新訳・七夕物語

 

                                                                                              二兎追(にとおい)

 

 それは遥か昔のこと。

遠い空の果て、渦巻き群れなす銀河系の彼方、遅延を起こしてばかりの惑星環状線『天の川ギャラクシー駅』から徒歩五分の一軒家に、一人の男と、その男の一人娘が住んでいました。

 

娘の名前は、ベガと言いました。父親が名付けた彼女の名前は、所謂DQNネームと呼ばれるものでした。現代の人にはキラキラネームといった方が伝わりやすいでしょうか。娘が産まれた当時、そのような文字上の意味もなく語呂の良さだけで決めたような、いい加減な名付け方に母親は猛反発しましたが、結局「他の人と違う名前がいい」という男の意向に流されてしまい、「ベガ」という名前に決定してしまったのでした。ここでもう少し母親が粘っていたのなら、この娘の人生はもう少しマシなものになっていたのかもしれません。

ちなみに、五年前の夏、娘の母親は夫に愛想を尽かしてアンドロメダ星雲の実家に帰ってしまい、未だ家に戻ってきません。

 

とにかく、そんな名前だったせいで、中学生時代、ベガは同級生から陰湿ないじめを受けてしまいます。机の中にカチカチになったコッペパンを詰め込まれ、上履きにもカチカチになったコッペパンを詰め込まれ、挙げ句の果てには、音楽の授業で使うリコーダーの先端部分をカチカチになったコッペパンにすり替えられたりしたのです。

すっかりコッペパン恐怖症になってしまったベガは、不登校になり、自分の部屋に引き篭もるようになりました。朝から晩までパソコンに入り浸り、掲示板にスレを立て、動画投稿サイトやイラスト投稿サイトばかり巡る日々。このままではいけないと感じた父親は、自分の名付けが原因であるとは露ほども思わず、「学校側に責任がある」として教育委員会やベガの学校にクレームを付けに行きますが、モンスターペアレントとして扱われるだけでした。モンスターペアレントとしての噂は立ち所に学校内に広まり、ますますベガの居場所は失われていきました。

しかし、そんな引き篭もりのベガにも、一つだけ得意なことがありました。機織り……ではなく、オリジナル衣類の制作です。彼女には母親から受け継いだ裁縫の才能があり、趣味がてら始めた衣服制作のネット販売が、多くの人の間で密かなブームを巻き起こしていたのです。

 

さて、時は流れてベガは年頃になり、結婚適齢期になりました。若くて結婚しようが適齢期を逃して結婚しようが、なんだかんだ言って叩かれる世の中です。少子化が加速します。そんなことはさておき、父親は愛する娘のために婿さんを迎えてやろうと思いました。

娘の代わりに結婚相談所を訪ね歩き、父親が目を付けたのが、羊飼いの青年アルタイルです。アルタイルはそこそこイケメンな青年で、何より羊飼いとしてそれなりに収入がありました。べガの方も、ほとんど家の外出することのない引き篭もり少女でしたが、美しい母親の遺伝子を受け継いでいたため、決して悪い容姿ではありませんでした。

父親の計らいから、最初はネットのチャットを通じて会話を交わし始めた二人でしたが、ふたりともキラキラネーム繋がりということもあって、次第に互いに惹かれ合うようになっていったのです。

間もなく、周囲の期待もあり、二人は結婚しました。婚姻届を役所に届けただけで、結婚式は挙げませんでした。二人は天の川のほとりにある小さなアパート『めぞんミルキーウェイ』で暮らし始め、幸せな新婚生活を送るようになりました。

しかし、彼らはあまりにもイチャイチャラブラブし過ぎるあまり、すべき仕事を放ったらかしにしてしまったのです。

 

すると、なぜかベガの父親が個人的に運営している料理ブログが定期的に炎上するようになりました。

 

「ベガがオリジナル衣服の納期をかれこれ三週間も延長している。早く新しいデザインの服を作って下さい」

「アルタイルが羊の世話を怠ったせいで、私の焼肉店で提供しているジンギスカンの味が落ちてしまった」

 

あの二人の怠慢のせいで、なぜ私の個人ブログが炎上しなければならないのだと、ベガの父親は激昴しました。今風に言うなら、激おこぷんぷん丸を通り越して、ムカ着火ファイヤー状態でした。ベガの父は、新婚夫婦のアパートに乗り込み、二人に向かって言い放ちました。

 

「二人は、惑星環状線『天の川ギャラクシー駅』の、線路を挟んで東と西に別れて暮らすがよい」

 

ベガの父親は、ベガとアルタイルを、離れ離れにしたのです。

惑星環状線『天の川ギャラクシー駅』の線路にある踏切は、銀河系の中でも開かずの踏切として有名で、一度閉まったならば、次に開くのは一年後なのです。

 

しかしベガの父親は、自分の娘がアルタイルに会えない悲しみから鬱になり、手首を切ろうとしているのを目撃し、慌ててこう言いました。

 

「一年に一度だけ、七月七日の晩だけ、踏切が開く。その時だけ、アルタイルと会ってもいいことにしよう」

 

 その後、彼と会える日を楽しみにして、ベガはオリジナルTシャツ作りに精を出しました。線路を挟んで向こう側に移動させられたアルタイルも、飼っている羊の肉の品質を良くするために、めいっぱい努力をしました。二人はスマートフォンのアプリを使い、連絡を取って励まし合いました。既読の通知が来ない時は、ちょっぴり寂しくもなりました。

 

そして、待ちに待った七月七日の晩、ベガは開かずの踏切を渡って、愛するアルタイルの元へ会いに行くのです。

 

   ☆   ☆   ☆   ☆

 

 若い夫婦の行く末を見届けたベガの父親――彦星は、若き日の自分の姿をそこに投影します。

 天の川は時代の流れと共に宅地開発のために埋め立てられてしまい、結果的に織姫とは再び一緒になれたものの……?日顔を合わせるという行為が、いかに恋愛において危険であったのか。いつしか熱はすっかり冷めてしまい、子供ができてからは、織姫とはあまりうまくいっていませんでした。

 そんな現在の彦星の仕事は、短冊に乗ってきた人々の願いを叶えてあげる事です。この時期になると、太陽系第三惑星に住んでいる地球人が、笹の葉に願い事を書いた短冊を下げ、彦星と織姫の伝説を語り継ぐのです。伝説の当事者である彦星としては、この風習を無下にすることはできません。

 趣味で続けている料理ブログの傍ら、彦星は送られてきた短冊に目を通します。それは、願いを一つでも叶えてあげたいという、彼の純粋な優しさからくるものです。

 彼が手に取った短冊に書かれていたのは、このような願いでした。

 

『別居中の妻と仲直り出来ますように。』

 

 ――織姫は、七月七日になっても実家から帰って来ませんでした。

                  END

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