「明滅」 斎槻
T、少年の話。
これは、過去を変えようとした、愚かな少年のお話。
少年は、死んでしまった少女に会いに行くために、タイムマシンを造りました。大好きな少女を生き返らす為です。必死に少年が造ったタイムマシンは、見事に完成し、そして、早速過去へ向かいました。しかし、到着した過去は、少年が行きたかった過去とは別でした。時間も場所も同じなのに、違っていました。パラレルワールドだったのです。同じ過去でも、複数存在します。少年が戻りたかった過去へ到着することに失敗したのでした。
代わりに到着した過去は、少女と出会ってもいない過去でした。そして、全く楽しくない、寂しい過去でした。少年は、それ以上、過去を見るのが怖くなって、現在へ帰ろうと、タイムマシンに飛び乗りました。しかし、タイムマシンは、起動するのに、動いてくれず、現在へ帰ることができません。
「帰して! 帰して!」
叫んでも、聞いてくれる人も、聞こえている人もいません。
「助けて! 助けて!」
タイムマシンは、ボタンを必死に押しても動いてくれません。
「嫌だ! こんな過去嫌だ!」
少年は、焦りと恐怖でいっぱいでした。すると、少年の思いが通じたのでしょうか?タイムマシンは動きだし、少年をその過去から連れ出しました。
少年はあまりに突然のことだったので、何が起こったのかわかりませんでした。少年が着いたのはまた同じ過去でした。しかし、先程とは状況が違います。少年が会いたかった少女がいます。少年はタイムマシンから飛び降りて、走って少女の下へ向かいました。少女は丁度、横断歩道を渡りだした時でした。少女は向かってくる車に気づいていませんでした。少年もまた気づいていませんでした。そして、少女は少年の目の前で、跳ねられてしまいました。目の前の光景は、あまりにも一瞬の出来事でした。
少年は叫びました。絶叫しました。頭がおかしくなるようでした。少年は少女に近寄り触れようとしました。しかし、少年の手は、少女の身体をすり抜けて、触れることが出来ませんでした。少年は泣き叫びました。涙で霞んだ世界は、あまりにも残酷なものでした。
少年は立ち上がり、今度こそ事故が起きないようにしようと、タイムマシンで、また同じだけど違う過去に向かいました。
少年が着いた時には、すでに少女は横断歩道を渡りだしていました。少年は必死でした。必死に、走りました。
「――」
ふいに、少女が口を開きました。しかし、何を言っているのかわかりませんでした。
「――やめて」
少女は車に跳ねられた後でした。しかし、少年には、少女の声が耳に響いていました。
「駄目だよ、馬鹿なこと考えちゃ!」
「どこにいるの!!」
少年の目の前には、道に横たわっている少女の姿だけがありました。
「もとの場所に帰ろ?」
「ねぇ、いるなら出てきてよ! 会いたいよ! まだ、話したいよ!嫌だ、離ればなれなんて嫌だよ!」
少年は泣いていました。
「泣かないで。大丈夫、私はいつだって君の側にいるよ。姿が見えなくったって」
「それでも嫌……だよ……」
「わがまま言ったら駄目だよ。これが私の運命なんだもの。ね? 帰ろう? 元の世界に。私の分まで幸せになって」
「幸……せに……?」
「うん。私は、君が私の為に、こんなに頑張ってくれたことだけで、もう充分幸せ」
「待って!」
少年が目覚めた場所は、自宅の研究室でした。時計を見ると、現在の日時でした。少年は現在に帰ってきました。
「幸せ……」
少年は反復するように、呟きました。
「私の分まで幸せに生きて」
少年は声がした方に振り返りました。そこには、少女が立っていました。
少女はにっこり微笑んで、静かに消えていきました。
これは過去を変えようとした少年が、大切なことに気づいたお話。
U、少女の話
気づけば私は事故で死んでいた。
突然すぎて何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。青信号で横断歩道を渡って……それから……。いつの間にか視界は地面を見ていた。周りには人の足が、私を取り囲んでいるようだった。
「救急車を呼べ!!」
あちこちから、いろんな声が聞こえていた。しかし、その声もだんだん遠くなっていった。
私が最後に見たのは、家族の泣き顔だった。そして、大好きな彼の泣き顔。泣き声ばかり聞こえていた。みんなに覗きこまれていた。
しかし、それを見たのは、ほんの束の間のことだった。
