輝く音色
固い空箱
大荷物の重さに喘ぎつつ、緩やかな階段をゆっくりと登る。
周りを見渡すと木だけが目立ち、耳をすませば町の喧騒ではなく小鳥の囀りが聞こえる。
時は日曜日、場所は間違いなく山の中である。おおよそ普通に生活していれば迷い込むことはないような山道に、どうして私はいるのでしょうか……。
「ほらほら、急いでよ。日が暮れちゃうぜ」
「じゃあ手伝ってよ……一人に任す量じゃないでしょうが、これ」
「口を動かす前に足を動かせー」
「目的地についたら覚えてろよ……!」
この子のせいなのは、言うまでもない。
夏が終わり、秋が深まる今日この頃。
山は赤らみ、空は高く、馬は肥えて、シルバーウィークが期待されては落胆される季節である。
スポーツ、読書、食事の秋ではあるものの、私はその内の一つとして享受することは叶わなかった。
もちろん私自身、体育の授業でバスケを楽しみ、楽しみにしていた小説の新作を買い、少しくらい食べ過ぎで体重が増えても大目に見る気ではあった。
そんな儚い決意をいとも簡単に、かつ自分勝手にぶち壊したのが、我が名賀高校が誇る不思議っ子『レイ君』である。
「うん? 何さ、そんな恨みがましそうな顔して」
「それを本気で分からないみたいな顔しながら言えるのは、レイ君くらいだよ」
「そう? いやぁ照れるね」
褒めてないです。
私が恨みがましくレイ君を睨んでも、レイ君は歯牙にもかけない。
しかし改めて思い返せば、レイ君が何かを歯牙にかけることの方が少ないことに気付いた。
授業は睡眠学習だし(校内で起きて動いている姿が都市伝説化してさえいる)、教師の注意もなんのその。
……そういえば、レイ君とは小学生からの長い付き合いなのに、プライベートでの係わりはまったく無かった。レイ君のこと、全然知らないんだなぁ……。
「ほらほら、馬車馬のように働けー」
「くっ……体が自由になった暁には覚えてろよ……!」
だからといって、この狼藉はひどいと思うんだけど。
現在の私の状態はといえば、私の身の丈ほどある大きなリュックサックを背負い、急勾配の山道を登らされている最中というもの。
「私が何をしたというのか……」
「意味が分からないよレイ君……。それに、私がレイ君に付き合う道理も義理もないと思うんだけど?」
嫌味で言ったつもりだった。しかし、レイ君から衝撃の一言が返ってきた。
「ないよ?」
という、しれっとしたレイ君の一言が。
「えぇぇ……じゃあ断ってもよかったの? 断ったら私はこの苦行から解放されるの?」
「うん。嫌だというなら僕は止めないよ」
なんだろう、この肩すかし感。少しくらい無理強いして、私を引き留めるくらいのことをしてくれないと、私もなんとなく後味が悪いんだけど……。
「じゃあ、私はここで帰っていいの?」
「うん? 嫌だったの?」
「嫌だったよ!? ていうか、さっきから恨めしそうにレイ君を見てたじゃんか!」
「うん。そういう趣向のマゾヒスティックな性癖を露わにしてるのかなーと」
やめて、私をそんな奇妙なキャラに設定するのやめて。
冗談を言ってるような表情をしていないところを見ると、レイ君は本気でそう思っていたらしい。……普段から私はどう見られているのだろうか。
さて、どうしようかな。ここで帰ってもいいんだけど……。
私はしっかりとリュックサックを背負いなおした。
「おや、僕に付き合ってくれるのかい?」
「勘違いしないでよね。ここまで来たら、レイ君が何をする気なのかを見てみたいと思っただけだから。それだけ見たら帰るから」
レイ君はきょとんと私を見た。かと思えば、にやっと笑った。
「やっぱりマゾヒステ」
「それ以上言ったら、私帰るからね」
そう言うと、レイ君は口の前に両手で小さな×を作って押し黙った。妙に可愛らしい「お口チャック」だった。
ЖЖЖЖ
「何をするかは聞かないけど、この荷物が何なのかくらいは教えてくんない?」
急勾配が少し緩やかな山道になったので、私はレイ君にそう尋ねた。
「んー♪ そうだねえ、出してみれば分かるよ」
何故か楽しそうなレイ君は、語尾に♪がつくくらいに語調が軽かった。
「いや、そんな器用なことできないよ……?」
じゃあ諦めなよ、とレイ君は言うんだろうな……と思いつつ、私はそう言った。
すると意外や意外、レイ君はさささっと私の背後にまわると、ごそごそとリュックサックを探り始めた。
……あの、歩きにくいんですけど……。
「んー、これとか」
私の目の前に差し出されたのは、何に使うのか分からない不思議な形の物体だった。まるでパンケーキのような形のその物体は、どこかで見た模様が描かれていた。
「これとか」
それは何だよ、と言う隙さえなく、レイ君は次の物体を差し出した。って、えぇ……。
「レイ君……あの、それ、釘バット、だよね……?」
「ん? ああ、そうとも言うね」
むしろそうとしか言わないと思うけど。何に使うの? 私に使うのか? 何か、レイ君のご機嫌を損なうことがあれば、殴られちゃうのか?
