ちょこっとは欲しいとか思ってんだろ? チョコだけに』女子を横目に冗談まじりでそんなことを言い合っていた。僕も適当に相槌を打っておく。
「お前はどうなんだよ」

不意に話を振られ一瞬言葉が詰まる。

「僕は……甘いもの、得意じゃないから」

 僕はほんの少し嘘をついた。

 

 女子たちの声は教室によく響き渡る。休み時間でたとえどんなに大勢でうるさくても誰が何を話しているのか、耳を傾ければ聞き分けることぐらいはできる。今はバレンタインの話で持ちきりだ。しかし何故だろう。いくら周りがうるさくても、ちゃんと耳に届いているのは君の声ばかりだった。幼馴染だったからだろうか。幼少期から、今中学生までずっと同じ学校でいたからだろうか。昔から仲よく学校でもずっと一緒に遊んでいた。中学生になってからはお互い何となく、ただ、なんとなく話すことが減ってきていた。そういえば、最近はいつ君と話をしたのだろうか、君はいつからそんなに大人びていたのだろうか、なんで僕は君のことばかり見てしまっているのだろうか。幼馴染というものはこんなものだったのだろうか。

 

『ねぇ、みんな誰かに本命あげたりしないの? せっかくのバレンタインでしょ?』『ないよぉ。そんな良い人、この学校にいないってば』君がいる、友達グループの方の会話だった。君に話が振られているのがなんとなく聞こえた。

「ね? どうなの?」

「私は……実はいるんだ。チョコあげたい人」

『えぇ〜〜〜』

 君の回答に、君の友人らは教室に響き渡るぐらいの驚きの声をあげた。一瞬にしてそちらにクラス中の視線が集まった。

「もう、ばか! 静かにしてよ……。恥ずかしいじゃない」

 君は赤面していたが、友人らは君の話を聞きたくてそんなことはどうでもいいらしい。

『で、お相手は誰なの?』

 

「……先輩」

 

心がなぜだか、重たくなった。

 

 君の友人らは君の回答に対して『どの先輩なの?』『この学校?』『どこで知り合ったの?』などと、盛り上がりを見せていた。

 僕はなぜだか、ものすごく胸が苦しくなってきた。今まで経験したことのないような苦しさ。よくわからなくて虚しくて。何が虚しくて、何が苦しいのかわからなくて、まるで、思考回路が停滞し始めているような気分だった。

 

 学校から帰ってきて部屋で一人。ふと、涙が一筋流れた。君の言葉が頭の中でぐるぐるとまわっていた。

僕は……。

君の声と言葉。考えるたびに涙がだんだんと溢れてきて、僕はようやく自分のこの涙の正体を理解することができた。どうしてこんなにもわからなかったというのか。僕はただ鈍感だった。

僕はこんなにも、君のことが好きだったなんて。

 

朝、いつも通り学校へ行く支度していた。昨日、気づいてしまった気持ちはどこにもやり場がなかった。僕は勝手に失恋というものをしてしまっていた。勝手に泣いて、勝手に落ち込んだ。でも、どうしようもできるわけがない。いつも通りの時間に家を出た。しかし、玄関を開けるといつも通りではなかった。家の前に君が立っていた。

「え」

 僕は思いがけず腑抜けた声をあげた。

「あ、あのさ!」

 君は僕の胸に小さな紙袋をおしつけてきた。よくわからないままそれを受け取る。

「そのっ、ずっと、好きでした」

「」

 言葉が出なかった。今目の前で起こっていることが、何で、どうなっているのか、さっぱりわからなくなっていた。

「あ、はい」

 混乱しているにも関わらず、言葉は不意に口から飛び出した。僕が返事した言葉を聞いた君は涙をぼろぼろと流した。

「ほんとうに? ほんとうに、付き合ってくれますか?」

 君は問うた。

「……え、いや、あ、うん。……いや、だって、昨日、先輩が好きだとか話していたじゃないか」

「あ、あれは、本当のことを言ったら余計に茶化されるから……。そ、それにあんただって甘いもの苦手とかいってたじゃない。チョコ渡していいか真剣に考えていたんだからっ!」

 なんとも早口で一息に話された。どうやら僕は告白をされたらしい。それをゆっくりと理解し始めた。自分がどういう状況に置かれているのかがわかりはじめると、今度は嬉しさがやってきた。

「僕は君のことがずっと好きだったんだ」

 

 

 十五年目の二月十四日。バレンタインデー。どうやら、君に距離を感じていたのは僕だけで、僕が勝手に距離を作っていたらしい。君が大人びて見えたのも、何故か遠くに感じたのも、全部僕が勝手に作ってしまっていただけだったみたいだ。だけど、今は違う、こんなにも君が近い、手が握れるほどに。

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