目をつむって、また目覚めると私は寝ている私を見ていた。病室だった。家族は眠っている私を取り囲み、泣き叫んでいた。この時、私は自分が死んでしまったことを知った。私は幽霊みたいなものになってしまったのだろう。大好きな彼の泣き顔だけは見たくなかったのに、彼が一番泣いていた。抱きしめて、泣かないでって言ってあげたいのに、私の身体は、彼に触れることを許してはくれなかった。
どうすればいいのか分からないまま、私は家族の周りをふらふらとしていた。これを彷徨っている、というのだろう。何日も、ただ、ふらふらと……。
ある日、動きが変わった。今までずっと部屋にふさぎ込んでいた彼が、急いで研究室に行き、何かを調べ始めた。引出やら、棚やらから、ありとあらゆる資料を持ち出して、そして、調べ物に打ち込み始めた。それは数日どころではなく、何日も、何か月も、何年も。私は、それをずっと見ていた。幽霊のようなこの身体はどうやら、疲れというものが無いらしい。私はいつも、いつでも彼の傍にいた。こんなにも、ずっといたら、ストーカーみたいだと思ったけど、他に行く場所が分からなかった。動けなかった。だから、ずっと同じ場所にとどまっていた。ずっと見ていたけど、来る日もくる日も、彼は調べものをして、少しずつ何かを造り始めていた。資料をこっそり覗いてみたけど、わけのわからない数式だらけだった
いつしか、造りはじめていたそれは、形になりだしていた。
「もうすぐ会える……」
そんなことを呟いていた。何のことか気になって、わけの分からない書類を端から読んだ。
『time trip』
あふれる数式から、唯一読み取れたのはその単語だけだった。何となく状況を察した気がした。しかし、彼がまさか本気でそんなことを考えていたなんて思いもしていなかった。そんな簡単に造れるわけがない、そう考えた。まず、そんなこと考えるような人じゃない、そう信じた。
珍しく彼は研究室から出てリビングにいた。彼の周りにはいくつものアルバムが散らかっていた。彼が手にしていたのは、私との写真だった。
「君は、今何をしているの……。空の向こうで、元気にしてるかな? でもね……もうすぐ君に会いに行くからね……」
『え?』
彼は、もしかして、私の後を追って、死んで――
「あともう少しで完成するんだ。君に会いに行く方法。ずっと、君と一緒にいられる方法……」
『私は……ずっと……いるよ?』
声が届かないと、知っていても。
「僕ね、タイムマシンを造っているんだ。これでね、君がいなくなる原因をすべてなくせば、君と、また会える……」
そういった、彼の笑みは、表情だけのものだった。顏は笑っているのに泣いていた。いつも、彼は泣いていた。
『タイムマシン……』
空想のモノだと思っていた物が完成するという。発達した現代で、ある程度の技術のモノには対して驚かなかったが、今回はほんとに驚いた。そして、驚きのまま、タイムマシンが完成する日が訪れた。
「できた……できたんだ!!」
朝、彼は喜びと興奮でいっぱいだった。彼はすぐさま過去へ出かける準備を始めていた。
「いかないで!」
そう叫んでも私の声は彼に届かない。ついに、彼は過去へと向かうボタンに手をかけた。私は彼を引き留めたい一心で、彼の腕をつかもうとして、やはり失敗した――。
気づけば、私は交差点にいた。目の前には『私』が倒れていた。私は過去にたどり着いたようだった。どうやって、ここにたどり着いたかは分からない。しかし、そんなことよりも、目の前の彼に伝えたくて必死だった。『もう何もしなくていい』『私は何時だって君のそばにいる』伝えたい思いが溢れだしそうだった。
『伝えたい』
そう願った、心の底から願った。私は交差点の先にいる彼に叫ぶ。
「やめて!」
彼がはっと振り返り、私は驚いた。私は早く言いたいことを言おうと思った。この時何故か、時間がないことを私は悟った。
「駄目だよ、馬鹿なこと考えちゃ!」
過去なんて変えられないことを彼も分かっていたはず。だけど、彼には私の姿が見えていないようだった。しかし、私は声が届くだけでも充分だった。
「もとの場所に帰ろ?」
ここにいては駄目なんだ。
「わがまま言ったら駄目だよ。これが私の運命なんだもの。ね? 帰ろう? 元の世界に。私の分まで幸せになって」
運命なら仕方ない。わがままなんて、言いたくても言えない。
「うん。私は、君が私の為に、こんなに頑張ってくれたことだけで、もう充分幸せ」
何より、私のためにこんなに頑張ってくれたことが、嬉しかった。私は、すごく幸せ者なんだろうな、そう思った。会えない辛さもあるけれど、それよりも、こんなに私のことを考えてくれていただけで充分過ぎた。
だから、私は彼に、
「私の分まで幸せに生きて」
心の底からの願いを伝えた。
最後ぐらい、君の目に、私は映ったかな?