内心ビクビクしていると、レイ君はそんな私の様子を気にすることなく、次の物体を差し出した。
今度の物体は、大相撲で見たことがある形をしていた。
「……あれ? 軍配って、そんなに長かったっけ?」
「これでいいんだよ」
それは軍配のような形をしていたものの、妙に柄が長かった。
レイ君は次の物体を取り出そうとゴソゴソしていたけど、私としてはもうお腹いっぱいである。
「レイ君、もういいよ。三つ中三つとも使用用途が分からないって……」
「大丈夫、今に分かるよ」
釘バットの件に関しては、分かりたくもないんだけど。
ЖЖЖЖ
「そういえば、私の唯一無二の親友は誘わなかったの?」
「猫の手も借りたいほど忙しい訳でもないからね」
余談だけど、私の親友という人は、素の話し方が猫っぽい。「な」が「にゃ」になる話し方なのである。
「それに、今日はアイツの力は必要ないし」
「アイツの力って、私の友達にも不思議な力があるみたいな言い方やめてよねー。レイ君とは違うんだから」
『不思議っ子』という異名は、ただ不思議な行動をすることだけを所以としている訳じゃなく、本当に不思議な力をもつことからも由来している。
不思議な力といっても、扉を手を使わずに開くとか、一瞬で姿を消すとか、すごいのかすごくないのか判断しにくいものだけど。
レイ君は一瞬きょとんとしたけど、すぐに合点がいったように手を打った。
「そかそか。そうだったね。ごめんね、君の唯一の友達を変なキャラ設定にしちゃって」
「唯一ではないよ!? 一応他の友達もい……いるよ!」
「少しどもった点と、さっき唯一無二の友達と言った点から考えると……君に友達は皆無だ。異論は認めない」
「なんで唯一無二の友達すら居なくなってるんだよ! レイ君の10倍はいるよ!」
「僕に友達は0だから、君の友達も0になるね」
「私を勘定に入れてよ! そしたら少なくとも一人はいるでしょ!?」
「本当の友達って……友情って、なんだろうね……」
「……少なくとも、からかい相手に育まれることはないものだよ」
急にしょげないでよ。感情の波に起伏ありすぎだよ。
こうやって、レイ君と会話していると時々思うのだ。
レイ君は、いつもどういう考えで動いているのだろう、と。
意味不明な言動と理解不能な行動を、息をするように自然な様子でやってのける。
「私としては、頭がおかしいんじゃないかと思う訳なのだけど」
「三分間バッティング〜。まずは釘バットを用意します、あとはひたすら殴るだけ! 簡単だね!」
「死んじゃうよ! 三分どころか一分もたないよ!」
口を滑らしたことが原因で死亡なんて、笑いの種にもなりゃしない。
本当に釘バットを構えたレイ君と微妙な距離感を保ちつつ、私は嘆息する。
「黙ってたら、こう……深窓の令嬢みたいな風格なのに。話すだけで、面倒くさい人にまでランクダウンしちゃうんだもんね」
ある種の詐欺と言っていいかもしれない。
「他の人の勝手な解釈に合わせるつもりはないよ。僕は僕だ」
無い胸をはって、レイ君は威風堂々とそう言った。
「なんか、たまにレイ君はかっこいいこと言うよね」
「そういう君はずっとかっこ悪いね」
「余計なお世話だよ!」
「大丈夫、君はかっこ悪いけど可愛いから」
「男としては、それを聞いても喜びようがないんだけど」
「大丈夫、君は(笑)けど可愛いから」
「何か分かんないけどバカにされてることは伝わったよ!」
友もそうだけど、最近はレイ君にすらオモチャにされてる気がする。そんなに遊びやすいのかな、私。
ЖЖЖЖ
緩やかな道のりは、それからも続いた。私とレイ君は、なんてことない会話を交わしつつ、ゆっくりと山登りを楽しんだ。
野外活動を行うワンダーフォーゲルという部活動があるくらいだから、スポーツの秋は満喫できているのかもしれない。
しかし……。
「レイ君、お腹すかない?」
そう、スポーツの秋が満喫できても、食欲の秋を満喫できてはいなかった。そこそこ長い距離を歩いてきた私にとって、スポーツよりも満喫したいところ。
「非常食ならあるよ」
そう言ってレイ君がどこからか取り出したのは、またもよく分からない物体だった。
丸っこいボディに、足のような膨らみが二つ。太い眉にまん丸の目がある顔は、大きな鼻が目立っていて、猫の髭のような髭がぴょんと生えている。頭の上と思われる部位では、一本の髪の毛とそれに結ばれているリボンが妙に可愛らしい。
いや、レイ君。多分それ非常食違う。足がばたばた動いてるよ、レイ君。何その奇妙奇天烈な物体。
「どうだい? 非常食にしては美味しそうだろ?」
「多分それ食べ物じゃないと思う……動いてるよ、足が」
「美味しそうだろ?」
「美味しそうだから美味しいわけじゃないんだよ?」
「美味しそうだろ?」
「頑なに推してくるけど、美味しそうではないよ!」
レイ君の目にはその物体がどう見えているんだろう。じたばた動く何かは、どう見えたら美味しそうになるんだろう?
怪訝そうな私の表情を見て、レイ君は改めてその物体を眺めた。そして、首を傾げて
「ぽてんしゃる!」
と叫んで、脇道に放り投げた……って、えぇぇ!?
「レイ君! なんてことしてんのさ!!」
「奴のポテンシャルが僕をそうさせたんだ。僕は被害者だ。それでも僕はやってない! 信じてくれよ!!」
「急に怒り出すなよ! 情緒不安定か!」
「さて、ここにおにぎりがあるわけですが」
「何事もなかったかのように話を変えないでよ! あの非常食はどうすんの!? あのまま放っといたら、この山の生態系が崩れたりとかするよ!? 多分!」
「あれは非常食じゃないけど。君って、そういうとこあるよね」
「……………………」
私は学んだ。レイ君に常識と正論は通用しない。
レイ君への認識を改めていると、なんとなくリュックサックが軽くなっているように感じた。
チラリとリュックサックを見てみると、明らかに小さくなっていた。
……もしかして、さっきの非常食(?)って……。
「はむはむ。やっぱりおにぎりは美味しいなー」
「レイ君、さっきの非常食って……リュックサックの中に入ってた?」
「勝手に入ってたんだよ。僕もまだまだだね、さっきまで気付かなかった」
さっきとは、リュックの中を探っていた時だろうか。きっと私が『お腹空いた』と言わなければ、あの物体はリュックに入れっぱなしになっていたに違いない。
しかし、まあ。
この程度で怒ってるようでは、レイ君の友達は名乗れない。友人関係にも忍耐力は必要だと思う。先人も、親しき仲にもなんとやらというし。
「レイ君、私もおにぎりちょうだい」
「んー、いいよー。いっぱいあるからね。明太子に梅に昆布、ワサビにイクラにイカにラーメンに味噌に……」
「あの、おにぎりだよね?」
「僕のオススメはソーメンかな」
「よしんばそれがソーメン味のおにぎりだとしても要らないよ!」
このリュックの重みが、その味の迷宮状態のおにぎりによるものだとしたら、私は全力でレイ君にこのリュックを投げつける所存です。そして、やはり、レイ君はどこからかおにぎりを取り出したのだった。
ЖЖЖЖ
それから歩くこと十数分。私とレイ君は、山の頂上らしき場所へ辿り着いた。少し回りくどい言い方なのは、私の目に映る光景が、あまりにも山の頂上のそれとはかけ離れていたからである。
振り返ると、確かに私たちの街を一望できる。しかし……。
「レイ君、改めてここへ来た意味が分からないんだけど……」
上を見上げると、山の頂上には似つかわしくない小さな赤い鳥居がひっそりと佇み、まっすぐ前を見ると、遠くにボロボロのお社が悠然と構えていた。ここからお社までは、一列の石畳が並んでいて、それを囲むように砂利が敷き詰められている。
ここは山頂というより、むしろ。
「神社、だよね?」
「ご名答」
レイ君はニコリと笑った。
「さて、そのリュックちょうだい。僕は用意をしないといけないからね」
「用意って?」
「今日の夕方分かるさ」
夕方って……今はまだお昼だけど。それまでここで待てと言うのか、この子は。
そんな私の気持ちが通じたのか、レイ君は何故か優しげに語った。
「朝から動きっぱなしで疲れただろ? だから、僕からのプレゼント。ぐっすり眠るといいよ」
「え? 眠るって、どういう……」
途端に、私の瞼が急に重たくなった。と同時に、レイ君の姿がぼやけ、体から力が一気に抜けるのを感じた。
「れ、いくん」
体がぐらつき、しかし倒れこむことはなかった。レイ君がすかさず私を支えて、私をいつの間にか敷いたマットに寝かしてくれた。
「用意ができたら起こすよ。ゆっくりおやすみ……」
その声が、どこか遠くの方で聞こえた。
ЖЖЖЖ
「ほら、起きて。朝……じゃないけど、夕方だけど、起きて」
ぱちりと目が覚めた。
夢を見ていた気がする。思い出せないけど、すごく懐かしい夢……。
「…………レイ、君?」
「うん。おはようからお休みまでを見守る不思議っ子、レイ君だよ」
洗剤を扱う会社みたいだね、レイ君。
毛布をどけて、私は上体を起こす。ちょっと待って、このマットとか毛布とか、どうやって用意したの?
もしかして、あのリュックの中にあったんじゃ……。
「さて、眠い目こすってる場合じゃないよ」
訝しげにマットを見ていると、レイ君がそう促した。
周りを見ると、私は鳥居から少し離れたところに敷かれたマットに寝かせられていたようだった。鳥居の周りには、あの使用用途が分からなかった物体達が、鳥居を三方から囲むように並べられていた。その鳥居の真下で、レイ君がこっちへ来るように手招きしていた。
あれ? さっきは、耳元で言われたような気がしたんだけど。
「ほら、早く早く!」
珍しくレイ君が興奮している。ぴょいんぴょいんと飛び跳ねて、まるで子供のようにはしゃいでいた。私は苦笑まじりに毛布をたたみ、靴を履いて、レイ君のところへ走った。
「別に毛布は放ったらかしといてよかっただろーに」
レイ君が苦笑いしてるけど、特に変なことしてないよね? 普通、毛布と布団はたたむでしょ。
まあ、いいや。とレイ君はある物を顔につけた。狐の顔を象ったそれは、縁日なんかでよく見る狐のお面だった。
「何それ?」
「狐のお面」
見れば分かります。
「まぁ見てなよ。日常と非日常を区切る境界を、いとも簡単に壊してしんぜよう」
レイ君はそう言った。そこに、さっきまで子供みたいに興奮していたレイ君の面影はなかった。
しんと空気が張りつめる。
砂利がかすかに囁き、木々が何事かと騒めき始めた。
冷たくも、どこか心地いい風が、私たちの間をすり抜けた。
「さあ、始めようか」
レイ君は空を仰ぎ、両手を合わせる。
風のざわめきが激しくなり、何に使うのか分からなかったあのパンケーキのような形の物体が、音を出し始める。
その音はまるで太鼓のような、重低音。
よく見れば、その物体の前には人型の白っぽい『何か』がいた。『何か』がそれを、バチの形状をした白いモヤモヤで叩いていたのだった。パンケーキのような物体が繰り出すドドンという重低音が、妙に耳に心地よかった。
目に見えない存在だなんて、普通ならゾッとする話だ。けれど、この時の私は、そうは思えなかった。
風は更に強くざわめく。すると、何に使うのか分からなかった(分かりたくなかった)、三本の釘が刺さった釘バットがふわふわと浮いた。
その時、風のざわめきと唸る重低音に甲高い音が加わった。三本の釘が、出たり引っ込んだりを繰り返している。その
姿がぼんやりと、トランペットのように見えた。
そこにもやはり、見えにくい人型の『何か』がいた。『何か』は釘バットのグリップの先を口につけて、天を仰いでいるようだった。
と、すると……。私は残った、柄の長い軍配を見た。案の定、上下逆さに浮いている軍配がそこにあった。
風のざわめきと重低音の唸りと甲高い響き、それらに新しく加わったのは、喧しい電子的な音。あの軍配の動き方からして、多分エレキギターの音色だろう。
騒めく風に、重低音が加わって。
電子の音色が、重低音に寄り添って。
甲高い響きが、空間を調和して。
空間は、再び、風を奏でる。
まるでバラバラに流れる音楽なのに、それはどこか懐かしく、私は何かを思い出した。言葉では表せない、何かを。
目を閉じてみれば、がやがやと騒がしい祭りの情景が浮かんできた。
鳥居から神社まで伸びる石畳。それを挟むように、等間隔で鎮座する屋台では、ねじり鉢巻きのオヤジさんが忙しそうにお客を呼び込んでいる。
浴衣を着た人たちで賑わう夏祭りを、薄く柔らかな赤提灯が照らしている――そんな祭りの情景。
「目を開けてごらんよ」
ふと、レイ君の声が聞こえた。言われるがままに、私は目を開いた……否、見開いた。
「うわぁっ……!!」
「どうだい? 今夜限りなんだぞ、すごいんだぞー」
そこには、廃れてしまった赤い鳥居や石畳や神社は存在しなかった。
ただ、私が思い浮かべていた祭りの情景が、そこに顕現されていたのだった。
わいわいがやがや、喧しくも懐かしい……そんな風景が。
「これ、レイ君、これ……!!」
「落ち着きなよ。……といっても、無理な話か。非現実だもんねえ」
興奮する私とは裏腹に、レイ君は落ち着き払った口調でそう言った。
「はい深呼吸深呼吸。吸ってー吐いてー、ひひふひひふひひふひっ」
「しにくいわっ」
「ひっひっふぉぉぉ!! ひっひっふぉぉぉ!!」
「何そのテンションの高いラマーズ法!?」
「吸って吐くのが深呼吸なら、押しては返すさざなみも深呼吸なんじゃないのかい?」
「何の話だよ! ここは山だよ!」
「落ち着いた?」
「え? あ、うん……? おぉすごい、ちょっと落ち着いたよ」
レイ君の小ボケ(?)によって、私は少しの落ち着きを取り戻した。相変わらず、訳の分からないことを言わせたら天下一品なんだから、レイ君。
「さて、じゃあ行くかい?」
レイ君は私に手を差し伸べた。私がきょとんとしていると、レイ君は焦れたように、
「君が見ている世界は偽物であり、本物だよ。僕が不思議な何かを使うのは、君も知っての通りだろ?」
と言った。
レイ君は、時たまに不思議な現象を引き起こす。それについて、レイ君は詳しい説明をしたことはない。
それが魔法なのかトリックなのか、それともまったく別の何かなのか――私には何一つ分からない。
今回も「そういうこと」なのだと思う。
「さっきの、コンサートみたいなものは……これを作るためだったの?」
「コンサートみたいなものねえ」
レイ君は苦笑した。
「まあ、そんなところかな。僕作のお囃子だけど、成功してよかった」
「お囃子?」
「夏祭りなんかで演奏される音楽だよ。本来なら神霊を発動させて、人々に恩恵を与えるために行われるんだけどね」
「……レイ君って、何者……?」
私がそう聞くと、レイ君は切なそうに笑った。
「僕は僕さ」
レイ君はそれだけ言うと、夏祭りへと足を進めた。
僕は僕。レイ君のその短い言葉は、驚くほどにすんなりと私の中に入ってきた。
「レイ君は、レイ君」
私はじっくりとその言葉を反芻すると、レイ君の後を追った。
不思議な力によって現れた不思議な空間は、そんなレイ君と私を優しく包んでくれた。
さっさと行ってしまうレイ君の手を、私は強く握りしめた。
逃がさないように、どこかへ行ってしまわないように。
レイ君がそこにいるのを、確かめるように。
私は強く手を繋いだ。
祭りはまだ、始まったばかり。
Ж裏設定Ж
レイ君の力にはモチーフがあり、今回は"音撃道"でした。